一人でも多く救うために
フェルが何かから私を護ってくれた。アリアは何も言わなかったけど、それだけは分かる。でも今は聞かない。目の前の命を助けることが優先だ。
何が起きたのかは、全部が終わって落ち着いてからゆっくり聞けば良い。命より優先されることなんて無い筈だから。
現場にはウィリアムさん達国際救助隊のメンバーと現地消防隊、救急医療チーム、警察隊が続々と集まっていた。私とフェルは駐車場の一角に作られた指揮所で情報交換をしている。既に消火活動と救助活動が開始されていて、アリアが広域スキャンを実施。救助者の位置や危険な場所なんかのデータをリアルタイムで共有している。
ウィリアムさんも手慣れていて、もう野戦病院みたいな救護所を作っていた。
「とにかく誘爆に備えるんだ!地下駐車場にはまだまだ車両が残されているからな!」
「発生源の地下駐車場へは行けないか!?」
「火の手が強すぎる!今行けば焼け死ぬだけだ!それよりも屋内に取り残された生存者の救出が優先だ!」
近くのお店から拝借した大きなモニターにアリアからのリアルタイム映像や情報が映し出されて、ウィリアムさん達が的確に指示を出している。
私も何度か空を飛んで何人か助けたし、フェルは救護所で重傷者の治癒を手伝ってくれている。
「隊長!このイベントホールにはまだ大勢の人が残されています!」
確かに映像を見ると、イベントホールと呼ばれる広い場所にはたくさんの生命反応がある。どうして?とも思ったけど、良く見たらデパートの中層にあって下の階で激しい火災が発生しているから逃げられないんだ。
このままじゃ取り残された人達が助からない!
「他に余裕は無さそうだな。わかった、俺達が救助へ向かう!放水ドローンを何機か回してくれ!」
私が驚いたのは、多種多様なドローンが現場で活躍していることだよ。人を運べる大型の貨物ドローンから今ウィリアムさんが言ったような放水ドローンだ。
他にも空を飛ぶ車両があって、救急車の中には空を飛んでいるものまである。まさに近未来だね。
まあ私が生きていた時代から三十年以上は経ってるし、科学の進歩は日進月歩だと言うし当然なのかもしれない。
私が生きていた頃からドローンは発展していたし、空を飛ぶ車のニュースも見たことはあるからね。
「イベントホール周辺の消火と生存者の救出を行う!ティナ嬢、済まないがまた手を貸してくれ!」
「もちろんです!」
火災はワシントンプラザ全体で起きているし、イベントホール救助はウィリアムさんのチームが担当することになって私も同行することになった。
ワシントンプラザ敷地内にあるデパートは、プラザ内でも最大の建物だ。大爆発が起きた地下駐車場に近くて被害が大きな場所でもある。一階は爆風をモロに受けて滅茶苦茶だ。
ただ、一階だけは既に消火が粗方終わってる。逃げ出す人を助けるために最優先で動いたみたいだ。従業員の皆さんの消火活動も効果的だったらしい。
ただ、二階の火災が酷くてそれより先へはまだ進めていない。人が足りないんだ。
今も続々と消防車やレスキュー隊が集まっているけど、それでも足りない。他の被害も無視できないから。だから火災が酷いデパートは後回しにされたらしい。先ずは助かる命から。その辛い決断を下したのはウィリアムさんだ。
ちなみに屋外の火災はほとんど消火された。事件発生からまだ一時間なんだけど、消火に成功したのはフェルのお陰だ。
現場に到着して直ぐにフェルは雨を降らせて、敷地内の屋外の火を纏めて消してしまい、今も雨を降らせて延焼を防いでいるんだよ。
確かにアードには天候を操る魔法はある。
ただし熟練の魔道師が何人も必要になるし、入念な準備が必要不可欠。それはマナ保有量が多いリーフ人でも変わらない。なのにフェルは一人で簡単にやってしまったし、今も怪我人の治療をしながら小雨を降らせている。
相変わらずのチートっぷりに指揮所に居るばっちゃんも頬がひきつってたよ。私は慣れたけどさ。
「全部機械と言うわけにはいかないんですね」
「アードほどAI技術が優れている訳じゃないからな。それに、現場の人間の勘と言う奴はバカに出来ないんだ」
二階へ上がり、同伴していた放水ドローン七台が消火活動を開始した。見た目は何かガン◯ンクみたいなんだよね。水じゃなくて消火剤を撒いてる。
ウィリアムさん達消防隊の皆さんは、携帯式の消火器以外にもハンマー何かの工具を持ち歩いてる。
「時にはこんな原始的な装備が役立つのさ」
事実、邪魔になってるモノを打ち壊す時に便利そうだ。二階には残された人も居ないみたいだし、折角だからハンマーを使わせて貰った。
「君が?別に構わないが、大丈夫かい?」
「あははっ、ちょっとやってみたいんです」
消火作業が終わるまで時間があるし、ちょっとだけ。
「じゃあ、アレを頼む。怪我はしないでくれよ?」
「はーい」
ウィリアムさんからハンマーを借りて、通路に倒れてる焼けた本棚へ向けてハンマーを振り下ろした。大きな音と一緒に本棚だったものが豪快に叩き割られててウィリアムさん達が唖然としていた。うん、予想通りだ。
私の見た目は小柄な女の子だけど、アード人の身体能力は地球人を超えている。事実、大人でも重く感じるだろうハンマーを軽々と振り回せたし。つまり、子供の私でも地球人の成人男性を軽く超えてる。まあ前世が成人男性だったわけだし、比較は簡単だったかな。
「驚いたな」
「ロリがハンマー振り回してるよ。まるでアニメだな」
「いやいや、ロリってほど幼くはないですよ?」
ばっちゃんは文句無しのロリだけど、私はギリギリ少女で通るくらいの身長はある……筈。
二階の消火活動と退路の確保に一時間くらい掛かったけど、何とか鎮火した。その間もウィリアムさんはアリアからの情報を見て外の人達に指示を出している。
怪我人が大勢出ているみたいで、救護所は修羅場になってる。幸いフェルとばっちゃんが治癒魔法で手当てを手伝ってくれているから、救助した人に死者は居ない。でも、爆発が発生した地下駐車場へはまだ近付けていない。多分、地下に居た人達は……。
いや、考えるな!先ずは取り残された人達を助ける!落ち込むのは後だ!
三階へ上がり、大きな扉を開いてイベントホールへ突入した私達は足を止めた。
あちこちで十数人の人が血を流して倒れている。しかも火傷じゃない、どう見ても銃で撃たれたような形跡がある。そして、血の海の真ん中にスーツを着た男の人が立っていた。私を見ると物凄い笑顔を浮かべて跪いた。
「嗚呼、ティナ様!我が神よ!やはり慈悲深いあなた様はこのような場にも足を運ばれるのですね!拝謁賜り歓喜に耐えませぬ!」
異質な光景に皆が唖然とする中、私の中に芽生えた感情は……恐怖と強い嫌悪感だった。




