フィーレ来襲(スターダスト)
「新しいリーフ人?朝霧外交官が話していたフィオレちゃんかしら」
その日の昼、昨日フランスで発生した事件に心を痛めて、ティナの安否が気になって仕方がない日本国首相椎崎美月は、地球外技術研究センターから届けられたフィーレと新しいリーフ人が来訪したとの報を受けて目をぱちくりとさせていた。
既に使節団は地球帰還を果たし、ホワイトハウスで報告を終えた朝霧は現地領事館職員に確保されて、そのまま特別に手配された専用機によって帰国。身体を休める暇もなく日本政府に対して報告を行った。
明らかに疲労困憊であった彼に対して椎崎首相は謝罪して労を労い、妻の実家でもある旅館やすらぎでの特別休養をプレゼントして下がらせ、一息吐いたタイミングであった。
「おそらくは。どうされますかな?」
相変わらず気だるそうな腹心である柳田官房長官の言葉に、椎崎首相は問い返した。
「ティナちゃんは?」
「現時点では居ないのだとか」
「ティナちゃんが居ない?」
「彼女を介さないリーフ人のみの来訪など、世界初の快挙と考えて良いのではありませんか?」
「確かにな、これを喧伝すれば国威を上げられるぞ」
「そして中華辺りから恨まれるわよ、止めておきなさい。柳田さん、情報は?」
「国民には知られていませんな。ただ、アードのスターファイターが国内へ入ったことは知られてしまいました。白昼堂々と市街地の上を飛ばれては隠し様がありません」
「そう。反応は?」
「ネット上では好意的です。ご覧ください」
官僚の一人が端末を見せる。
『ティナちゃんキターーーーーッッッッッ!!!!!』
『ティナちゃんなのか?フランスで大怪我をしたみたいだけど』
『後ろから羽根を引き抜いたんだっけか』
『ヒェ』
『怖っ』
『確かにティナちゃんも不用心だったよなぁ』
『手を出した方が100%悪いに決まってるだろ』
『その話題は無しだ。荒れるからな』
『これで地球人を怖がったりしたら最悪だな』
『俺達はそんなことしないぞ!』
『分からんよ、日本にだって考え無しのバカは居るんだから』
『とにかく政府がなにか知ってるだろうし、続報を待とう』
「概ね好意的ね」
「実際彼女は大勢を救いましたし、首相との仲も有名ですからな」
「フロンティア彗星事件は記憶に新しいですからなぁ」
フロンティア彗星については、センチネルの事を伏せて地球に落下する可能性が極めて高かった彗星をティナが好意で破壊したと喧伝されている。
嘘ではないのだ。センチネル関係を伏せているだけで。
「昨日の事件についての発表はもう少し待ちましょう。フランス政府が頑張っているし、何故かブリテンが動きを見せているみたいよ」
「現地大使館にも、ブリテン政府から事態を静観するように要請が出たのだとか」
「外交の失敗は外交で取り戻す、ね。利用されるフランスには同情するわ。
……ん、待って。地球外技術研究センターへやって来たのは、フィオレちゃんとフィーレちゃんだけなのよね?」
「その通りです」
ここで椎崎首相は慌てて立ち上がる。
「直ぐに車を手配して!地球外技術研究センターへ向かうわ!」
「この後、共栄党との党首会談が控えていますが!?」
「そんなのは後回しよ!ティナちゃんと言うストッパーが居ないのよ!フィーレちゃんがなにを作るか分からないわ!」
最大野党との会談すらキャンセルにして椎崎首相が慌てている頃、地球外技術研究センターでは。
「フィーレちゃん、おじさんと一緒にグレン◯ガンを見ようねぇ……」
「いや、ここはエ◯ァだろ?」
「アクエ◯オンと言う選択肢はありませんか?」
「そんな卑猥なアニメ見せちゃダメだろ」
「うーん」
フィーレを威圧しないように皆が椅子に座り、フィーレの側には女性職員達の中でも特に母性溢れる(ママ味と称した男性職員はゴミを見る目で見つめられて昇天した)者達が配置されていた。
様々な提案を受けたフィーレだが、今一乗り気ではない様子。
「フィーレちゃん、どうしたの?」
「お腹空いた?お菓子食べる?」
「食べる」
まるでリスのように菓子を食べるその姿は実に愛らしく、更にファンが増えることとなった。ちなみに姉であるフィオレはあまりにもフレンドリーで悪意を感じない日本人達に戸惑いつつ、地球上にあるあらゆる植物のサンプルが保管されている区画を散策している。
「で、なにか悩みがあるのかな?フィーレちゃん」
「ん、ロボットも良いけど船も必要」
「船かぁ」
「と言うより、広範囲を攻撃する手段が少ない。オメガ弾くらい」
「あのフロンティア彗星を木っ端微塵にした爆弾だよね?それだけでも十分だと思うがなぁ」
「オメガ弾は使い勝手が悪いからね。アードには広範囲を纏めて薙ぎ払えるような兵器が必要」
センチネルの事を伏せねばならぬので、フィーレの説明はぼんやりとしている。
アード最大の火力であるオメガ弾ではあるが、運用上の問題が多すぎて艦隊戦などでの使用は極めて難しい。これは物量で押し込むセンチネルとの戦いで得られた戦訓である。基本的に近距離の乱戦へ持ち込まれるからだ。
兵器開発の点から言えば、直ぐに改善策やオメガ弾に変わる兵器が開発されるのだが、アードが引き籠った為に兵器開発が停滞しているのが現状である。
だが、様々な基礎技術は維持されているのだ。後は環境と着想さえあればある程度のものは実現できる。
「船で、しかも広範囲を薙ぎ払うような火力はもちろん、それ以外も必要だよね?フィーレちゃん」
「あるの?」
「あるにはあるけど、アレはなぁ」
「ヤ◯トだな」
「ヤマ◯?」
「そう、俺達日本人の魂の作品だ。SFアニメの金字塔。いや、アニメ躍進の切っ掛けとなった作品の一つだ!」
「フィーレちゃん、おじさんと一緒にヤ◯ト見ようねぇ…」
この時、センター長の笑顔は邪悪だったと職員達は言葉を漏らした。
アニメを見る前にアーカイブされた公式資料や、有志がアニメを見て製作した船体の概要図をフィーレに見せたのだが。
「意外とコンパクトなんだね。この波◯砲って武器は、魔導機関の出力を応用したら再現できるかもしれない」
「ヤ◯トがコンパクト……だと……!?」
「そういや軌道上の船、銀河一美少女ティリスちゃん号はアード基準じゃ巡洋艦なんだよなぁ」
「五百メートル超えてますがね」
「原子力空母超えて巡洋艦かぁ」
職員一同は、もしかしたらヤバいもの教えたのでは?と危惧しつつ嬉々としてフィーレにアニメを見せるセンター長を眺めるのだった。




