ケレステス島にて
やはり今月も極めて不安定になりそうです……
あー、緊張したぁ。セレスティナ女王陛下との謁見を終えた私達はハロン神殿の入り口まで戻った。まさか女王陛下に直接報告する日が来るなんて思わなかったよ。
「ティナ、ちゃんとご報告出来て良かったですね」
「フェルとアリアのお陰だよ。フォロー、ありがとう」
正直緊張し過ぎて内容は滅茶苦茶だったよ。前世を踏まえても最悪のプレゼンだったんじゃないかな?
ただ、今回は私の言葉足らずな部分をフェルとアリアがしっかり補足してくれたから助かった。
「いえ、私はちょっと補足しただけですよ。ティナの気持ちはちゃんと伝わっていると思いますよ?」
「そうだと嬉しいけどね」
女王陛下へ報告するついでに、頑張って地球の良いところもアピールしてみた。結果は、まあ今後も交流を深めることを望まれているってお言葉を頂戴したから成功したのかな?
ついでに心配されて、無茶をしないようにやんわりと叱られちゃったけど。
「アードでは女王陛下とあんな感じにお話する機会が多かったりします?」
「まさか!異例中の異例だと思うよ。ケレステス島だって気軽に入れるような場所じゃないからね」
実際にはハロン神殿周辺以外は自由に散策して良いんだけど、神聖な島だから気軽に訪れるようなアード人は居ない。私だってこんな事がなかったら、多分一生縁が無い場所だっただろうし。
神殿正門まで出てきたけど、既にジョンさん達の姿はなかった。先に戻ったのかな?首をかしげていると、門番をしている近衛兵のお姉さんが話し掛けてきた。
「地球からのお客様は先にドルワの里へ戻ったわよ」
「ありゃ、ばっちゃんが連れて行ったのかな」
まあ、長居をして変なことを考えるアード人が居ないとも限らないしねぇ。ばっちゃんに任せたら良いかな。
……うーん、そうなるとこのままドルワの里へ戻るのは何だか勿体無いな。地球を出発してからずっとジョンさん達と一緒に居たからフェルと二人きりなんて久しぶりなんだよねぇ。
「ティリス様からは、時間を気にしないでゆっくり帰ってきなさいって言伝てを頼まれているの。どうする?もし良ければ、ケレステス島を散策してみない?」
「良いんですか?」
「もちろんよ。女王陛下は島全体を開放して民にも自然を楽しんで貰いたいと願っていらっしゃるわ。でも、みんな遠慮して近寄らないのよねぇ」
「そうなんですか?」
「まあ、神聖な島だからね。じゃあ、ちょっとだけ散策させて貰いますね」
「ゆっくりね」
近衛兵のお姉さんに別れを告げて、フェルの手を掴んで翼を目一杯広げた。フェルも直ぐに二対の羽根を広げて、二人で空へ飛び立った。折角許可を貰えたんだから、どうせならじっくりと島を見物してみようと思ったんだ。
「広い島ですね、まるで地球みたいです」
「地球からすれば小さな島だとは思うけどね」
ある程度の高さまで飛び上がると、ケレステス島の全体が良く見えた。中心には壮大なハロン神殿があって、あとは豊かな自然が島全体を覆っている。深い森や綺麗な湖、何処までも広がる草原、美しい砂浜。まあ砂浜は海洋生物が出てくるから近寄らない方が良いけどね。
さて、何処へ行こうかと迷っていたら。
「ティナ、彼処へ行ってみませんか?」
フェルが指差した先にあったのは、深い森の中にポツンと開けた泉がある場所。まるで隠れ家みたいでテンションが上がるね。
「じゃあ、彼処でゆっくりしよっか」
「はい」
二人でゆっくりと降下しながら目的地へ向かう。近くだったから直ぐに到着したけどね。
綺麗な泉の畔に着地した私達は、そのまま履き物を脱いで泉へ入ることにした。透き通るような水だったし、少し休みたかったから。ここが地球なら水を掛け合ってキャッキャウフフするところだろうけど、アード人はそうもいかない。
リーフ人の羽根は撥水性抜群なのはフェルを見れば分かるけど、アード人の翼は羽毛だ。濡れたら乾かすのに時間が掛かるんだよね。水を含んだままだと重いしさ。
取り敢えず適当な石があったからそこへ並んで座ることにした。
「冷たくて気持ちいいね、フェル」
「はい、ティナ。お風呂とはまた違った感じがします」
開拓団育ちのフェルは宇宙船の中しか知らないから、豊かな自然を見つけたらこうやってのんびりと満喫するのが好きみたいだ。元々私達は地球人より自然に親しんで暮らす民族だからね。まあ、本能だよ。
前世でも森林浴は好きだった……いやド田舎だったから、都会に比べれば自然は身近だったけどさ。
「ふぅ」
何だか一気に疲れが出てきて、何気なしにフェルの肩に頭を預けてしまった。
「お疲れですね、ティナ」
フェルは変わらない優しい笑顔を浮かべて受け入れてくれた。
「大仕事が終わったからねぇ……疲れちゃったよ。フェルも色々ありがとね」
もちろん裏方としてばっちゃん達が頑張ってくれたからだけどね。たくさんの人に支えられて、ここまで来ることが出来た。私一人ではとても成し遂げられなかったのは間違いない。
といっても、ようやく第一歩だ。ジョンさん達を送り届けて、少しでも地球が意志統一へ向けて動けるようにお手伝いしないと。
でも今はゆっくりしよう。
しばらくフェルとのんびりした時間を過ごした。一時間くらいかな? ちょっとうたた寝をしてしまったみたいだ。いつの間にかフェルに膝枕されてるし。
……私を見下ろすフェルの顔を見上げて、頭に感じる柔らかい感覚に身を任せていたらしい。なにこの極上の枕。
「もう良いのですか?」
「夢中になっちゃいそうで怖いからこの辺でやめとくよ」
「夢中になっても良いんですよ?」
「溺れちゃうのは勘弁して欲しいかなぁ……ん?」
頭を上げて周りを見渡してみると、泉の側に白い石碑のようなものが見えた。気になった私達はフェルの魔法で濡れた足を清めて、石碑に近付いた。私の身の丈くらいの小さな石碑には文字が刻まれているけど、読めない。
「アリア」
『データベースに存在しない言語のため、解析不能です。リーフ語に類似する文法であるため、古いリーフ語である可能性が高いです』
「じゃあリーフ人の石碑なのかもね。読めないなら仕方無いかなぁ」
「……永年に渡る盟友にして無二の親友へ祈りを捧げる」
「フェル?」
急に呟いたフェルを見ると、本人は首をかしげた。
「私は読めますよ?アリアの予想通り、これは古代リーフ語です」
「なんでフェルが読めるのかは気にしないよ。それで?」
色々チートなのは今更だしね。
「……その気高い自己犠牲の精神に最大限の敬意を払うと共に、約束を決して破らないことをここに誓う。願わくば……」
「……フェル?」
急に止まったフェルを見てみたら、唖然とした表情を浮かべていた。でも、私に気付いたら困ったような笑顔に変わった。
「ごめんなさい、これ以上は古すぎて読めませんでした」
「なら仕方ないよ。気にはなるけど、何かの慰霊碑みたいだしそっとしておこう。そろそろ戻ろっか」
「はい、ティナ」
フェルは最後に石碑を見て、ティナと一緒に飛び立った。
願わくば貴女の末娘フェルト、そしてその娘フェラルーシアに安らぎと幸福が訪れんことを。
セレスティナ女王
リーフ女王フェルシアの末娘、フェルト。フェルの母親で、妊娠した際にセレスティナ女王に名付けを請う。




