宴の席にて
おじさま達の真面目なお話、の後ろで常識を破壊していく少女達(無自覚)
ティナ達が朝霧一家を連れてアードへ帰還した夜、ドルワの里では盛大な歓迎の宴が開かれた。
「これは、まさかバーベキューですか」
里の中心部にある集会所周辺の広場に多数設置されたのは、地球では馴染み深いバーベキューセットであった。
大勢のアード人やリーフ人が集まり、そしてティルと一緒に大勢の子供達に囲まれる息子を遠目に見つつ、朝霧は宴に参加するためにやって来たパトラウスと歓談する。
「うむ、前回来訪された際にニシムラ卿が振る舞ってくれたバーベキューが大変好評でしてな。
簡単な調理法でありながら、皆で賑やかに楽しく食事が出来る実に興味深い料理だ。
その気になれば子供も調理に参加できるバーベキューは、素晴らしい料理であると感じている」
「地球の料理をそこまで喜んでくださるとは、恐縮です」
「ただ、我々はまだ手際が宜しくない。細君にご迷惑を掛けてしまい申し訳ない」
アード人やリーフ人達に混ざってテキパキと準備をする妻を遠目に見て、朝霧は首を横に振る。
「家内が手伝いを言い出したのです。むしろご迷惑にならないようで安堵しました」
「はははっ、何を仰るか。細君のお陰で新たな知見が得られた。
おっ、焼き上がりましたぞ。朝霧卿、こちらを」
話をしながらパトラウスは、バーベキューコンロで焼いていた串に刺した大きな魚の切り身を朝霧へ差し出してきた。
「これは?」
「地球に生息する鯛と呼ばれる魚類と類似した魚の切り身でしてな、主要な成分も一致しているので地球人にも無害であることは確認されている。
貴公が以前飲まれた栄養ドリンクのような異変は、絶対に起きないと確約しよう」
空中に映し出された魚類は確かに鯛とそっくりだが、その大きさは優に十メートルを超える。
スケールの違いに戦きつつ、朝霧は恐る恐る切り身を口にした。しっかりとした歯応えと共に濃厚な旨味が口一杯に広がる感覚。お世辞抜きに美味いと断言できるその味は、朝霧を自然と笑顔にさせた。
「美味しいっ!」
「それは良かった。地球の調味料などを研究した甲斐があった」
「ええ!これなら余程な魚嫌いでない限り、皆が美味しいと言うでしょう!」
「過大な評価、痛み入る。実はこの魚類だが、アードの海では最下層に位置する存在でしてな。定置網に掛かるのはもちろん、日々大量に海岸へ打ち上げられているのだ」
「そうなのですか!?」
朝霧は素早く脳内で簡単に計算する。十メートルを超える巨大で美味い魚が大量に手に入れば、地球製の栄養スティックが完成するまでの食料問題解決の大きな助けになるのではと。
「ええ。しかもコイツは繁殖力も旺盛で、適応力も高い。研究解析の結果、地球の環境でも充分に生育が可能であることが判明している」
「なんと!いや、しかしこの巨体です。餌も大量に必要なのではありませんか?」
魅力的な魚ではあるが、生育に大量の食料が必要となれば本末転倒である。
「いや、それがですな。コイツは餌を必要としないのだ。
正確には必要なのだが、コイツはエネルギーの大半を水と恒星の光で生成してしまうのですよ」
「恒星の光……太陽光……まさか、光合成をするのですか!?」
「おお、まさにそれだ。コイツは海の生態系の最下層に位置する魚類ですから、餌を得るのは至難の業。
何をどう進化したのか興味深いですが、こいつは植物が持つ能力を獲得したのだ。よって、適度な海水さえあれば際限なく増え続けるでしょう。
もちろん養殖を行う際は適切な管理が必要不可欠になるが」
「それは凄い!詳細なデータを頂けますか?早速持ち帰り、検討してみたいと思います!」
「無論ですとも。我々からすれば取るに足らぬ資源、地球の抱える問題解決の一助となるならば実に喜ばしい」
賑やかな宴を眺めながら、二人の話題は経済交流に移り変わる。
「いつまでも物々交換では効率が悪いのは言うまでもないが……」
「同意します」
「そこで、目安となるものはありますかな?地球の経済状況は極めて難解でな……」
「そうですね……地球では古来より高い価値がある物質として、金が使われていますね」
「金……この鉱物か」
パトラウスは素早く端末を弄り、金についての記述に目を通す。
「稀少で様々な活用法のある鉱物ですが、何よりもその輝きは有史以来地球人を魅了しています」
「なるほど。我々も様々な鉱物を持っているから、鉱物を基準のひとつにすることも可能か」
「私は経済学に詳しいわけではありませんが、充分に有用だと思いますよ」
この時朝霧の視界にどんどん純金のインゴットを精製して満面の笑みを浮かべているクレアが映ったが、彼は全力で顔を背けて記憶から抹消した。
そして話題は地球の食料問題へと移る。
「申し訳ない。大量の食料を提供してくださるので地球では食料があり余っていると認識していたが、それは誤りであったようだ」
「残念ながら、食料に関しても格差が激しいのです。国力の高い国は有り余る程の食料がある一方で、その日の食事にすら苦慮する国もまた多いのです。地球の生産力そのものはここ数十年で目覚ましい発展を遂げましたが、まだまだ足りないのです」
「ふむ、私も専門家ではないが地球にはそれなりの水準の遺伝子工学技術があるではないか。作物の改良も出来るのではないか?」
「遺伝子組み換え技術ですね、確かに実用的ではあります。ただ技術的にまだ未熟な面があり、リスクを伴いますし遺伝子組み換えに忌避感を抱く人々も少なくないのが現状なのです。一気に普及させるのは難しいかと」
「ふぅむ、簡単にはいかぬか。より良いものを作るのに忌避感を抱くのは理解できないが、地球側にも事情があるのだろう。これに関しても技術支援は惜しまぬ」
「感謝します、閣下」
「閣下等と大仰な言い方をなさるな。貴公と私は友だ。どうか、気安く呼んで欲しい」
「ええ、パトラウス殿!」
差し出された手をしっかりと握り、固い握手を交わした二人。
その際朝霧は、フェルが地球から持ち帰ったスイカの種をその辺の土に蒔いて魔法で一気に成長させ、数十倍に巨大化させたスイカを子供達に振る舞う様子を目にしてしまったが、韋駄天の如き速さで顔を背けて記憶から抹消し、首を痛めた。
「海洋技術に関してだが、地球から提供された技術はどれも非常に興味深い。これらの解析と研究が進めば、我々は諦めていたこの広大な海を活用できるようになる」
「地球の技術が役立った様子で何よりですよ」
実際にはアリアが片っ端から地球各国の海軍から民間までのあらゆるデータを引っこ抜いたのだが、朝霧はその事実からも全力で目を背けて笑みを浮かべた。
「また人型ロボット開発については実に興味深い知見を得られた。これらは地球にも還元させていただくので期待して欲しい。センチネル対策の一助となるだろう」
「ありがとうございます」
背景でアースより更に巨大なセンチネル大型ドロイドの複製品をビームランスで一刀両断にするティナが見えたが、朝霧は心を無にしてパトラウスと会食を共にした。