事件当日のジョンさん
異星人対策室のジョン=ケラーだ。アード使節団団長と言う大任を無事に果たして地球へ帰還した直後、フランスで発生した凶報について皆は驚いていたが私は別の意味で驚いていた。それはティナが怪我をしたと言う点だ。
実は、ティリス殿から事前にフランス訪問とその真意について知らされていたのだ。ただ、私個人としては最初反対した。
確かにティナの行動に問題があるのは事実だし、危機感の無さ、つまり地球人を信用し過ぎている点は理解している。それ故の危うさもだ。
だが、彼女ほど地球と対等に接してくれるアード人が他に居るだろうか?いや、居ない。確かにアード人は善性の塊のような種族だが、ティナ程歩み寄ってはくれない可能性もある。いくら教育のためとは言え、わざわざ怖い想いをさせる必要があるのかとの疑問もあったのだ。
しかし、ティリス殿の心配もまた理解できるので最終的には安全第一と言う大前提で私も了承した。わざわざ私に話さなくても良いだろうに、彼女は笑いながら。
「ジョンさんはティナちゃんが最も信頼する地球人だから」
と言われてはなんとも言えない。これが荒療治であることは否めないし、何より実際にティナを連れていくフェルに真意を告げていないのは問題だ。
「泥を被るのは保護者の仕事だよ☆」
理解は出来るが、ティリス殿が泥を被る点は納得は出来ない。故に彼女を説得してフェルに真意を伝えて貰った。フェルは最初難色を示した。
まあ当然だな、親友をわざわざ危険な場所へ向かわせて危険な目に遭わせる必要があるのかと憤激していた。
だが、フェルは聡い娘だ。今のままではティナが取り返しのつかない事態に巻き込まれることも承知していたのだろう。最後には渋々と納得してくれた。私としても現地のフランス政府に期待したものだ。
そして最悪の事態が発生した。皆顔を青くしていたが、私は別の意味で胃を締め付けられたよ。何せ私は彼方の好意(勘弁して貰いたかったが)によって、ティナの隠された身分を知っているからだ。ティナはセレスティナ女王の姪姫殿下であり、お話を伺う限り女王陛下にお子様は居ない。更に妹姫殿下であるティアンナ女史は跡を継ぐつもりは一切無い。
つまり、このままいけば高確率でティナはアードの次期女王となる身だ。いくら隠されているとは言え、そのような身分の少女に危険な交流の最前線を任せるのはどうかと思うが、これも価値観の違いであり何らかの事情があるのだろう。
問題なのは今回の事件だ。アードで実際に目にしたアード人の気質は極めて善性、種族全体が度を越えた善人集団だ。武力による侵略などは先ず心配無用だが、セレスティナ女王に対する狂信的な信仰は危うさも充分に含んでいる。
ティナが地球人の悪意によって傷つけられたと知られればどうなるか。少なくとも私は今後も友好的な関係を維持できると考えるほど楽観的にはなれないな。
私は藁にも縋る思いでティリス殿に相談した。口止めをされているが、ここで黙っているわけにはいかん。
案の定ティリス殿は私が秘密を知っていることに大層驚いていたが、事情を話すと溜め息混じりに笑っていた。
「そっかー、ティアンナちゃんが……やっぱりティナちゃんは母親似だねぇ」
それは色々と諦めたような笑みであり、彼女もまた苦労人であることを再認識させられた。まあ、彼女もパトラウス政務局長殿を苦労させている様子なので言及はしないが。
「この件はアードに伝えるつもりはないよ。アリアにも秘匿するように指示を出した」
「宜しいので?」
「地球における問題は全て私の責任。アードへ戻ったら、直接女王陛下へお詫び申し上げるから」
「ありがとうございます、ティリス殿」
「ただし、この後ハリソン君にも伝えるけど地球側にも緊張感を求める。
確かに地球の常識からすればティナちゃんの行動は軽率だった。でも、ぶっちゃけて言えば私達アードからすれば地球の内情、今回ではフランスの内情かな?そんなもの知ったことじゃないんだよね。私達からすれば、地球人の子供を助けたら攻撃された。この事実しかないんだから。
今回はティナちゃんが報復を望んでいないし、ある国が手を回してくれたから不問にするけど、君達はその気になれば片手間で地球を滅ぼせるような文明を相手にしていることをもう一度認識した方がいい」
いつになく厳しい言葉に私はつい後退る。するとティリス殿は困ったように笑った。
「ごめんね、本当はこんな言い方したくないんだ。地球とは仲良くしていきたい。それは私もティナちゃんと同じ気持ちだよ。アードと地球の未来のためにもね」
「ティリス殿」
「ジョンさん、アードは地球へ歩み寄ってる。だからね、地球側もアードと円滑に交流できるように頑張って欲しいんだ。合衆国にはその影響力がある。私はそう信じている」
確かにそうだ。ティナの非常識さを非難する声もあるのは事実だ。その辺りは彼女に勉強して貰うしかないが、逆に我々はアード側へ何らかの歩み寄りを行っただろうか。我が国や日本はある程度歩み寄ったが、それでもどこかで地球側の常識を押し付けていなかったか。
……いかんな、私の領分を越えている。
「残念ながら、私にその答えを言う資格はありません。ですが、ティナが笑っていられる未来に向けて微力を尽くすことを約束します」
今回の件はおそらくこの交流に変化を及ぼすだろう。異星人対策室の室長として、より慎重に動かねばならないだろう。
……そう言えば。
「ティナの容態は?」
既にフェルが母艦へ連れ帰ったと聞いているが、その後は分からない。カレンも心配していたし、続報が欲しい。
「ティナちゃんなら大丈夫だよ。今日一日医療カプセルで休めば身体も完全に回復するから」
「それは良かった」
回復するなら幸いだ。もし何らかの障害が残っては大変なことになっていた。もちろん、彼女の人生がだ。
「あははっ、こんな時まで心配してくれるんだね?」
「無論です。皆が心配していたと伝えてください」
「分かったよ☆ それじゃ、私は用事があるからまた明日ね☆」
「ええ、また明日」
先ほど言っていた国だろうか? いや、詮索は止めよう。胃が痛くなるだろうしな。
それに明日は今朝発生した事件についての緊急会議がある。何度経験しても慣れないが、こればかりは仕方ない。既にミスター朝霧も日本へ急遽帰国したのだ。これから忙しくなるぞ。
「室長、ちょっとした問題が発生しました。FBIがクサーイモン=ニフーターの所在を完全に見失ったと」
「それはいかん。この事件を知った彼がどんな行動に出るか分からないのに! 直ぐに戻ろう!」
私は報告に来てくれたジャッキー=ニシムラ(常識的なハイレグ姿)と一緒に本部へ急ぎ戻るのだった。
……ホワイトハウスでも、彼の姿に誰も疑問を抱かないな。




