ある狂信者の自白
トチ狂った反アードの狂信者が居るなら逆も然り。
いやぁ、地球人は多様性に富んでいますな(白目)
私の名前は……いや、不要か。合衆国のニュージャージー州に住まう一人の敬虔な信徒であると言っておこう。
私が崇拝する神は、銀河の彼方より来訪されたティナ様だ。忘れもしないあの日、私は世間ではマンハッタンの奇跡と呼ばれる事件の当事者だった。
ちょうどその日は休暇でニューヨークへ足を運んでいて、偶然あのビルで開催されていた学生達の演奏を鑑賞していたんだ。
突然爆発音が響いてビル全体が揺れ、そして火災が発生した。逃げ惑う人々、崩れていくビル、そして迫り来る業火。
私は死を覚悟をした。それはあの場に居た者達全員の共通した想いだろう。
その時だ、私が奇跡を目の当たりにしたのは。倒壊した天井が今まさに私を押し潰さんとしたその刹那、純白の翼を持つ少女によって私は救い出されたのだ。
私だけではない。あの地獄のような現場へ彼女は危険も省みずに突入し、次々と逃げ遅れた人々を救い、更に奇跡の道具によって傷を癒してくれた。
私も右腕に火傷を負っていたのだが、彼女は医療シートと呼ばれるテープを貼ってくれた。すると瞬く間に痛みが無くなり、テープを剥ぐと火傷も綺麗に消えてしまったのだ。
その献身、慈悲深さを神と言わずしてどうするのか。それに比べて私は胸を張れるような生き方をしてきただろうか。いや、そんなことはない。私は自分の人生を恥じた。
そして私はあの日、命を救われ敬虔な信徒へ生まれ変わったのだ。違うな、生まれ変わる機会を頂いたのだ。
それから私は慈善活動へ積極的に参加することにした。ただ崇めるのでは意味がない。神が示された献身をこの身で実行するように心掛けた。
政府の報道によれば、ティナ様は交流を通して地球とのより良い関係を構築することを望まれている。
何と高潔な志なのであろうか。つまりティナ様は、全く無関係な我々を救うためにあの地獄へ自ら飛び込まれたのだ。
あの献身を偽善と蔑み、アピール目的であると罵る恥知らずも少なくはない。私は同じ地球人としてその様な輩の存在を心から恥じた。
神の忠実な僕として神罰の代行を辞さぬと覚悟したが、しかしそれは誤りであると気付いた。
ティナ様はどの様な誹謗中傷を受けても、決して地球人を傷付けないと決意なさっていると耳にしたのだ。何と慈悲深い神なのであろうか。愚かな我等地球人に対して寛大な慈悲を示されたのだ。
ならば信徒として、その聖なる行いに泥を塗るわけにはいかぬ。地道に善を成していくのだ。ティナ様のように。
それからもティナ様を信奉する身としては不愉快極まりない事件が何度も発生した。
某国によるミサイル攻撃、それに対する制裁。ミサイルを破壊しただけだ。某国を滅ぼしても誰も文句は言わぬ。しかし、神は慈悲を以て赦した。
合衆国、ブリテンで立て続けに発生したテロでも神は慈悲深く赦しを与えたのだ。
巷では甘過ぎると非難する声があると聞く。慈悲を与えられた立場であるにも関わらず、何と不敬な発言か。腸が煮え繰り返る心地であるが、信徒として必死に堪えた。
そんな最中、ティナ様は再び大きな奇跡を起こされた。フロンティア彗星の爆破である。報道によると、地球へ衝突することが避けられなかった彗星をティナ様が危険を冒して破壊したと言うのだ。
私の胸が感動で埋め尽くされたのは言うまでもない。同時に私は安堵した。地球そのものを救ってくださったのだ。
つまりティナ様は地球人類全ての恩人。これで不愉快極まりない不快な者達も悔い改めるだろう。
再び来訪された際、ティナ様御一行は更に大きな宇宙船でお越しになった。再びフロンティア彗星事件のような事が起きても、直ぐに対処できるようにとのご配慮だ。感動で目頭が熱くなってしまったのは言うまでもないな。何処までも慈悲深いお方だ。
しかし、これを侵略の前触れなどと妄言を吐く輩が存在すると聞いた時は耳を疑った。クサーイモン=ニフーターら活動家や陰謀論者共だ。
つい先日ティナ様から命を救われたと言う自覚がないらしい。主義主張の自由は認められるべき権利であるが、ティナ様、いやアードに関しては禁じるべきなのだ。
いや、ハリソン大統領が禁じていたな。
にも拘らず、この様な主張を繰り返す。彼等は思考回路に重大な欠陥を持っているのだろう。間違いない。
そして、事件が起きた。場所はフランスのパリ。ティナ様は何時ものように慈悲深く怪我をしていた子供の傷を癒した。実にティナ様らしい行いだ。
だが、あろうことか周囲の現地人達はティナ様へ群がり慈悲を強要すると言う暴挙に出た。
ティナ様は自省を求められたが群衆は応じず、遂には一人がティナ様の美しい翼を握り、神聖なる羽根を一枚引きちぎると言う凶行を行ったのだ。
ネット上に流れていた一部始終の動画を見て私は唖然とした。ティナ様の悲痛な叫びを聞き、胸が締め付けられた。しかも、ティナ様の軽率な行いが原因であるとの論調まであると。
嗚呼、我々地球人は何と醜いのか。大恩あるティナ様への仕打ち。我々はティナ様の慈悲を与えられるに値しない存在なのだ。
これまではティナ様の名を汚してはならぬと強く自制してきたが、無駄だった。我々地球人は酷く愚かだ。学習しない、過去を繰り返す生き物なのだ。
ならば、どうするか。二度とこの様な過ちが発生しないようにするためにはどうすれば良いか。信徒として、ティナ様をお守りするためにはどうすれば正解なのか。
私はひたすらに自問自答を繰り返した。
そして、福音が鳴った。
「聞いたか?宇宙人がまた来るらしくてな、それに合わせてワシントンプラザで抗議デモをやるみたいだぜ」
「それは興味深い」
この男はクサーイモン=ニフーターの一派だ。何故このような不快極まる男と付き合いがあるかと言えば、あの愚か者に然るべき罰を下すためだ。その為に私は過激な反アード主義者を演じている。
会話をしているだけで蓄積される自身の殺意を抑えるのに苦労しているが、ようやく報われるようだ。
「しかも今回はサイモンの奴が呼び掛けた大規模な奴だ!数百人は集まるぞ!」
「それは素晴らしい。ニフーター氏とお会いすることが出来るかな?」
「ああ、アンタの事は熱心なファンとして話してる。サイモンの奴も歓迎してくれるとさ!」
「ああ、その日が楽しみだよ。詳細を送ってくれ。必ず参加するから」
ああ、実に楽しみだとも。人類には痛みが必要だ。慈悲深いティナ様が愚かな人類の過ちを許すならば……神聖なるティナ様のお手を煩わせる異物は私が……除こう。




