扇動者VS保護者
異星人対策室のジョン=ケラーだ。ハリソン大統領はワシントンプラザで発生した事件の収拾を図るために動き、ティナ達に支援を要請した。
地球で初めて正式にアードへ支援要請を行ったことになる。合衆国政府が要請を出してそれが受諾される。アードとの交流に成功していることを世界に示すことが出来たのだ。
とは言え、それは政治の話。私やハリソン大統領個人としては、ティナに余計な負担を掛けたくないと言う想いもある。フランスでの一件でティナは少し躊躇してしまった。また失敗することを恐れたのだろう。
だが、自らを省みず他者のために懸命になれるところは彼女の美点だ。それを我慢させることは必ずしも良い結果を生むとは限らない。
合衆国政府からの要請となれば、全責任を合衆国が担うことになる。その分彼女の負担も軽減するはずだ。ティナには気兼ね無く目の前の命を救うことに集中して貰いたい。
私はティナを手伝いたいと言う想いを我慢して、ティリス殿からの要請に応えるべく動いている。間違いなくティナを狙ってくるクサーイモン=ニフーターへの対処だ。
地球人をアード側が裁くのは、後々問題になる可能性があると彼女は判断している。この辺りでアード側の力を改めて示すのは確かに効果的ではあるが、恐怖を抱く人間も必ず現れる。
それでは負の連鎖だ。そしてそれは、ティナが望む交流の形ではないだろう。だからこそ、地球人である私が選ばれた。
私が捕まえれば、地球の問題として片付く。狙われるティナの安全面だが、フェルが側に居る。私は彼女達の判断を信じた。
信じて正解だったな。クサーイモン=ニフーターは、あろうことか今まさに人命救助へ取り掛かろうとしていたティナを狙った。フェルによってその企みは防がれ、私も素早く現地へ飛び込み彼の銃を破壊した。少なくともティナを狙撃することはもう出来ないだろう。
「お前、知ってるぞ!ジョン=ケラー、異星人対策室のリーダー。そして、宇宙人に支配されたスパイだ!」
彼はゆっくりと立ち上がりながら私を睨む。まだ諦めていないようだ。
「未知を恐れるのは仕方無い、誰もが知らないことに恐怖するのは当然の感情だ。ならば、何故知ろうとしない?
君達はティナ達を知ろうとせず、誤った情報を配信して皆の不安を煽った。それは、他の人々の知る権利を阻害していることに他ならない」
彼ら扇動者は未知への恐怖を利用して、不安を煽り大衆を意のままに操ろうとする。彼の話を鵜呑みにする人間は少ない。
しかし、ゼロではない。それがどれだけ危険か、彼は理解していない。
「無知だと?嗤わせるな!俺は知っているんだ!あいつらが残忍な侵略者だってことをな!化けの皮を剥がされたくないから、お前らは必死に奴等を庇うんだろう!」
化けの皮……だと!
「妄執に囚われるな!あそこで全く無関係な地球人のため懸命に頑張るティナを!あれが真実だ!目を背けるな!」
「目を背けているのはお前ら政府の奴等だ!俺達を奴隷にして、奴等に媚を売ってるだろうが!」
「現実を見るんだ!アードと地球の格差を!君の言葉が正しいとして、アードが自分達より遥かに劣る地球人を奴隷にするメリットがあるはずもないだろう!」
肉体労働などはドロイドが担う。そもそも魔法を使えず空も飛べない地球人がアード社会で暮らすのは極めて困難だ。
里の家屋は全て巨木を利用したツリーハウス、階段や梯子の類いもない。集会所に至っては巨木の最高部だ。
つまり、空を飛べることが大前提の社会なんだ。まあ、共生するためならアード人達は喜んで地球人を受け入れて配慮するだろう。
だが、奴隷にする場合配慮する労力の方が遥かに無駄だ。
「さっきから訳の分からねぇ屁理屈ばかり吐きやがって!地球は俺達のものだ!俺は地球を守るために立ち上がったんだ!てめえらに邪魔はさせねぇ!」
彼は身軽な踏み込みで一気に距離を詰めてきた。良く見れば、右手には隠し持っていたのか分厚く刃渡りの長いコンバットナイフが握られている。動きに迷いがない。彼は軍に所属していたとFBI長官が言っていたな。
対する私は荒事とは無縁な人生を送ってきた。本場で鍛えられた彼と私では勝負にすら為らなかっただろう。ティナと出会う以前の私なら、ね。
私もバカではない。自分の力を正しく知るためにドクター達と試行錯誤を繰り返し、更にアードで知見を得られた。
意識を集中すると彼の動きがスローモーションのようにゆっくりなものに変わる。我ながら驚異的な動体視力だな。
そして私が全力で殴れば、巨大な岩を砕くほどだ。当然人間へ向ければ原型を留めないだろう。だから、加減を必死に見極めた。相手に致命的なダメージを与えることを避けて、なおかつ無力化出来る力加減。
私の想いが乗ってしまい少しだけ超過してしまうかもしれないが、許してほしい。左手で突き出されたナイフを弾き飛ばし、固く握り込んだ右手を振りかぶり。
「君の無責任な言動でどれだけあの娘が傷付いたか!万分の一でも想い知れ!クサーイモン=ニフーター!」
ちょっと気持ちが籠ってしまった拳を彼の胴体に叩き込んだ。
「うぶぉあっ!??」
彼は盛大に吐瀉物を撒き散らしながらその場で踞った。少し力を込め過ぎただろうか?万が一の時は私が責を被るだけだ。ティナ達に責はない。
そう考えていたが、どうやら彼は私が考えている以上にタフらしい。よろめきながらも立ち上がり、こちらも隠していたのだろう。拳銃をこちらへ向けた。
「ばっ、化け物がぁあっ!!」
遅い。いや、動作ではなく彼の行動そのものの事だ。相手が私一人だと錯覚したみたいだが、それは間違いだ。
「しまっ!?」
クサーイモン=ニフーターは背後に忍び寄った青年に気付いたが、全ては手遅れだ。青年は両手を合掌するように合わせて、強く握り込む。ただ人差し指だけは揃えて突き出し、身を屈めてクサーイモン=ニフーターの尻へ向けて勢い良く突き込んだ。それはまさに彼の父祖の国である日本の伝統。
「地獄突きーーーーーッッッ!」
「アーーーーーーーーッッッ!」
ジャッキー=ニシムラ(忍びスタイル)は両手の人差し指を深々とクサーイモン=ニフーターの尻へ突き刺し、更に。
「かーらーのー!デスローーーーーールッッッ!」
「アーーーーーーーーッッッ!アーーーーーーーーッッッ!アーーーーーーーーッッッ!」
身体を高速回転させる。その様はまさに掘削。
なんとも言えない悲鳴を聞きながら、ジョン=ケラーは回線を開き。
「状況終了、先ずは一歩だね」
仲間に報告し、深々と息を吐くのだった。




