ティナとセレスティナ女王
無事にジョンさんたちの謁見も終わって、取り敢えず大仕事が終わったなと安心していたらまさか残るように指示されるとは思わなかった。しかも私とフェルだけ。
困惑している私達を尻目に、ジョンさん達は退室させられていく。どこか同情的な視線は気になったけど、それどころじゃない。気づけば人払いとしてたくさん居た近衛兵さん達もどんどん部屋を出て行くのが見えた。
もしかしてこれまで私がやらかしたことを問題視されたとか!?だとしたら、フェルは関係ない。ちゃんとフェルの事を弁護しないといけない。
身構えていると、パトラウス政務局長が少しだけ口許を和らげた。
「身構える必要はない。叱責するつもりはないのだ」
「じゃあ……?」
「簡単な話だ。報告書は提出して貰っているが、女王陛下は君達の口から直接これまでの旅路の話を聞きたいと仰せだ。言うまでもないが、これは大変栄誉なことだと理解しているな?」
女王陛下が、直接話を!?ビックリしている私の代わりに、フェルが答えてくれた。
「とても光栄なことですが、上手くお話出来るか不安です」
「構わん。君達が論客でないことは重々承知している。当然稚拙な部分もあるだろうが、それを含めて女王陛下は君達の口から直接報告することを望まれている」
ここまで言われたら覚悟を決めるしかない。
「分かりました。それでは……」
それから私は記憶を頼りにしながらこれまでの冒険の話をした。初めて星の海へ飛び出した日から、センチネルとの遭遇、フェルを助けたこと。地球で最初にジョンさんとメッセージのやり取りをして、一旦アードへ戻り二回目の航海で遭遇したラーナ星系での戦い。
地球の皆さんとの交流。地球にある観光資源や、地球の抱えている問題、そして巻き込まれた事件の数々。最後にフロンティア彗星事件も。時折フェルやアリアが細かい補足をしてくれて助かったよ。こうして話していると、とても長い時間冒険をしているように感じる。実際にはまだ一年にも満たないのにね。本当に色んな事が起きた。
私の拙い説明をパトラウス政務局長、そして女王陛下は一切口を挟まないで聞いてくれた。体感時間としては一時間くらいかけて報告を終えると、パトラウス政務局長は深々とため息を吐いた。
「やはりセンチネルは銀河全域に勢力を伸ばしていたのか」
やっぱり気になるよね。
「分かりません。でも、あの彗星にはセンチネルスターファイターが潜んでいました」
「奴等の常套手段だな。単なる彗星と放置していたらセンチネルの大艦隊を呼び寄せられて壊滅した星系も少なくはない。
意図的かどうかは不明だが、おそらく奴等は手当たり次第に発見した星系へ向けて偵察彗星を放っているのだろう。知的生命体を発見したら潜ませたドローンに信号を送らせて艦隊を呼び寄せるのだ」
やっぱり、あれは偶然じゃなかったんだ。少なくともセンチネルは、太陽系がある銀河の反対側にも勢力を伸ばしている可能性が高くなった。時間がない。
今回は発信される前に撃破したけど、次も上手くやれる保証はない。私が地球を離れていたら間違いなく地球は滅亡していたし。彗星そのものも脅威だし、月面基地建設を急がないと。
……それと、これも報告しておこう。
「これまで二回センチネルと戦いました。これは私の勘なんですが……」
「構わん」
「センチネルは、まだ私達を探しているんじゃないかなぁと……」
フェルを助けた星系やラーナ星系はアード星系に近い場所にある。多分だけど、アイツらは取り逃がした獲物、つまり私達をまだ探し続けているんじゃないかなって思うんだ。アリアが調べてくれたけど、他にも比較的近い星系の幾つかにセンチネルの反応があったみたいだし。
私が伝えたら……パトラウス政務局長の顔が強張った。
「奴等はまだ諦めていないと」
「何の根拠もない勘ですけど……」
「いや、実際に交戦した君の意見は重視されるべきだ。政府としても重く受け止めよう。
さて、地球についてだが。政体の違いは理解していたが、予想以上に地球側の意思統一は難しいのだな」
「はい。だから先ずは地球でも大国と呼ばれる有力な国と交流を深めています」
本当はフェルを連れてあちこち観光してみたいんだけど、センチネルの脅威がある以上悠長には出来ない。
といっても今の私は小娘に過ぎないし、前世もただのサラリーマンだ。政治や外交の知識なんて皆無だし、現地の……ハリソンさんや美月さんが少しでもやり易くなるようにお手伝いする事くらいしか出来ない。
「その点についても、君の活躍は十分に評価できる。引き続き交流を深めて欲しい。外交については我々も動くし、なにより君の側には姉上が居る。姉上に任せなさい」
「ばっちゃ……里長にはいつも助けられてばっかりですよ」
「ふっ、気にせず存分に頼ると良い。姉上は子供に頼られるのが好きでな。そのお陰で何度も苦労したものだが……」
遠い目をするパトラウス政務局長を見て私とフェルも揃って笑顔を浮かべた。だって簡単に想像できるから。
場が和んだその時。
「ティナ」
ベールの向こう側から優しげな声が……セレスティナ女王陛下!?慌ててひれ伏した私達に、クスクスと柔らかい笑い声が聞こえた。
「その様に畏まる必要はありませんよ」
そっと顔を上げると……ベール越しでも優しげな笑顔を浮かべているのが何となく分かった。
「ティナ、地球との交流は楽しいですか?」
……正直に答えた方がいいよね。
「はい、とっても!」
「そうですか……フェラルーシア」
「はい、女王陛下」
「これからもティナを支えてあげてください」
「もちろんです」
フェルもはっきりと言い切った。頼りっぱなしなのが情けないけど、嬉しくもある。
「今後も地球との交流を続けることを望みます。ただ……危ないことは極力控えるようにお願いしますね」
「えっと……がっ、頑張ります!」
「微力を尽くします」
「畏れ多くも女王陛下よりお言葉を賜ったのだ。今後も励むように。では、下がりなさい」
「「失礼します」」
二人が退室し、静粛が広間を包む。
「……宜しかったので?」
パトラウスが口を開き、セレスティナ女王へと問い掛ける。
「あの娘達の足枷となります。それは、私の望むことではありません」
「はっ」
「良く似ていました……フェルシアも喜んでいるでしょう」
「まるで生き写しですな。或いは、リーフ人が彼女を排除したい理由なのでは」
「……それでもフェルシアに託されたのです。政務局長、無体は……しないように」
「御意のままに…ままなりませんな」
パトラウスの言葉に、セレスティナは憂いを帯びた吐息をそっと吐くのだった。
こうして姪と初めての謁見は終った。ティナが自分の出自を知るのはまだ先の話である。




