最悪
エスカレートした群衆ほど無秩序で恐ろしいものはありません。悲しいですが、歴史が証明しています……
何か不穏な感じがしたけど、今のところ歓迎されているみたいだしフェルと一緒にパリを見て回ることにした。下手に地上を移動すると混乱を呼んじゃうのはこれまでの交流で嫌と言うほど体験したから、二人で空を飛びながらパリの町並みを楽しむ。
凱旋門を中心に放射状に広がる町並みはとても綺麗で、前世で聞いていた変な臭いやゴミの類いも見た感じ無さそうだ。もしかしたら国を挙げて町を綺麗にしているのかもしれない。
「それで、フェルはどうしてパリに行こうと思ったの?」
「昨日里長からお勧めされたんですよ。ティナを連れて羽を伸ばしてきなさいって」
「ばっちゃんが?」
ジョンさん達の件を任せたし、ばっちゃんの事だから事前に手回しをしていても不思議じゃないけど。
でもばっちゃんはそこまで地球にくわしい訳じゃないし、行ったこともないような国をお勧めするかなぁ。
……まあいいや、ばっちゃんが何を考えてるか頭の悪い私には今一分かんないし、偶然資料を見ただけの可能性もあるからね。
「じゃあ、適当にブラブラする?」
「行き先はティナにお任せしますよ」
「おっと、責任重大だ。しっかりエスコートしてあげないと」
「ふふっ、楽しみにしていますね」
ちょっとふざけてみたらフェルも笑ってくれた。うん、最近は色々あってフェルと二人でゆっくりする時間もなかったから、たまにはゆっくりしたい。
幸いフランスに来るのは初めてだしね。一通り楽しんだら、政府の人へ挨拶をしないと。最初に観光地巡りをさせてもらうけど。
最初に向かうのは、凱旋門から見えていたパリの象徴と言えるエッフェル塔だ。
東京タワーと同じ電波塔だったんだっけ?詳しくは知らない。テレビや映画なんかで何度も見たことはあるけど、実際に見てみるとやっぱりその大きさに圧倒される。
一度だけ遠目に見た東京タワーよりは小さく見えるけどね。
「大きな建物……アードにはこんな建物はありませんよね」
「まあねぇ」
エッフェル塔の側に着地してフェルと一緒に見上げながらぼんやりと答える。
『地球のデータを参照するに、全高三百メートル以上の建造物になります。惑星アードにこのような高さを持つ建造物は存在しません』
「そうだろうねぇ」
アリアの言う通り、こんなにも高い建物はアードに存在しない。高層の建物を作る必要がなかったのかは分からないけど、浮き島を含めて基本的には大木の中身をくり貫いたりその太い枝を利用したツリーハウスが主流だ。里の集会所や女王陛下がいらっしゃるハロン神殿は石造りだけど、かなり珍しいと言える。
……コロニーとか作れるのに、ちょっと変わった風習だよね。
「うわぁあああんっ!」
「!」
「ティナ!?」
この時、ティナ達を見ようと周囲に集まる大勢の群衆に押されて一人の男の子が倒れて足に怪我を負う。
男の子の泣き声が聞こえた瞬間ティナはフェルが制止する暇もなく男の子へ駆け寄り。
「はい、これで大丈夫だよ。危ないから、離れていた方が良いかも」
ポーチから取り出した医療シートを傷口へ貼り付けて、ティナは笑みを浮かべる。
周り、特にフェルから強くお願いされてティナは愛用のポーチに医療シートを百枚ほど常備するようにしている。何せ怪我人を見付けると放って置けないのがティナなのだ。
その都度治癒魔法を使っていては、何れ命に関わる重篤なマナ欠乏症に陥る可能性もあるのだから。
これが例えば日本ならば微笑ましい美談となるだろう。いや、フランスでも平時ならば美談として交流のプラスとなっただろう。
だが突然の異星人来訪の衝撃は凄まじく、しかもアードには優れた技術があり、現に魔法の産物を間近で見せられたのだ。
それは、様々な要因によって長く続く社会不安から乱れつつあった人々のモラルを崩壊させるには十分であった。
「あの、すみません。それを一枚譲って頂けませんか?子供が怪我をしているのですが、お金がなくて病院へ行けないのです」
切っ掛けは、一人の若い女性の懇願だった。彼女は移民であり、終わりの見えない内戦状態の祖国から幼い我が子を連れて命からがら落ち延びてきた一人である。
もちろんこの懇願は愛する我が子を思う母親の愛から出たものであり、ティナも笑顔で承諾しようとした。次の瞬間。
「それなら私にも一枚!いや十枚ちょうだい!」
「俺にもだ!三十枚は貰いたい!」
「私もよ!最低でも五十枚は貰わないと!」
周囲で様子を見ていた群衆が一斉に群がってきた。
「わっ!?わっ!?待って!待って!落ち着いてください!」
「ティナ!」
慌てるティナを庇うためフェルが間に入るが、周囲は更にエスカレートする。
「その子供だけ助かるなんて不公平だ!当然俺たちも助けてくれるんだろうな!?」
「そうだ!そうだ!」
「そんな、無理ですよ!」
「なんだと!?どうして無理なんだ!?俺が移民だからか!」
「そうだ!移民はすっこんでろ!俺は正真正銘のフランス人だからくれるよな?」
「なんだとこの野郎!」
遂には群衆同士による乱闘騒ぎにまで発展。そして。
「そいつを寄越せ!」
「わわっ!?離してください!」
何と一人がティナからポーチを奪い取ろうとしたのだ。当然ティナも抵抗しながら何とか落ち着かせようと声をかける。
「これを持っていっても地球人には扱えませんよ!離してください!泥棒になっちゃいますよ!」
「なら使い方を教えろ!」
「ティナから離れてっっ!!」
フェルが間に入り無理矢理男を引き剥がすが。
「暴力だ!宇宙人が暴力を振るったぞ!」
「先に手を出したのは貴方達でしょう!」
「フェル落ち着いて!」
益々ヒートアップし、アリアが軌道上で待機しているスターファイターを急遽呼び出すべく命令を発した瞬間の出来事であった。
「綺麗な翼だねぇ……羽もふわふわしてる。記念に一枚貰うよ」
背後からフラりと近寄ってきたのは老婆である。凶器の類いも無く、ヨボヨボと歩く様子からアリアも警戒対象から除外していた。
そして……ブチッッ!!っと、嫌な音がフェルの耳に届いた瞬間。
「ひぎゃああああっっっっ!!!!!!!」
聞いたこともないティナの絶叫にフェルが慌てて振り向くと、そこには踞るティナと、一枚の羽根を手に取り笑みを浮かべている老婆の姿が映った。なんとティナの翼にある羽根を一枚引きちぎったのである。
「なんだそれ!?」
「俺にも寄越せ!」
「宇宙人の羽根だ!高値で売れるぞ!」
周囲はティナを案じるどころか更に奪おうと更に群がり。
「あっ、貴方達はっ!!!」
フェルの怒りのボルテージが最高潮に達した、まさにその時である。パリ上空に六機のスターファイターが侵入し、まるで威嚇するように超低空を飛び回った。
「なんだあれは!?」
「宇宙人の戦闘機だ!」
「逃げろ!殺されるぞーーーっ!!」
恐怖は瞬く間に広がり、恐慌状態に陥った群衆は逃げ惑い、そして一部が暴徒化した。
「ティナ!」
怒りに我を忘れかけていたフェルは、何よりもティナが優先と彼女を抱きしめて転移した。
交流開始後最悪の事件が発生してしまった。
ちなみにアード人にとってはえ変わり以外で羽根を無理矢理むしり取られた際の痛みは、結石並みです。
ちなみに作者は救急搬送されました(  ̄- ̄)




