獅子身中の虫
「さて、式典までにはまだ少しばかり時間がある。軌道上の宇宙ステーションへ戻るには短すぎるから、ここで過ごしていくと良い」
パトラウス政務局長と情報共有を済ませたら、次は式典に参加する必要があるみたいだ。今回のゼバ星系の出来事も簡単に女王陛下へ御報告しなきゃいけないからね。
でも、ちょっと時間が空いちゃったな。
「ばっちゃん、女王陛下の御前に出るけど、服装はこのままで良いのかな?」
今の服装は、いつもの一般的なアードの衣服だ。礼服があるなら着替えた方がいいよね。
「んー、私としてはそのままでも良いんじゃないかなって想うんだけど☆パトラウスはどうかな?」
「式典とは言え、豪勢なものではない。女王陛下は質素であることを望まれている。平服で構わないだろう」
「それなら良いですけど……」
まあ、堅苦しいのは苦手だから助かったよ。朝霧さんが大変なことになってるけどさ。
そもそもティナは王族であり、暴露すれば謁見ではなく叔母に会うだけなのだ。着飾る必要が無いのである。閑話休題。
「パトラウス、準備は済ませたか……む、義姉上にでん……大使殿もいらっしゃいましたか」
部屋に入ってきたのは、近衛兵長のアナスタシア様だ。何時ものように青い布で目を覆っているけど、服のあちこちに金色の装飾品が付けられている。礼服になるのかな。
あっ、そうだ。忘れてた!
「パトラウス政務局長、アナスタシア様。お子さんの誕生、おめでとうございます!」
ばっちゃんと二人の娘さんのパルミナから話は聞いていたけど、まだお祝いの言葉を伝えられていなかった。たくさんお世話になってるし、真っ先に言わなきゃいけないのに……また失敗したなぁ。
「祝ってくれるか、ありがとう大使殿。無事に生まれて私としてもほっとしている。姉上共々、顔を見に来ると良い」
「是非!」
パトラウス政務局長は笑顔で頷いてくれたけど、アナスタシア様は俯いて身体を震わせてる。
まっ、まさか遅れたことに対して怒ってる?直ぐに謝らないと!
そう考えた瞬間、アナスタシア様が勢いよく顔を上げて。
「過分なるお言葉!私はでんっ……」
「バックホーーームッッ!!☆」
「ふぐぉっ!?」
「えーーーー!!??」
アナスタシア様が何かを言い掛けた瞬間、ばっちゃんが部屋にあったトロフィーみたいな置物を、まるで某メジャーリーガーのレーザービーム並みの豪速球で投げ付けた。
置物はアナスタシア様の脇腹に突き刺さって、ご本人は宙を三回転くらいして床に落ちた。
……って!
「なにしてんのばっちゃん!」
「地球には野球ってスポーツがあるんだって☆その練習かな☆」
「今やるのそれ!?」
「嗚呼、私の受勲の記念品が……」
「大事なものだったんですか!?」
パトラウス政務局長が遠い目をしたよ!?アナスタシア様も目を回してるし!
「家族の温かい交流だから気にしなくて良いよ☆」
「いや、気にする……っ!?」
なんだ……今の……?頭に何かが一瞬だけ映像が浮かんだ。何人かのリーフ人が魔法を唱えていて……この先には……ティルとマコくんが居る!?
「ティナちゃん?」
ばっちゃんが心配そうに声をかけてくれた。
……こんなこと今まで無かったし、下手に心配させたくない。確認すれば安心できるから。
「ばっちゃん、式典まで時間があるから、ドルワの里へ戻って良いかな?朝霧さん達に事情を直接伝えたいし、ティルにも会いたいからさ」
「パトラウス」
「事前に連絡はしてあるが、それで大使殿が安心なさるならばそうされよ。往復する時間は十分にある」
「ありがとうございます」
大丈夫、ティルの顔を見れば安心する。だから直ぐに戻ろう。
その頃、リーフ上層部の長老達から密命を受けた刺客四名は伝手を使ってドルワの里へ潜入できたものの、襲撃の機会を見付けられずにいた。
確かにターゲットである地球人達は見付けたが、朝霧一家の傍には常にアード人や同胞であるリーフ人が居るのだ。それも一般人ではない。
ドルワの里の住民は皆ティリスの元部下達やその家族であり、歴戦の勇士ばかり。ミドリムシが何かをすると考えたティリスの密命を受けた彼ら彼女達が、厳重に警戒しているのだ。隙を見付け出すのは至難の業である。
「くっ!なんだこの警戒の高さは!」
「近付くことも容易ではないぞ」
「里の同胞達もダメだ。然り気無く協力を要請してみたが、バカな考えは止めろと止められた」
「まさか、計画が露見したのか?」
「分からん……だが、機を窺うしかない。幸い、ターゲットの幼体は常に幼子と一緒だ。大人の思惑を外れた行動をする可能性もある」
これまで沈黙していた彼らは、遂に言葉を発して愚痴を漏らしてしまった。この瞬間、全ての会話をセレスティナ女王に聞かれているとも知らずに。
とは言え、彼らの推測は正しくもあった。ドルワの里から出ては行けないとの言い付けをしっかり護りつつ、ティルは誠を連れてあちこちを飛び回っているのだ。
大人達の厳重な警戒からはみ出してしまうのは、仕方のない事でもあった。まさか危険だからと軟禁するわけにもいかない。
この時もティル達は近くに居る大人から離れてしまった。これを千載一遇の好機と見た刺客達は、行動を起こす。探知魔法を阻害する結界で、周囲を一時的に遮断する。
もちろんこれで周囲の大人達は間違いなく異変に気付くだろうが、彼らからすれば僅かな時間だけ稼げれば良いのだ。
「おじさん達、だれ?」
飛び出してきたリーフ人四人を前にして、ティルは不思議そうに首をかしげた。
「これも楽園の未来のためだ!許せ!」
そんなティルに、四人は手を向けて躊躇なくマナを込めた魔法弾を放つ。
「ティルちゃん!」
誠がティルを庇うように前に出るのを見て、刺客達はほくそ笑む。彼らはじっくりと観察して、誠の性格を熟知していた。
ティルが危機に陥れば、必ず庇うように行動すると推測した故に、ティルを狙ったのだ。
いくら未来のためとは言え、アード人の幼児を殺めては問題となる。あくまでも殺害するのは地球人の幼体、この失態によって大使は失脚して忌み者は後ろ楯を失う。
これによって災いを退けることが出来て、楽園の繁栄は約束される。そんな未来を夢想して。
「……なにしてんの?」
誠の前に着地して、マナの魔法弾を手で払い除けると言う非常識なことをやってのけたティナの底冷えするような声を聞き、無理矢理現実に戻されたのである。




