パトラウスとアード近衛兵長
ヤバい人にバレちゃったと言うお話しです(白目)
地球フランスで起きた事件は地球全土に波紋を広げ、ティナ自身も地球との付き合い方について猛省し省みる切っ掛けとなり、地球各国でも相手が遥かに格上であり綱渡りに等しい交流であることを再認識させるに至った。
だが、事件の波紋は地球だけに留まらなかった。事の重大性を鑑みたティリスは、この件が何らかの形でアード全体に伝わることを避けるために、事件の詳細と自分の思惑及び失敗を詳細に書き上げた機密文をアードの弟へ向けて送信した。
これは罷り間違ってアード全体に広がってしまい、怒り狂ったアード人の報復によって地球滅亡と言う最悪の結末を避けるための行動であった。
送信から四日後、ゲートを介したメッセージはそのままパトラウスの所有する特別な端末に受信される。
これはパトラウスとティリスのみが利用することを前提として特別に製作されたものであり、汎用性は極めて低いが代わりにアードでも類を見ない秘匿性の高さを誇る端末である。
内容に目を通したパトラウスが凄まじい胃痛に襲われたのは言うまでもない。どう考えても最悪の事態である。
地球側はティナの正体を知らないし、アード人の大半も知らない。その秘密を知るのはセレスティナ女王以外では極一部なのだから。
しかしながら今回の事件はまさに公表するわけにはいかない特級事案である。姉からのメッセージには、アードへ戻り次第直接女王陛下へお詫び申し上げると記されている。
しかし、姉がわざわざ自分に先んじてメッセージを送ってきたのは不測の事態を防ぐためであると察せられた。
であるならば、事前に事件の詳細をセレスティナ女王にだけは内密に伝える必要がある。そう考えたパトラウスは足早にハロン神殿の最奥を目指す。
極力人目を避けて長い渡り廊下を歩いていたパトラウス。後少しと言うところで、背後から石造りの床に金属を打ち付けるような音が聞こえた。
その瞬間、パトラウスは全てを諦めたような顔をして。
「姉上、申し訳ありませぬ」
諦めるように呟き、ゆっくりと振り向いた。
そこにはアード人の一般的な民族衣装である天使のような衣服を身に纏い、その上から白いローブを羽織った女性が立っていた。
右手に金属製の槍を持ち、アード人らしい金の髪を背中まで伸ばしている。その最大の特徴は、青い生地の布で両目を覆うように巻いている点であろう。
「今は休憩時間では無かったのか、アナスタシア」
「胸騒ぎがしてな、気配を辿ってみればお前を見付けたのだ。これも女王陛下のお導きかな」
彼女の名前は、アナスタシア。かつてはティリスの副官を務め、現在は近衛兵長として女王の身辺警護を司る要職にあり、そしてパトラウスの妻である。
彼女の両目はリーフ会戦時の負傷で光を失っている。アードの再生医療ならば完全な回復も容易いのだが、ティリスへの負い目と会戦時の不甲斐なさへの戒めとして今もそのままである。ティリスとしては複雑な心境であるが。
「確かにそうかもしれぬな。先ほど姉上から極秘でメッセージが届いたのだ」
「察するに王女殿下に関わることか」
「そうだ」
パトラウスがこの世で嘘を吐けない存在。女王一族以外では姉であるティリスと妻であるアナスタシアである。
「ふむ、内容は?」
「ここではいかん。万が一にも漏洩しては事だ」
「ならばこちらへ」
アナスタシアに誘われてパトラウスは妻の執務室へと足を運ぶ。妻の性格を反映した質素な部屋だが、壁に掛けられたアード宇宙軍の制服だけがその存在を主張している。
「変わらないな、アナスタシア。質素に過ぎれば来訪者に威圧を与えるから、少しは彩りを加えよと言っただろう」
「ならばお前が勝手にやってくれ、パトラウス。ただし、家具の配置を変えるなよ。覚え直すのが手間だからな」
「考えておくよ」
変わらぬ妻にため息を漏らし、招きに応じて応接用ソファーの対面に腰を降ろす。
「それで、閣下……義姉上からは何と?」
「こちらだ」
パトラウスは端末を起動してメッセージを妻に見せる。光を失ってもAIによってある程度の補助が受けられるので、文章を読むことは可能である。
もちろんあくまでも補助なので、健全な視覚に比べれば遥かに劣るが。
ティリスからのメッセージを読み、明らかに妻の怒気が増したのを察したパトラウスは、それでも静かに待った。
「……地球人は極めて野蛮な性質を持つ。その様な報告書を読んだ覚えがある」
「否定はしない。アリアが収集したデータを見る限り、極めて好戦的で高い闘争本能を持つ種族だ。無論、我々同様個人差はあるし、先日会った地球人達は人格者であると保証しよう」
「私が言いたいのはそこではない、パトラウス」
妻の強い言葉にパトラウスは息を飲む。
「王女殿下に悪意を以て怪我を負わせた。不幸な事故ならば弁明の機会をくれてやるつもりではあるが、近衛兵長としてこの様な事態は許せるものではない」
「だが、殿下ご自身は報復を望まれていない。姉上が何とか裏から手を回して地球側に謝罪させた」
「謝罪、謝罪だと? 閣下は、義姉上は耄碌為されたのか……」
深々と溜め息を吐いたアナスタシアは、少しだけ思案して不意に立ち上がる。
「どうした?」
「殿下のご意志ならば是非もない。臣下として、その命に従うだけだ。だが、同時に殿下の身辺警護に不安が生じた。陛下へ暇を頂いてくる」
パトラウスは目を見開く。
「お前が行けば問題になるぞ。女王陛下は、まだ殿下に全てを伝えるおつもりは無いのだ」
「無論、理由は別だ。ラーナ星系の生存者達を地球へ運ばねばなるまい? これは我々がアードへ逼塞して以来三百年ぶりの重要な任務だ」
「確かにそうだが、お前が護衛を?」
「近衛宇宙軍は日々暇をもて余している。たまには仕事をやらねばな。それに、地球の食物は大変美味だった。色々昂ってしまったがな」
アナスタシアの言葉にパトラウスは苦笑いを浮かべた。
「私は死にかけたがな?」
「ふっ、たまには悪くあるまい」
「しかしな、女王陛下の身辺警護に不安が残らないか?」
「連れていくのは宇宙軍、それも旗艦だけだ。警護に支障は全く無い。私が不在でも十分に機能するように手筈も整えている。問題はない」
「……無体はするなよ。殿下のご意志に反する」
言い出したら聞かない妻なのだ。それ故にパトラウスは止めるのではなく、釘を刺した。
「無論だ。本音を言えば地球人を少しばかり“躾け”てやりたいが、殿下は融和を望まれている。私はただラーナ星系の民を送り届けるだけだ。その過程で或いは地球人共が勝手に騒ぐかもしれぬが、知ったことではない」
「繰り返すが、殿下のご意志に反することの無いようにな?」
「くどいぞ、パトラウス。そうそう、女王陛下へのご報告は止めておけ。義姉上が直接謝罪なさると言っているのだ。お前が先走る必要もあるまい」
「むっ……」
「ふふっ、すぐに戻る。土産を楽しみにしておくのだな」
アードに於ける狂信者筆頭近衛兵長の太陽系来訪が確定した瞬間である。
地球の皆さんに特大の胃痛追加のお知らせ(無慈悲)
 




