アリア爆誕
フェルと一緒にティルとマコくんを影ながら見守っていたら、いつの間にかアリアが実体を持っていた件。
……いやまあ、AIがアンドロイドとして実体を持つことは別に珍しい事じゃない。ただ、ここまでアード人に外見を合わせるのは珍しいかな。大抵は無骨なドロイドみたいな感じになるし。
如何にも大人のアード人女性って感じだけど、髪の色は金じゃなくて綺麗なエメラルドグリーンだし、身長も平均よりは低い。
小柄な私よりは高いけど、お母さんよりは低い。百七十センチくらいあるフェルと比べたら低さが目立つね。
「こうして貴女と触れ合える日を待ち望んでいました。今日、ようやくその願いが叶うことになりました。これが喜びの感情なのですね」
「色々ビックリしてるけど、私も嬉しいよアリア!」
うーん、気持ちは伝わるけど声は平坦だし表情はまさに無表情でジト目だ。何かアニメとかに出そうなタイプだな。
「あー、感情表現モジュールに手を加えたのよ。地球のアンドロイドはこんな感じなんでしょう?
ティナ達と一緒に行動するんだから、彼方の流儀に合わせてみたの」
「お母さん、それどこの情報?」
「里長だけど?」
「ばっちゃんが間違った知識をお母さんに吹き込んだのは良くわかったよ。あくまでも一部の界隈の話だからね!?」
ついでに言えば地球じゃまだアンドロイドは実用化されていない。私が生きていた頃に比べたら技術も目覚ましい発展を遂げているみたいだけど、まだまだアニメや漫画に出てくるアンドロイドを実用化出来るレベルじゃないみたいだ。
ぼんやりと考え事をしていると、何故かフェルとアリアが固い握手を交わしていた。
「良かったです。私だけじゃティナを完全に制御できなくて」
「理解していますよ、マスターフェル。今後は私も物理的なサポートが可能となりますので、ティナの守りは磐石です」
「制御とか護りとか物騒な単語が聞こえたんだけど?」
「ティナはマスターフェルの苦労に少しは報いるべきです」
「あっ、はい。ごめんなさい」
それを言われたら私は謝るしかない。フェルに心配ばかり掛けているのは事実だし、だからアリアもアンドロイドの身体をお母さんにお願いして作って貰ったんだろうなぁ。
「あっ、でも実体があるのは危ないんじゃないかな?」
何かあって怪我なんか……損傷?まあ怪我で良いや。そうなったら大変なんじゃ?
「安心してください、ティナ。この身体は器でしかありませんし、スペアも用意しています。例えこの身体が破壊されても、私の存在が消滅することはありません。
何故ならば、私の本体は別に存在するのですから。よって、この身体が危険に晒されても無視することを推奨します」
「いやそれ無理だからね?」
見捨てるなんて出来るわけがない。
「ティナ、今進言しましたがこの身体は……」
「アリアはアリアだよ。どんな時でも私を助けてくれる大切な相棒なんだから。例えその身体が仮初めでも、危なくなったら守るから」
本末転倒なんて言われそうだよね。でも、それだけは譲れない。
「アリア、ティナを見誤りましたね?」
フェルが困ったような笑顔を浮かべている。
「はい、見誤りました。ティナにとって私も護るべき対象なのだと改めて認識しました」
「アリアを護るなんて自惚れと叱られても文句は言えないけどね」
まっ、難しい話はこれくらいにしておこう。私はそっとアリアに抱きついた。うん、ちゃんと暖かい。
「ティナ?」
「これからもたくさん迷惑をかけちゃうと思うけど……宜しくね、アリア」
私の行動にビックリしていたけど、アリアも恐る恐るといった感じで抱きしめてくれた。
「お任せください、ティナ。貴女を護るのが私の存在理由です。この身体があれば、クサーイモン=ニフーターを達磨に出来ます」
「しちゃ駄目だからね?」
いきなり物騒な単語が出てきたからビックリしたけどさ。
冗談も言えるようになったんだ。
……冗談だよね?冗談だと信じよう。じゃないと怖いし。
ティナ達がドルワの里で騒いでいる頃、ケレステス島にある居住区。
ここはアード永久管理機構の職員や近衛兵達が生活する場として特別に整備されている区画であり、当然ながら政務局長であるパトラウスと近衛兵長であるアナスタシア、ヴァルキリーであるパルミナの一家も住んでいる。
その家の一室で、ティリスは満面の笑みを浮かべて赤ん坊を抱き抱えていた。
そしてベッドの上には口許に笑みを浮かべるアナスタシアも居る。そう、ティリスは産まれたばかりの姪っ子を見に来たのだ。
「大丈夫、なにも心配しなくて良いよ。君にはこれから暖かい未来が待っている。みんなに大切にされて、たくさん愛されて育つ。
だから君が立派になった時は、今度は君が誰かを愛してあげてね。愛してくれた分をお返ししてあげるんだよ?」
不思議そうに自分を見つめる赤ん坊に優しく語りかけ、そしてパトラウスへ渡して退室させ、視線をアナスタシアへ向ける。
「良くやった、良くやったぞアナスタシア」
「お恥ずかしい限りです。この様な時期に身籠り次女を産むことになるなんて……申し訳ありません、義姉上」
「何を謝ることがあるのだ、アナスタシア。子供の誕生は何よりも喜ばしい慶事だ。私にとっても二人目の姪だ。嬉しくないはずもなかろう。良くやってくれた」
アナスタシアはティナ達が戻る数日前に無事出産。アード人の妊娠期間は地球人に比べて遥かに短く、また成長も早い。赤ん坊も二年経てば地球の十歳程度まで成長する。
これは地球に比べて過酷な環境であるアードに適応したものであり、悠長に子育てをする余裕が無かった故の進化である。
「そのお言葉を聞き、安堵しました。パトラウスが説教を受けたと聞きましたので」
「あれはお前に負担を強いた罰だ。事情は理解しているが、まあなんだ。私なりの労いでもある」
「素直でないところは変わらぬようで」
「うるさい」
クスクス笑うアナスタシアとそっぽを向くティリス。珍しい光景であるが、二人の信頼の証でもある。
「コホンッ!パルミナの時に言うべきだったが、これを機に目を治せ。我が子をその目で見ることが出来ないのは余りにも不憫でならん」
「義姉上、これは私の戒めなのです。義兄上、甥をむざむざ死なせてしまった上に生き恥を晒している我が身への罰なのです。例え義姉上の命とは言え聞けません。
それに、この目で見ることが叶わずとも感じることは出来ます。私にとって、それだけでも充分なのです」
「頑固者め……」
義妹にも重荷を背負わせてしまった己の不甲斐なさを思いながら、ティリスは深々と息を吐いた。