アードからの出発
異星人対策室長兼使節団長のジョン=ケラーだ。アードでの日々も四日目に突入した。それと今更だが時差ボケになってしまい少しばかり身体に負担が掛かっている。まあ、この頑強な身体ならば病気の心配も無用だが。
さて、なぜ時差ボケに至るのかと言えば惑星アードの自転速度が地球より遅いのだ。より正確に言えば、速度は地球とそこまで変わらないが惑星そのものが大きいので一回転するのに必要な時間が増えて必然的に1日が長くなる。
しかし、地球より大きな惑星であるにもかかわらず、地球と重力はほとんど同じなのだから不思議だ。
相対性理論に従うならば重力の違いは時間の差異を生じさせるのだが……ティナ達の話を聞く限りここで過ごした時間と地球の時間は同じらしい。
まあ、我々の理論が必ずしも正しいとは限らないことは宇宙を見れば分かる。宇宙には地球にある理論では説明できない事象など山ほどあるのだから、難しい話は無しにしよう。
取り敢えずアードでの1日は36時間、地球より半日長いな。当然私達は地球時間で活動しているから時差に苦しむことになるわけだ。
……ティナの遅刻癖はこれが原因なのかもしれない。これからは時差についても配慮しないといけないな。
四日目早朝、ドルワの里は静かなものだ。昨晩は送別会と称して地球の料理はもちろん、積み込んでいた多種多様な酒も振る舞われた。飲酒の習慣が無いアード人やリーフ人にアルコール耐性があるか不安ではあったが、杞憂に終わった。彼らは総じて酒豪だったのだ。
どうやら日頃から口にしている栄養スティックにアルコールに類似した成分が含まれているみたいで、耐性があるのだろう。或いは魔法か。いや、そもそも身体の作りが地球人と違うのだ。考えるのは止めよう。
アルコールの力もあってかどんちゃん騒ぎとなり、里の人々と改めて交流を深め、そして再会を約束した。彼らが観光客として地球へ来てくれることを願うばかりだ。
「忘れ物はないかな?」
「ないよ。もしあっても、ティナに届けて貰えるし」
「あまり迷惑を掛けたくはない。もう一度確認しておきなさい」
「OK」
カレンは里の子供達と随分親しくなったみたいで、昨晩は別れを悲しまれて皆で涙していた。若い世代が交流を深めるのは良いことだ。この子供達が成長して地球との交流を後押ししてくれれば万々歳だな。
アードとの交流には長い時間が必要になる。アード人やリーフ人は長命であり、故にティリス殿は地球の世代交代による交流の活発化を狙っている節がある。
まあ、彼女達からすれば百年など僅かな時間なのだろうな。今の若い世代にアードの良さを伝え、そしてその子供、孫に至れば自然と新アードの人が多数を占めるようになるだろう。
逆に言えば、ティリス殿は今の地球の為政者達に全く期待していないと言うことになるが。
……まあ、それを考えるのは政治家の仕事だ。私は私の職務に邁進するだけだ。
良いことがあるとするなら、アード滞在中にティナが一般向けの動画を撮影していたことか。どうやらジャッキーが助言したみたいで、地球市民にアードを身近に感じて貰おうとしているようだ。正直有難い。
大半の地球人にとってティナ達はニュースに出てくる異星人程度の認識だが、動画を配信すれば身近に感じて好意的に見てくれる人も増えるだろう。
地球に戻り次第最大の動画サイトにアップするみたいだ。既にジャッキーがアカウントなどの環境を用意してくれている。相変わらず手際が良い。
ちなみにアリアも関与して、動画は地球に存在する全ての言語に完璧に対応しているらしい。これなら表現や翻訳の問題も心配無用だな。
「それでは皆さん、また会いましょう。是非とも地球へお越しください。大歓迎をさせていただきますよ」
正午前、私達はドルワの里の皆さんから盛大な見送りを受けて転送ポートで軌道エレベーターへ移動し、そして宇宙ステーションへ赴いた。展望ガラスから見える地球より巨大で、明らかに陸地が少ない惑星アードに再び感動していると、ティナ達が近寄ってきた。
「ジョンさん、アードはどうでしたか?」
「生憎私は詩的な表現が苦手なんだ。だからありふれた感想になることを許してほしい。とても素晴らしい体験をさせて貰ったよ。ドルワの里の人々を見て、私達は交流を深めることが出来ると確信した。
連れてきてくれてありがとう、ティナ。君のお陰で私達はアードのことを知ることが出来た」
これは偽りない本心だ。ティナこそ地球とアードの架け橋になる存在だ。それに、本人も知らないがおそらく次代のアード女王。彼女との出会いが地球にとって幸運だったのは言うまでもないな。
私の感謝の言葉を受けて、ティナは照れたようにはにかむ。年相応の女の子だ。
「ジョンさん達が仲良くしようと本気で思ってくれているから、里の皆と仲良く出来たんですよ。皆、ジョンさん達を誉めてましたし」
「はははっ、必死だっただけだよ。まだまだ始まったばかりだけど、これからもよろしくお願いするよ」
「こちらこそ、ジョンさん!」
私達は握手を交わした。アード滞在期間中に得られた収穫は多い。これを材料にして地球の意志統一を図らなければ。
銀河一美少女ティリスちゃん号へ乗り込むと、船は直ぐに出港した。用意していたのだろうな。私は展望室で静かに遠ざかるアードを見ながら余韻に浸っていた。色んな事があった。
ドルワの里の皆さんとの交流は成功したと言えるだろう。セレスティナ女王陛下との謁見は予定外だったし、私が単独で呼び出されたりジャッキーがパワーアップしてしまうと言う軽い事故は発生したが。
うん。ティナは間違いなく女王姉妹の娘だな。良く似ている。パトラウス政務局長の苦労を垣間見たような気がする。そう思うと常に怜悧な表情を浮かべていた彼に親近感が湧いてきたな。再会する機会があれば、酒を酌み交わしたいものだよ。でも、全般を通して非常に充実した日々だった。あとはこのまま何事もなく帰るだけだ。フィオレと交流を深めないとな。
「あっ、忘れてたよ。取り敢えず太陽系を吹き飛ばせるくらいの武器を用意しておいたからそのつもりでー☆」
ティリス殿の言葉を聞き、私は激しい痛みを訴え始めた胃を労るように胃薬をイッキ飲みした。
……余韻にくらい浸らせてください……。
 




