事件発生後のフェル
時は少し遡る。事件発生直後、フェルは負傷したティナを抱きしめて母艦である銀河一美少女ティリスちゃん号の格納庫へ転移した。惑星上から軌道上の艦艇内部へ直接転移すると言う前代未聞の非常識っぷりに初見のフィオレは驚いたが、見慣れているフィーレはいつも通りであった。フェルに抱き抱えられてぐったりしているティナを見るまでは。
「フェル姉ぇお帰り~……ティナ姉ぇ、どうしたの?」
「ちょっっ!?ティナ!?どうしたの!?」
「フィオレさん!医務室の準備を手伝ってください!早く!」
「わっ、分かった!」
二人で医務室へ駆け込み、医療カプセルを準備しつつ手早くティナの衣服を剥ぎ取っていく。些か乱暴になってしまったが、事は一刻を争う。
アード人にとって翼は露出した急所そのものなのだ。それ故に普段は幼子に至るまで防護魔法で保護しているのだが、当然ながらティナの保有マナではその様な芸当は出来ない。
フェルもそれを承知していたが、まさか翼の羽根を毟ろう等と言う暴挙に出る地球人が居るとは考えてもいなかった。慢心していたと言われればそれまでであるが。
「フェル……」
「ティナ!もう少しだけ我慢してください。もう少しで医療カプセルの準備が整いますから!」
「フェラルーシア!いいよ!」
「はい!さあ、ティナ。今はゆっくり休んでください」
フェルは抱き抱えていたティナを優しく寝かせ、フィオレが端末を操作してカプセルの蓋を閉じる。
その間際に。
「ごめん……でも、お願い。仕返しはしないで。地球人の事情を分かってて、それでも無警戒で接してしまった私が悪いから……」
苦痛に表情を歪めながらもティナの口から出た言葉に、フェルは一瞬なにかを我慢したような表情を浮かべ、そして笑顔を浮かべた。
「分かりました。大丈夫ですよ、ティナ。仕返しはしません。だから安心して休んでください」
フェルの言葉に安心したようにティナが目を閉じて、直ぐにカプセル内部はナノマシンの液体で満たされた。
その様子を見届けたフィオレが踵を返す。
「フィオレさん、どちらへ?」
「決まってるじゃない、格納庫よ。パリだっけ?舐めた真似してくれた地球人に思い知らせてやるわっ!」
フィオレの怒気を含んだ叫びを聞き、フェルは素早く右の掌をドアへ向けた。次の瞬間、出入り口のドアに巨大な緑色に光る壁が出現した。
「まっ、マジックシールド……何よこの分厚さは……」
「それだけはダメです。ティナの言葉を聞いていなかったのですか?仕返しはダメです」
「っ!貴女はそれでいいの!?」
ゆっくりと振り向いたフェルを見て、フィオレは息を飲む。ゾッとするような、感情の抜け落ちた無表情であったからだ。
「それがティナの望みです。私達が報復をしても、ティナは喜びません。悲しむでしょう。きっと悲しみながら、それでも私達を責めずに笑うんです。私はそんなティナを見たくない」
「フェラルーシア……」
「気持ちは同じです、フィオレさん。だから、我慢してくれませんか?他でもない、ティナのために」
フェルの言葉を聞き、フィオレは深々と溜め息を吐いた。
「……シールド解除して。格納庫へ行くから」
「フィオレさん」
「別に出撃したりしないわよ。貴女やティナに嫌われたくないし。この感情を発散するために、フィーレを愛でてくる」
冗談っぽく肩を竦めながらの言葉にようやくフェルも笑みを浮かべる。
「ほどほどにしてあげてくださいね。フィーレちゃんが別の意味で疲れてしまいますから」
「日頃から休まない娘だから、丁度良いのよ。じゃ、フェラルーシアもほどほどにしなさいよ」
「フェルで良いですよ?」
「あらそう?まっ、同族だし遠慮は要らないか。私もフィオレで良いわよ。何なら敬語外したら?」
「これは癖みたいなものですから」
「そう。じゃ、また後でね?フェル」
フィオレを見送ったフェルが手招きをすると、部屋の隅に置かれていた椅子が飛んできてカプセルの隣に着地する。そのまま椅子に座ったフェルは、カプセルに触れて中に居るティナを見つめる。
「ティナ……貴女がこんなにも地球に寛容なのは……交流に一生懸命なのは、地球と魂の繋がりがあるからですか……?もしそうなら私は……」
フェルの問いは、誰に聞かれることもなく溶けて消えた。アリアでさえも聞き逃すほどに。
「も~、大丈夫だってば!本当にお姉ちゃんは心配性だよね」
これは夢……?目の前に私より背が高い、私と変わらないくらいのアードの女の子が立っている。
「心配もするよ。だって、地球へ行くのは初めてだよね?」
私の声だ。
「そうだけど、いつも言ってるじゃん。地球には好い人がたくさん居るって」
「そうだけど、色々と抱え込んでしまっている人もたくさん居るんだよ?」
「分かってるよ。昔、羽根を毟られてるんでしょ?耳がおかしくなるくらい聞いたよ。気は抜かないから安心して」
「そうだけどさ……」
「ふふふっ」
この声は、フェルだ。直ぐに分かった。視線が移り、そこには今より成長した、美少女から美人になったフェルが居た。色気と清楚感が両立してる……。
「ティナの心配性は今に始まったことではありませんよ、ティルちゃん」
ティル!?この女の子、ティルなの!?確かに言われてみれば面影があるような……。
「色々心配し過ぎて胃が痛くなるまでがセットだもんね、お姉ちゃん」
「うぐっ……」
「大丈夫、ちゃんと任務を果たすから。お土産も買ってくるし、毎日連絡する。それで良い?」
「お土産よりもティルの元気な姿を見れたら私はそれで良いよ」
「はいはい、ちゃんと連絡する。いってきまーす!」
「気をつけてよ!」
「行ってらっしゃい、ティルちゃん」
成長したティルを見送ると言う不思議な感覚を味わいながらも、夢の中の私とフェルは言葉を交わす。
「本当に大丈夫かなぁ……?」
「大丈夫ですよ。それに、オブザーバーとしてジャッキー=ニシムラ(そして伝説へ)さんも居るんですから」
「まあジャッキーさんなら別の意味で心配だけど、実務は大丈夫か」
「はい。それにティルちゃんが正式に大使として赴任すれば、初めてのアード・地球合同の星間開拓団創設にも弾みが付きます」
「アードからの恒久的な支援の確約としてティルを大使に、かぁ。政治のために妹を差し出しているみたいでなんか嫌だなぁ」
「じゃあ、止めますか?」
「いや、止めない。これはアード、地球双方にとって大切なことだから」
順調に交流が進んだ未来の夢かぁ……現実になるように頑張らないと。でも、政治?私が?
「さあ、戻りましょう。まだまだやることはたくさんあるんですから。遅くなると提督に怒られちゃいますよ?」
「ばっちゃんのお小言は長くなるからなぁ。はぁ……やっぱり女王なんて柄じゃないよ。お母さん達みたいに早く楽隠居したい」
女王!?私が!?いくら夢だからって不敬すぎるよ!?
「それでもティナは頑張っていますよ。大丈夫、ずっと側に居ますから」
「うん。頼りにしてるよ、フェル」
「はい」
不思議な夢だ。畏れ多いにも程がある部分もあったけど、こんな話が出るように頑張って交流していかないとね。
予知夢……?




