秘密の茶会
「ティータイムには少々遅い時間であるが、紅茶は如何かな?」
チャブルは来訪者であるティリスに驚くことなく、既に用意していたティーセットと共に彼女を茶会へ誘ったのである。その抜かりなさにティリスは笑みを浮かべた。
「紅茶、地球の変わった飲み物だよね?コーヒーとか呼ばれてる真っ黒な飲み物は飲んだことはあるよ。苦くて好きになれなかったけど☆」
「コーヒー?それはいかん。あんなものは泥水だよ。合衆国人は相変わらず客人を持て成す作法を知らぬようだ」
チャブルは鼻を鳴らしながら席へティリスをエスコートし、彼女が座ったのを確認して紅茶を淹れた。
ティリスはティーカップを手に取り、ニヤリと笑みを浮かべた。
「薬の類いは入れても意味がないよ?☆」
「紅茶に対する冒涜だな。更に言えば、淑女にそのような手段を用いるなど紳士のすることではない」
チャブルは更にブランデーを紅茶に加えて先に飲んで見せる。毒味の意味もあるが、アード人相手には意味がないだろう。
ティリスも迷いなく紅茶を口にして。
「へぇ、甘いんだね。果実飲料みたいなものかな?☆」
「ジュースとはまるで違うが、アードには無いのかね?」
「飲み物は基本的に水か、木の実を絞った果実飲料くらいかなぁ」
「それはいかんな。栄養スティックなるものがあるから生命活動に支障は無いだろうが、豊かな飲食は生活を彩ってくれるとワシは考えておる」
「んふふっ、何となく分かるよ。栄養スティックは無味無臭だからねぇ☆」
「我々地球人からすれば拷問に等しい食生活だな。少なくともワシはアードに住みたいとは思わんね」
歯に衣着せぬチャブルの言動にティリスは笑みを深めた。
「へぇ、これまで会った地球の為政者は畏怖してびくびくしてたのにオジ様は違うんだね?」
「ワシは今アード人ではなく、一人の箱入り娘を案じる淑女と話しているつもりだ。なにより、警戒をすり抜けてこの部屋へあっさりと現れた君に対して畏怖などしては話しにならんではないか」
「んふふっ、正解だよ☆さて、言いたいことは色々あるけど、先ず最初に聞きたい。何処からがオジ様にとって“想定外”だった?」
ティリスの質問に対して、チャブルはゆっくりとカップを置いて。
「無論、ティナ嬢が負傷したことだ。先ず前提だが、君からのオーダーに答えるために私はあの国を紹介した。理由は幾つかある」
「聞かせて」
「前のテロ事件で真っ先に我が国を糾弾してくれたことへの意趣返し、それが一点。
次に、あの国の治安は過去最悪と言えるからだ。数十年前より移民問題で揺れていたが、今の政権はリベラル色が強い。いや、極左と言えるような連中だ。大々的な移民政策を推進して、大量の移民を受け入れた。無秩序にね。
経済と言う概念で見れば、安い労働力を大量に手に入れたのだから一定の成果はあるだろう。だが、思想や風習、文化、宗教すら違う人間が山のように雪崩れ込んでくるのだ。当然だが、反発や対立が起きる」
「その辺りが分からないんだよねぇ。君達、同じ地球人だよね?」
「アリアだったか。あのAIが作成したアードについての情報は読ませて貰ったが、確かに君達が理解できないのも無理はない。
何故ならば、君達は完全に異なる生命体であるリーフ人を受け入れて融和にある程度成功しているのだからね。我々地球人が有史以来抱えている問題を既に解決しているのだ。羨ましい限りだよ」
「簡単なのにね」
ティリスが肩を竦めるのも無理はない。地球の抱える問題にある程度理解があるティナが異常なのだ。
「さて、話を戻そう。それ故にフランスの治安は悪化の一途を辿っている。だからこそ私はあの国を推薦した。箱入り娘に現実を叩き込むには最適な場所だと判断したのだが、怪我を負うのは私にとっても想定外だった。
私としては何らかのアクションは起きるが、アード側に阻止されると踏んでいたのだが?」
「地球人のモラルの低さとティナちゃんのお人好しっぷりを見誤った私の落ち度だよ」
苦々しく答えるティリスを見て、チャブルは傍らに置いていたアタッシュケースを差し出す。
「なるほど、想定外の事態はそちらも同じだったか。とは言え、紹介した以上アフターサービスにも気を遣わせて貰ったよ」
そっとアタッシュケースを開き、その中身を見てティリスは目を見開いた。
「これは……ティナちゃんの羽根?」
中には、明らかに地球の鳥類とは違う真っ白で淡い光を放つ羽根が一枚納められていたのだ。
「こんなものが野放しになっては無用な混乱が起きるのは当然として、今後の交流に支障が出ると判断したのだよ」
「どうやって手に入れたか、聞かない方が良さそうだね。下手人は?」
「悲しいことにあの老婆は、欲に目の眩んだ強盗に襲われて命を落としてしまった。実に悲劇的な事件だよ」
「あははっ、その“強盗”は永遠に捕まらないんだろうね?」
「事件は迷宮入り、善良な市民として胸が痛むよ」
二人は愉快げに嗤う。その様はさながら狸と狐である。
「アフターサービスもしっかりしてくれたし、貸しと考えて良いかな?」
「まさか。ワシは紳士として誠実な対応をしただけだよ。もちろん相手が感謝して何らかの便宜を図ってくれるなら、吝かでは無いがね?」
「んふふっ、良いね。オジ様みたいな政治家が居れば、アードの若い子達も少しは気が引き締まるだろうし」
「過分な評価に感謝しよう。なにより、センチネルと言う外敵が存在する以上、悠長な内輪揉めなどしている余裕は無いのだ」
「フランスは違うのかな?」
「現政権はアードとの交流に懐疑的な姿勢を示していたからね。全く世話が焼けるよ。ワシが庇ったとして、追及と倒閣は免れまい。後は」
「アードに好意的な政治家達を据える、かな?☆」
「そこはフランス国民の良心を信じるしかあるまいな?」
互いに紅茶を口にして、チャブルが僅かに表情をしかめる。
「しかし、危なかった。今だから言えるが、前任者は些か視野の狭い男でね。アードに対して逆恨みをしていたのだよ」
「心外だねぇ、私達はなにもしていないのに。何かしようとしたのかな?」
「センチネルの存在を世界に暴露すると息巻いていたな」
チャブルの言葉を聞いてティリスは唖然とした。呆れたとも言える。
「それ、国家元首?だよね?」
「うむ、守秘義務と言う言葉を何処かへ投げ捨ててしまったみたいだ」
「それで、対処は?」
「世界中の人間は知らず、この国でもワシしか知らん。それが答えだよ」
「それはそれは、良い判断だよ☆」
「口の軽い人間が知っている状態のは好ましくないからね。それに、今センチネルの存在を公表なんてしたらロクな事にはならん。世界規模のパニックなど悪夢でしかない」
二人はまた笑みを浮かべた。
「オジ様とは今後も良い関係を持ちたいな☆」
「無論だとも。ただし、そちらの箱入り娘には少しだけ自制するように求める。美徳ではあるが、地球では毒になる。ここはアードのような理想郷と程遠い魔境だとね」
「任せて。ティナちゃんを自由にさせるのは変わらないけど、危機感は持たせるから。どうやら私が考えているよりずっと地球人は野蛮みたいだし」
「はははっ、野蛮だがたまに信じられないくらいの善人が生まれる奇妙な惑星へようこそと言っておこう」
斯くして今回の事件はブリテンの独り勝ちとして幕を閉じ、ティリスは油断ならない政治家と知古を得てティナは地球人の本質を思い出す結果となったのである。




