攻撃の影響
ティナによる宣言と翌日行われた攻撃は全世界に衝撃を与えた。某国の象徴と言える広場は消滅して豊かな森へ生まれ変わり、同時に大混乱を引き起こした。
この混乱は某国だけに留まらず、全世界へリアルタイムで中継されたことで世界中に波及することとなる。
「やはり宇宙人は侵略者だったんだ!」
「奴等を好きにさせるな!今すぐに反撃だ!」
過激な反アード主義者達は更に先鋭化して批判を強めた。この混乱への対処に各国の為政者達は頭を悩ませることになる。それはブリテンとて例外ではなかった。
事件発生から二日後の早朝、首脳部による緊急会議が開かれていた。
「かの国の発表では数千人の死者が出たとの事だ!誇張されているだろうが、これは紛れもなく異星人による武力侵略だ!」
「そう断ずるのはまだ早い!先ずは情報収集を急ぐべきだ!それから判断しても遅くはない!」
「何を悠長な!アードによる侵略の意図は明白ではないか!」
「対抗するといったところで、どうするのか!相手は遥かに格上だ!核兵器すら無意味なのだぞ!」
「やり様はある筈だ!」
「希望的観測だな!SF映画でないのだぞ!」
会議室は荒れに荒れていた。元々存在していたアード脅威論が一気に加熱した。
日本で発生した事件の裏に某国が関与していることを日本政府は公表しておらず、この真実は一部の政府関係者のみが共有されているに過ぎない。それが民衆の不安を煽り、そして脅威論者達の背を押しているのだ。
激しい言葉の応酬を眺めつつ上座に座るチャブル首相は、愛用の葉巻の香りを楽しんでいた。
双方の息抜きと議論を進展させて、チャブルが裁定を降す。これはある種の儀式なのだ。
現に双方がヒートアップして、いよいよ取っ組み合いに発展する寸前に彼は静かに葉巻を灰皿へ置いた。すると会議室が静まり返り、皆が老宰相へ視線を向ける。
「朝っぱらから実に元気な様子だ。改めて若さというものの良さを実感している。さて、議論は出尽くしたかね?紳士らしく冷静に振る舞う用意は出来たかね?
……結構、では始めようか。昨日発生した宇宙からの攻撃についてだ。既にハーバーグラム君からの資料には目を通しているだろう。この際、かの国の発表は無視して構わん。人的被害を避け続けてきた大使が今さら心変わりをするとは思えん。違うかね?」
一同を見渡して、反論が無いことに満足げに頷きつつ言葉を続ける。
「結構。それで昨日の件であるが、日本で発生した事件に対する報復と観て間違いはないだろう」
「しかし、なぜ今になって報復を……」
「パリの一件を忘れたのかね?その後のミサイル攻撃もそうだ。これまでアード側は、何をされても武力による報復を避けてきた。
これをアード側が軟弱ゆえだと勘違いする輩が多くて困る。もちろん諸君らの中にそのような愚か者は居ないと信じたいところだ」
「それは、まあ」
「端的に言えば、全て大使の一存なのだよ。彼女が武力による報復を避けてきたのだ。これは事実である」
「ならば、なおさら分かりません。何故突然武力による報復を」
「彼女は自分自身については無頓着であり、地球側の事情もある程度理解がある。故に報復を極端に避けてきたのだ。
が、彼女も可愛い妹の命を狙われたとなれば話は別なのだろう」
「外交に私情を持ち込むのは……これまでの交流の成果を無に期してしまう可能性もあるのです」
「同意しよう。しかしながらこれまでの交流、そして使節団が持ち帰った情報から推察するに、アード人は理性的だがその判断基準は感情に因るところが大きい」
「外交に感情を持ち込むのが彼らの常識であると!?」
「忘れたかね?彼らは滅亡に瀕したリーフ人を救うために、億単位の犠牲を平然と払うような種族なのだよ。これを“理性的な判断”と言えるかね?
少なくとも我々地球人ならば、見捨てるのが理性的な判断となるだろう。払う犠牲が割に合わんからね。だが、アード人は義侠心だけでその判断を下して犠牲を平然と捧げた。
いやはや、彼女が大使であったことを神に感謝せねばな」
これは為政者向けに共有された情報であり、数ある宇宙の危機に晒されたと記されただけである。各国のリーダー以外はセンチネルの存在を知らないままだ。
チャブル首相は愉しげに笑みを浮かべ、閣僚達は絶句した。この観点で言えば、ティナがこれまでどれだけ地球の事情を理解し、配慮し、そして我慢してきたのかも理解できたからだ。
「くっ……狂ってる……」
一人の呟きが静かな室内に響き、場に嫌な沈黙をもたらす。
その時、扉が乱暴に開かれて若い秘書官が飛び込んできた。
「失礼します!」
「何事か!重要な会議中だぞ!」
閣僚の一人が怒鳴り付けるが、チャブル首相は手を挙げてそれを制した。
「ふむ、このタイミングか」
「閣下?」
「秘書官君、ご苦労。君の用件を当ててみよう。マスコミが日本で起きた事件の裏側を嗅ぎ付けた。違うかね?」
「「「なっっ!?」」」
閣僚達が絶句し、チャブル首相は愉しげに笑う。
「全く、少しは手心を加えて欲しいものだよ」
突如としてティル誘拐未遂事件の真相が、各国のあらゆる主要メディアへリークされたのだ。
それも幼いアード人の少女を勇気ある地球人の少年が命懸けで悪のエージェントから救うという、大衆受けの良い勧善懲悪のストーリーとしてだ。
この情報は非公式ながら日本政府の公認となっており、故に各メディアは挙って報道した。
一部識者はその内容に疑問を呈したが、古来より大衆とは単純明快なストーリーを好むものである。更にこの情報はアードに対する批判が世界中で一気に加熱した段階で、狙い済ましたかのように出されたのだ。
事態の沈静化ではなく、逆方向へ世論を熱狂させる効果をもたらした。
子供達の奮闘と、それを狙う悪い大人。これほど大衆受けの良く分かりやすいストーリーは無いだろう。
その結果、ティルに対する哀れみ、朝霧少年に対する称賛、そして関与した某国への批判が一気に加熱した。
「私達が滅ぼすのは簡単、見せしめにもなる。でもティナちゃんはそれを望まない。だから特大の釘を刺して、後は地球に任せる。皆の自浄能力に期待しているよ☆」
「ここまで派手にやったのだ。後は親分の、中華辺りが決着をつけるだろう。でなければ自分達に飛び火する。
北京の、あの広場を緑化されては堪らないだろうからね」
「でも、これが限界だよ?攻撃だって今回限り。二度目は流石に世論が許さないだろうから」
「任せてくれたまえ。我々も一歩踏み出さねばならぬ時が来たのだ。残念ながらワシは行く末を見届けられんが、礎は築こう。後世の紳士淑女のためにね」
夜、秘密の茶会にてチャブルとティリスは紅茶を楽しみながら投じられた一石に想いを馳せた。