アナスタシア、太陽系来訪
良いお年を!来年も自重少なめで爆走します!
統合宇宙開発局によって観測された巨大戦艦は地球各国を震撼させた。全長二キロ、高さは平均で三百メートル以上を誇るクイーン級戦艦オーロラ、アード近衛宇宙軍の旗艦である。まるで存在を誇示するように地球を目指してゆっくりと進む巨大戦艦に対する反応は様々であった。
多種多様なアニメに出てくる巨大な戦艦等に比べれば小さく感じてしまうが、それは空想の世界の話であり、これは現実である。
二駅程度の距離と同等の長さと、東京タワーの高さと変わらぬ厚みを持つ軍艦など地球上には存在しない。その巨体を正しく認識した各国要人達は総じて顔を青ざめさせた。
軌道上に居座る銀河一美少女ティリスちゃん号でさえ五百メートルを軽く超えるのだ。今回現れた戦艦は長さだけでも四倍、質量に至っては数倍では済まない規模になるのだ。
更に彼らを困惑させたのは、このような巨大艦の来訪を一切知らされていないことである。アード側の真意を探るためにもティナに確認を取りたかったが、肝心のティナはワシントンプラザで救助活動の真っ最中である。
合衆国政府として正式に要請してしまった以上、途中で切り上げては双方の関係に凝りが残る。そもそも人命救助を切り上げるような決断をティナに下させることを否と考えたハリソン大統領は首脳陣を落ち着かせ、友好を改めてアピールすることで民の不安軽減を図る。
とは言え、困惑したのは地球各国の為政者達だけではない。ティナ達も同じである。
狂信者を逮捕してイベントホールの人々を救出した後、ティナの心身の負担を考えたウィリアムは救護所に居たフェルを傍に居させてメンタルケアを図る。
粗方治療を終えて予備の医療シートを救命士達に手渡したフェルはなにも言わずティナに寄り添うが、ティナは別の意味で衝撃を受けていた。
「アードの戦艦!?そんな話は聞いてないよ!?アリア!」
『識別完了。太陽系内に侵入した艦艇は、近衛宇宙軍の旗艦クイーン級戦艦オーロラ号です』
「近衛宇宙軍!それも旗艦が!?なんで!?」
『現在あちらのAIと情報を共有しています。少しお待ちください』
オーロラ号メインブリッジ。
『マスター、アリアと呼称されるAIより情報共有の要請が出ています』
「ふむ、でん……大使殿のAIだったか。情報提供を許可する。現在の地球の状況および大使殿の動向を最優先に収集せよ。地球ネットワークへのアクセスも許可する」
『畏まりました』
ブリッジにて佇むアナスタシアはAIに指示を出し、ゆっくりと司令席へ腰掛けた。傍らには移民団のリーダーであるセシルが佇んでいる。
「居留地の建設はまだ途上みたいですね」
「構わぬ。本艦に積み込まれている資材を使えば数日と掛からずに完成するだろう。居留地に限らず、大規模なテラフォーミングも可能ではあるが?」
「それはいけません。お話を聞く限り、あの衛星は地球人の所有物であり私達は土地を間借りさせていただいているのですから」
「小規模で原始的な基地を建設した程度で所有物扱いとはな。まあ、大使殿の尽力と地球側の譲歩の成果と思えば良いか」
「はい。彼女の頑張りを無駄にしないためにも、地球の皆さんと仲良くしていきたいと思っています」
新天地に想いを馳せるセシルの言葉を耳にして、アナスタシアは青い布で覆われた目を少しだけセシルへ向ける。もちろん光を失っているので見えないのだが。
「そなた達の存在は、更なる交流の促進となるだろうな。地球との交流は女王陛下の御意志であり、故に実行されねばならない。そこに疑念が生じる余地は存在しない。
女王陛下の御意志を遂行することは、我がアードに於いて至上の命題であり栄誉である。身命を賭して励むのだな」
「……はい」
アード人は善性の塊であり、また極まった狂信者集団でもある。だが、ラーナ星系で生まれ育ったセシル達には本星に居るアード人とは違いセレスティナ女王への信仰はあっても狂信的ではない。そこに両者の温度差がある。
その事に気付いたティリスが双方に無用な対立や齟齬が発生する前に、ラーナ星系の生き残り達を移民として太陽系へ送る手筈を整えたのである。
「AI、大使殿は何をされているか判明したか?」
『アリアとの情報共有によれば、現地名合衆国の首都ワシントンにて災害救助に従事されています』
「慈悲深いことだ。これは交流のためのパフォーマンスかな?」
「いえ、彼女の性格を考えれば自主的なものであると思います」
「なるほど、実に模範的なアード人らしい行いだ。地球は大使殿を称える声で満ちているだろう」
アナスタシアの口許には自然と笑みが浮かぶ。目を覆う布と武人然とした口調から怜悧な印象を受けるが、彼女もまたアード人。
基本的には慈悲深い善性の持ち主であり、崇拝する女王の姪姫が異郷の地で善行に励み称賛されたとなれば自然と嬉しくもなる。だが。
『偽善者、自作自演、侵略の前準備、穢らわしい等の意見も少数ながら存在します』
AIの報告を聞き、セシルはブリッジ内部の空気が凍り付いたことを感じた。
「……地球人の知性には重大な欠陥があるのではないか?そうではないと信じたいが。AI、それらの意見は精神に異常を来している者の妄言だな?」
『回答します。これらの意見の発信者の大半は犯罪歴を持たない一般市民であると断定できます』
「あの、アナスタシア様……?」
益々空気が凍り付くのを感じてセシルが恐る恐る声をかけるが、アナスタシアはそれに答えず待機している艦長へ顔を向ける。
「全砲門開け、弾種は十番だ」
「はっ!全砲門開け!弾種十番装填!」
「各部署、砲撃用意!」
途端に慌ただしくなったブリッジ内で、セシルは冷や汗を流しながらもアナスタシアへ声をかける。
「アナスタシア様!?攻撃をしてしまえばティナちゃんの苦労が!」
「案ずるな、これは攻撃ではない。弾種十番は儀礼用のものだ。アードと地球の友好を願った祝砲に他ならない」
「各砲座、発射準備良し!」
再びアナスタシアは笑みを浮かべる。ただし、先ほどと事なり冷たい笑みであるが。
「まあ、地球側が我らの祝砲をどの様に受け止めるかまでは責任を負えんがな。なに、悪いようにはならぬ。何せ我々は地球人に危害を加えないのだからな。斉射!!!」
アナスタシアの号令で百門のビーム砲が一斉に色取り取りのビームが放たれた。真昼の地上からも観測できる程の明るさを持つ無数のビームはある程度進むと収束し、太陽の光にも負けぬ巨大な爆発を引き起こした。爆発もまた鮮やかで、さながら宇宙に咲く大輪の花火である。
「我らの祝砲、全ての地球人に披露せねば礼を失する。放て!放てーーーーー!!!」
更にアナスタシアの指示により祝砲は数度繰り返され、地球上の何処にいても肉眼で簡単に見えるように配慮された。
「あのお馬鹿ーーーーー!!」
この盛大すぎる祝砲を見上げてティリスが叫んだのは言うまでもない。




