大西洋の奇跡
大西洋。太平洋と並ぶ地球最大規模の大洋であり、様々な分野で重要な意味を持つ海である。その大洋を跨ぐ大西洋航路のちょうど中間地点付近を航行する一隻の豪華客船。
合衆国を出発してスペインへ向かっていたブリテン国籍のグレートブリテン号は一年前に就役したばかりの最新型であり、既存の客船をあらゆる面で凌駕する高性能な豪華客船として世界の注目を集めていた。
富裕層をターゲットにした内装やサービスが自慢の船であり、最新式の機関はその巨体に似合わぬ快速性を生み出していた。
だが、この機関は高性能であるが運用面に於いて不安が残るものであった。
最新技術の産物に付き物の信用性の低さは建造中の頃より問題視されていたが、世界一の豪華客船の完成を最優先とするスポンサーの意向によって無視された。
これは、当時日本で同等規模の豪華客船が建造中であったことも理由である。
「問題があるのは承知しているが、先ずは完成を急がせろ!完成してから問題点を洗い出せば良い!」
これは実際に造船所へ出された指示である。法的に問題のある発言であるが、それだけの焦りが窺える。
この結果造船は急ピッチで進められ、日本より半年以上早く完成。本来ならば慣熟訓練のため充分なテストが必要である。
しかしその工程を大幅に短縮し、世界一の豪華客船という触れ込みと共に世界一周の船旅を企画。
当然法的にも問題だらけだが、スポンサーである企業は当時のブリテン関係各所と癒着していたこともあり、異例の許可が出された経緯がある。
様々な不安を残したままブリテンを出港、各国を巡りながら大西洋を南下してインド洋、太平洋を横断。南米回りの航路を使い合衆国東海岸へ到着。最後は大西洋を横断してヨーロッパ各国を巡り、ブリテンへ帰港するだけであった。その最後の行程で、事件が発生したのだ。
太平洋を横断中している最中から機関が度々不調を起こしていたが、途中で中断した場合の賠償金や信用失墜を恐れたスポンサーの強い要望で応急処置を施しつつ航海を継続。ブリテンへ戻り次第本格的な修理を行うことになっていた。
そして大西洋の半ばで遂に恐れていた事が起きた。負担に耐えられなかった機関部より火災が発生。直ちに消火活動が行われたが火災の勢いは止まらず、同時に機関も完全に停止。グレートブリテン号は大西洋のど真ん中で立ち往生してしまうのである。
当然ながら救難信号を出したが、火の手は更に勢いを増して船体全てへ燃え広がりつつあった。
本来ならば様々な防災処置や装備が施されなければ為らないのだが、杜撰な工事と癒着によって安全面に充分な配慮が為されたとは言い難い状態であったことが災いし、大惨事に発展するのは誰の目にも明らかであった。
そう、地球の常識で言うならば……である。
「トラクタービーム照射!とにかく沈まないように注意して!フィーレ!工作ドローン全機投入!消火を最優先に!私達は直接乗り込んで怪我人の手当てと逃げ遅れた人達を助け出すよ!ばっちゃんは指揮とクレアの事をお願い!」
突如として上空に現れた巨大な銀河一美少女ティリスちゃん号から不可視のビームが照射されて、グレートブリテン号はその巨体を宙に浮かび上がらせた。
そのまま無数の工作ドローンが投入されて消火活動を行い、直接船内へ突入したティナ、フェル、フィオレの三名によって混乱状態であった船内で救助活動が開始される。
大惨事を覚悟していた大勢の人々はその献身的な働きに心を打たれ、出来る範囲で彼女達を助けたのは言うまでもない。もちろん例外も居るには居たが、ここでは割愛する。
「ティナ姉ぇ、直すのは簡単だけど……直しちゃう?」
「いや、こんな状態で皆さん疲れきっているから早く陸地へ運んであげよう。船長さん、最終目的地はどちらですか?」
「ブリテンですが、まさか運んでくださるので!?」
「もちろんです。皆さん怖い思いをしたんですから、一刻も早く安心したいですよね!」
完全な善意である。巨大な宇宙船銀河一美少女ティリスちゃん号によって目に見えない力で宙吊りにされた豪華客船がフヨフヨと浮かびながらわざわざアフリカ大陸、地中海を北上。そしてヨーロッパ大陸を横断してブリテンへ向かい、当然ながら各国が大騒ぎとなり為政者達の胃にメガトン級のダメージを与えたとしても、それは完全な善意である。
ついでに超低空であるのは、ティナが無駄にサービス精神を発揮したためである。
当然ながら世界中で話題となり、ネット上は加熱した。
『朗報、ティナちゃんまたやからす』
『これ絶対無自覚でやってるだろ!www』
『地球の皆に珍しい景色を見せてあげようってくらいしか考えてなさそうwww』
『何が起きたんだ?朝空を見上げたら巨大な宇宙船と豪華客船がフヨフヨ浮いてたんだが』
『通過した国で一斉にスクランブル掛かってるんだが』
『そして宇宙船の周りで行われる国際編隊飛行』
『今日も地球は平和だな』
更に言えば、今回の大惨事を引き起こしたスポンサー企業本社の上空を通過して、直ぐ近くの港へグレートブリテン号を静かに着水させる芸術点の高さを無駄に発揮する。
恐ろしいことにこれらの行動はティリスの入れ知恵ではなく、全てティナが無自覚かつ善意でやったことである。
もちろんブリテンには事前に連絡しており、指定されていた港には救護車などが集結。乗客や船員は全て最寄りの病院へ搬送される。だが、そもそもティナ達の手厚い手当てを受けているのだ。簡単な検査を受けるだけに留まった。
また船についてはフィーレが隅々まで調べたデータをティナがこれまた善意でブリテン政府へ送信しており、そこには今回の事故についての原因などが克明に記されていてブリテン政府首脳陣に凄まじい胃痛をばら撒くことになった。あのチャブルが苦笑いをするレベルである。
「うーん、なんか派手にやらかしたような気がするんだけど気のせいかな?」
「大丈夫ですよ、ティナ。貴女はまたたくさんの命を助けて、ちゃんと送り届けたんです。誇るべき事であって、失敗した訳じゃありませんよ?」
「んー……まっ、いっか。あの人達を助けられて本当に良かったよ」
ティナはフェルと一緒に旅館やすらぎの温泉を模した浴室で、ゆっくりと疲れを癒していた。