アードの状況
ハッピーバースデートゥーミー。今日は18日です。いいね?
女王襲撃未遂事件の翌日。天の川銀河の反対側、惑星アード、ケレステス島にあるハロン神殿。最深部はセレスティナ女王の居住区であるが、それ以外はアード政府の行政府として機能している。
その中で政府の中枢といえるのが政務局。名の通りアードの政を司る部署であり、その長である政務局長は地球に於ける政府のトップ、つまり首相や大統領に相当する立場である。
アードは地球で言えばセレスティナ女王を頂点とする立憲君主制と絶対王政を組み合わせたような政治体系であり、議員内閣制度は存在しない。
アード人はセレスティナ女王の下平等であり、政府関係者および長となるには完全実力主義かつセレスティナ女王の認可を必要とする。
ここに一切の例外は存在せず、政府関係者には女王およびアードへの病的なまでの献身性が求められる。そしてアード人は政府の施策に対する絶対服従が義務化されている。
政府の長である政務局長は女王の代理人に過ぎず、重要な案件は全て女王の認可の下に実行される仕組みなのだ。つまり、政府の施策は女王の意志であると見なされる。
これが地球ならば、腐敗の温床になり易い統治制度であるといえる。
だがアード人の持つ地球人から見れば度を越えた善性、革新的なAIシステム、そしてセレスティナ女王への狂信が合わさることで何の弊害もなく運用されている。
政府関係者に私利私欲に走るものは末端含めて存在せず、誰もがアードのため、正確には女王のために日々職務に邁進している。
この様な統治機構が存在する故に、セレスティナ女王も政への関与を極力避けている。
自分の一言がどれだけの影響力を持つか理解しているのだ。これには何の問題もなく政府は機能しており、安心して人々を見守っていられたのもある。
自分が前に出なくてもアードの民は日々の生活を謳歌している。異星人であるリーフ人も良好な関係を維持しており、双方の融和も果たされてアードは真の楽園となった。少なくとも表面上は。
だが、センチネルの脅威が去ったわけではない。表に出ないリーフ人の黒い本性、センチネルとの戦いで総人口の九割を越える死者を出しながらも、アード人そのものの低すぎる性欲による人口問題。
何れ訪れる破滅は避けられない。重篤患者が緩和ケアを受けながらその時を待つ。それがアードの現実であった。
その停滞に一石を投じたのがティナであり、彼女が始めた地球との交流である。地球の食物の効果によって人口問題に対する光明が見えて、更に彼女達の活躍はアード、リーフの若い世代を大いに刺激し宇宙への関心を俄に高めたのだ。
この動きは歓迎すべきものではあるが、同時にセンチネルを知る世代に危機感を覚えさせた。
アードが星系そのものに引きこもって三百年以上。三百歳以下、地球人で言えば十代から二十代の若い世代はセンチネルの脅威を実感したことがない。
逆に年齢が四百年以上のアード人やリーフ人は、センチネルの脅威に晒された世代である。
これは地球人で言えば三十代後半から五十代前半に当たる世代であり、両種族の中枢を担う立場だ。
若い世代と古い世代の対立は、地球でも頻繁に発生する事案である。幸いにしてアードは女王の意志が何よりも優先される世界だ。既に女王自身が地球との交流について前向きな意向を示した。そのため若者達は座して待てば良いと落ち着きを持つ。
対するリーフ側は、若い世代の引き締めを強化している。当然ながら若者達の上層部に対する不満は蓄積されていき、これが新たな火種となることは明白である。
この事実をしっかり認識している政務局長のパトラウスは、頭を痛めていた。フェラルーシアの生還によって動き始めたリーフ暗部の暗躍は、双方の融和に亀裂を生じかねない事態である。
更に昨晩発生した女王襲撃未遂事件は、まさに双方の関係を根本的に破綻させる出来事である。
そうなれば血で血を洗う熾烈な内戦へと突き進むことになるだろう。その場合の犠牲者は、双方にとって文字通り種族の存続が脅かされる規模となる。
科学技術は遥かにアード人が勝るが、魔法技術および保有マナではリーフ人が勝る。加えて言えば双方の交じった夫婦も少なくない。ハーフもまた同じである。彼らがどう動くかも不透明だ。
このような状況下で内戦等論外であり、また厳しい弾圧も行えない。なによりセレスティナ女王がそれを望まないのだ。
地球人からすれば甘い対応と言われても仕方がないのだが、アード側に絶滅戦争を行う余裕など無い。その内情を良く理解しているからこそ、フリースト等リーフ上層部も暗躍できるのだ。
パトラウスは決して楽観できないアードの内情に頭を痛めながらも、執務室で日々の政務に励んでいた。そんな時、来訪者があった。
北欧神話の戦乙女のような鎧を身に付け、アード人らしい金の髪をショートボブに切り揃えた間だ幼さを残すヴァルキリーの一人である。
「政務局長様、こちらをお納めください」
彼女が差し出したのは、加齢故に痛みがあるリーフ人の羽の切れ端三枚である。彼女から切れ端を受け取ったパトラウスは少しだけ目を閉じ祈りを捧げ、そして深々とため息を漏らした。
「浅はかな……こちらに被害は?」
「浅ましく抵抗したため、二名が手傷を負いましたがどちらも軽傷。既に治癒を終えて任務に復帰しています」
「ご苦労だった。女王陛下のご様子は?」
「穏やかに過ごされていらっしゃいます。本日は王妹殿下が姪姫様とご一緒に来訪され、今は花庭にてご歓談されていらっしゃいます」
「そうか、此度の一件で御心を痛めていらっしゃる筈だ。少しでも癒していただければ良いのだが」
「引き続き神への冒涜者を警戒しつつ任務に当たります」
「そうしてくれ。この証拠を使ってリーフ側へ釘を刺す。強く糾弾することは出来ぬが、大きな牽制となるだろう」
「では、私はこれで」
「待て」
政治には関与しないとばかりに踵を返した少女へ、パトラウスが声をかける。声を聞き、少女もゆっくりと振り向いた。
「初の実戦はどうだった?パルミナ」
少女の名はパルミナ。パトラウスとアナスタシアの娘であり、ヴァルキリー最年少の新人である。主に裏方に回るヴァルキリーと近衛兵団との連絡役を任されている。
年代的にはティナと変わらない。
「先輩のお姉様方の強さに圧倒されて、ただただ見ていることしか出来ませんでした。誠に不甲斐なく、お父様とお母様のお顔に泥を塗ってしまいました」
悔しげに俯く愛娘を見てパトラウスも胸が痛む。だが、重責を担う故に心を鬼とする。
「ヴァルキリーは女王陛下の御身をお守りする大役を担っている。初陣とは言え、満足に役目を果たせぬとは情けない限りだ。政務局長の身としては、不満がある」
「……はい」
「だが、お前は今回学びを得た。更に、不甲斐なさに涙を流した。ならば、同じ轍は踏むまい」
「……」
「今のお前がすることは、先輩諸氏の言葉に耳を傾け、更に精進することである。
此度の失敗を糧として、歴戦のヴァルキリー達と並び立てるように成長せよ」
「……はいっ!」
叱咤激励。父の真意をしっかりと理解しているからこそ、パルミナも奮起する。
そんな愛娘を見てパトラウスも表情を和らげる。
「半月もせずにアナスタシアも戻るだろう。母もお前の初陣を気にしていたからな、戻ったら祝いをしよう。結果がどうあれ、お前の糧になったのだから」
「お父様……ありがとうございます!」
これなら大丈夫だろう。そう思い父は気軽な調子で聞いてしまった。
「そう言えば、ティル殿下はどの様なご様子なのだ? 残念ながら私はまだ拝謁していないのだが」
「え? ペロペロしてクンカクンカしたいです」
真顔で返してきた愛娘に激しい頭痛を覚えた。血は争えないのである。
 




