神兵
易々とアナスタシアがアードを離れた理由です
アード星系惑星アード軌道上。アード近衛宇宙軍の旗艦であるクイーン級戦艦オーロラは、数百年ぶりに星の海へと漕ぎ出そうとしていた。星系そのものを隠蔽魔法で隠しているが、万が一に備えて準備その他は出来るだけ隠密に行われた。
近衛宇宙軍旗艦であるため日頃から入念な整備が行われており、準備そのものは一日足らずで終わって地上にあるドックからすぐに宇宙へ打ち上げられた。
その全長は何と地球単位で二キロと言う規格外の巨体を持つ戦艦である。
これは艦載機運用能力、砲撃力、強襲揚陸、輸送などの機能を同時に備える多目的艦艇として設計されたため、船体の巨大化が避けられなかったからである。そのため、機動性は巡洋艦に大きく劣る結果となった。
しかしながらその多機能故に多種多様な任務に従事することが可能で、優れた指揮能力から艦隊旗艦として運用されている。
ティリス曰く欠点がなくて尖ったところもないお利口さんな船とのこと。
ただし、特務艦隊では迅速に展開するための機動力が重視されたので最後までクイーン級が用いられることはなかったが。
オーロラの展望室。広々とした室内には休憩用の椅子やテーブル、観葉植物があるだけで明かりも消され、巨大な窓から見える広大な星海の星明かりが室内を照らしていた。
その部屋に、二つの人影があった。
「まさか近衛兵長であるアナスタシア様に送っていただけるなんて……なんと申し上げれば良いのか」
「構わぬ。そなたらを無事に送り届ける大役を他の者に任せるわけにはいかぬ故な」
ラーナ星系避難民の取り纏め役であるセシルと近衛兵長アナスタシアの二人である。二人はしばらく無限に広がる星々の輝きを見つめていたが、徐にアナスタシアが口を開いた。
「済まぬな」
「え?」
「危機を脱してようやく故郷へ戻れたと言うのに、我らが不甲斐ないばかりに銀河の反対側へ移住する羽目となってしまった」
「故郷……ですか」
どこか歯切れの悪い口調が気になり、アナスタシアは顔をセシルの方へ向ける。
「なにか?」
「いえ……実を申しますと、私を含め避難民は皆ラーナ生まれなのです」
「なんと、若いとは思っていたがそれほどか」
「はい、私自身まだ二百年も生きていない若輩者です」
「では、アードからの移住者は?」
「皆、私達を護るために命を落としました……私も夫を……」
「そうか……済まぬ。だから女と幼子しか居ないのだな……」
アナスタシアの謝罪にセシルは笑みを浮かべた。
「いえ!だからアードが故郷と言われても今一実感できないのです。もちろんドルワの里の皆さんには良くしていただきました。このご恩は忘れません。
なにより、私達を助けてくれた彼女のお手伝いが出来るのなら、これ以上の恩返しはございません」
「その心意気、胸を打つものがあるな。必ずやそなた達を無事に目的地へ送り届けよう」
「ありがとうございます、アナスタシア様。それで、太陽系へはどれ程掛かりましょうか?」
「七日もあればたどり着こう。必要な物資は既に用意しているが、不足があればその都度申請してくれ。可能な限り要望に答えよう」
「重ね重ね、ありがとうございます」
「良いのだ。道中ゆるりと過ごすが良い」
近衛兵長アナスタシアが短期間ではあるがアードを離れる。大半のアード人やリーフ人にとっては近衛兵長も大変だと呑気に構えていたが、一部だけは違う。
「パトラウス卿!」
パトラウスの執務室へ血相を変えて飛び込んできたのは、移民管理局のザイガス長官である。
「ザイガス卿、如何なされた?」
「貴殿の嫁御、アナスタシア近衛兵長がアードを離れるとは真か!」
「うむ。まあ、十数日程度であり、女王陛下の御裁可も頂けた。ちょっとした休暇のようなものだ」
「何を呑気なことを!この状況下で近衛兵長が陛下のお側を離れるなど、危険極まりない!先の事件でリーフ側の過激派は追い詰められているのだ!どんな行動を起こすか!」
慌てるザイガスに対してパトラウスは右手を向けて鎮め、そして静かに口を開く。
「ご心配には及ばぬ。何が起きようと、女王陛下の御身近を騒がせる事態にはならぬ」
「何故そう断言できるのか!」
ザイガスの強い言葉に対してパトラウスは不敵な笑みを浮かべ。
「もし不埒者が現れるとするならば……二千年の重みをその身で味わうことになるであろうな」
パトラウスの意味深な言葉をザイガスは理解できなかった。
ザイガスの予測は当たっていた。
リーフ首脳陣、特に主流であるフリースト一派はそもそもセレスティナ女王を害そうなどと考えてもいない。それは最悪のカードであることを認識していることと、何より実現不能であると考えているためだ。
だがダンガン老師一派による蜂起と、その火消しのために行われた粛清によってフリーストに見切りをつけた一部の超過激派と呼べる者達は、千載一遇の好機と見ていた。
「フリースト等は甘い。この好機を利用して女王を亡き者にすれば、必ずやアード側に大混乱が生じる。その混乱に乗じて我々が実権を握ることも容易かろうに」
「楽園建設のために避けては通れぬ道なのだ。その苦難を自ら放棄したに等しい」
「仕方あるまい、フリーストはまだ若いのだ。最後まで賛同を得られなかったのは手痛いが、書状は遺した。事が成った後は上手くやってくれるだろう」
「うむ。分かっていると思うが、事が成った後は直ぐに自害するぞ」
「無論だ。一族に責を取らせる訳にはいかん」
「これも楽園のためだ。必ずやアード人も理解してくれよう。では、往こう!」
三名からなる老年のリーフ人達はケレステス島のハロン神殿へ直接転移を行った。強固な障壁に護られているが、老練な三人が力を合わせることで僅かに穴を空けることに成功。
後は内部へ侵入し、一人で過ごしていることが多いセレスティナ女王を暗殺する。それが彼らの計画であった。だが、アナスタシアがアードを離れたとは言え近衛兵団はそのまま残っているのだ。
セレスティナ女王のプライベート空間。いつものように花々の咲き乱れる庭園で夜空を眺めながら、セレスティナ女王は悲しげに息を吐いた。そして手にした杖で地面を軽く突いた。
「なっ!?ここは……!?」
「神殿ではない!?」
三人が転移させられた場所は、何処までも続く暗黒の空間である。戸惑いながらも三人は灯火の魔法で周囲を照らす。そして気づいた。いつの間にか自分達は十数名のアード人に囲まれていることに。
全員が女性であり、まるで神話の戦乙女のような甲冑に身を包んだ集団。その異様な光景に言葉を失っていると、一人の女性が口を開く。
「古来より、貴様等のように女王陛下に仇為そうと考える不埒者は一定数存在する。理解不能だ。悪逆を敷いているわけでも、苛烈な試練を課すわけでもない。慈悲と慈愛をもって我等を見守り、導いてくださる神に、何故仇を為す」
更に他の女性達も次々と口を開く。同時に三人のリーフ人は理解した。自分達を囲むアード人達が明らかに平均を遥かに超えるマナを持ち、そして自分達を凌駕する実力者であると。
「理解できない、知性に異常があるのでは?」
「ああ、だからティリス様はミドリムシと呼ぶのね」
「なるほど、道理ね。虫以下だわ」
「つまり、問い掛けても無意味と」
「きっ、貴様等は何者だ!?」
リーフ人の一人が吠えた。明らかに震えが混じっているその言葉を受けて、最初に口を開いた女性が静かに答えた。
「我等ヴァルキリー、影より女王陛下を御守りする神の神兵。女王陛下の御慈悲を理解せぬ愚か者、その愚行。命を以て償え」
この日、老年のリーフ人三名が行方不明となった。
すっ、スーパースターデスト◯イヤーは19キロだから(震え)




