謁見
無事にパトラウス政務局長との会談と言う重要な仕事を終えた使節団の面々は、一息吐くことが出来た。そのまま貴賓室にて暫しの休息を取ることにしたのである。
「女王陛下はご多忙な身、現在来客の対応をなさっておられます。しばしお待ちいただきたい」
本来ならば会談後直ぐに謁見する予定であったが、ティアンナがティルを連れて会いに来たので急遽予定が変更されたのである。
本日は大切な予定があることをすっかり失念したティアンナと、せっかく遊びに来てくれた妹と姪っ子を無下には出来ないセレスティナ女王。
結果、パトラウスは急な予定変更に胃を痛めながらも何とか自分のスケジュールを調整して引き続き一行の対応を行っているのである。
「もちろんです。わざわざお時間を頂いていますからな、いくらでも待ちますとも」
「感謝申し上げる。さて……アリアからの報告書を読ませて頂いたが、アードの栄養剤を服用して身体に変化が生じたとか?」
パトラウスの質問に、やらかした張本人であるティナとフェルは目をそらし、ジョン達は困ったような笑みを浮かべた。
「まあ、そうですな。信じられないとは思いますが、これが一年前の私達ですよ」
質問される可能性を考慮して、ジョンと朝霧は強化前の写真を持ち込んでいた。
「これは……いや、朝霧氏はまだ面影はあるが、ジョン氏は……短期間でこれほどの肉体強化が可能なのですかな?」
「先ず無理でしょう。いや、強引にやれば不可能ではありませんが、身体能力が地球人を越えてしまいましたからなぁ」
「私など光線を出せてしまいますよ」
「なんと……いや、納得です。今だから言えますが、お二人から僅かではありますがマナを感じます」
「マナを?」
「ええ。おそらく強化魔法の一種だとは思います。しかし、地球人にそのような変異をもたらすとは。アードの産物の取り扱いには細心の注意が必要ですな」
「お願いします。私達は、まあ見た目の変化はありましたが身体に異常はありませんでした。しかし、他の人もそうなるとは限りませんから」
「充分に留意しましょう。それで、そちらのお嬢さんは確かジョン氏のご息女でしたな?」
「ええ、この子については少し特殊で」
「ほう、特殊?」
ここで黙っていたティリスが口を開く。
「パトラウス、カレンちゃんはリーフの栄養ドリンクを飲んじゃったんだよね☆」
「なんと、あの薬湯を?独特な風味で好みの別れるアレを?」
「そっ、アレだよ。気を利かせたフェルちゃんが飲ませちゃったんだよね☆」
「正確にはお父さんに渡された奴を飲んじゃったんだ」
「なるほど。しかし、見た目は普通の少女に見えますな。報告によれば身長を変えられるとか」
「そうですよ」
「それは興味深い。是非とも……」
パトラウスが途中で言葉を区切る。何故ならば、貴賓室に近衛兵が一人姿を現したからだ。
「閣下」
「おや、もう良いのか?」
「はっ。女王陛下よりお待たせして申し訳ないとのお言葉を賜りました」
「畏れ多いことだ。では皆様、これより謁見の間へご案内します。こちらへ」
皆が立ち上がり、一行はパトラウスに先導されて部屋を出て通路を歩く。
美しい自然が広がる中庭を通る渡り廊下を歩きながら、パトラウスは改めて一行へ視線を向けた。
「皆様に限って問題はないとは思いますが、くれぐれも粗相の無いようにお願いします。作法などは気になさらず。無礼に当たる行為は地球と然程変わりませんので」
「心得ていますよ。政務局長閣下の顔を潰さぬよう励ませていただきますとも」
「ははは、私の顔などはお気になさらず。ただ、万が一無礼があれば皆様の身の安全を保証できませんからな」
パトラウスの言葉に皆が気を引き締めるが。
「まあ、大丈夫だよ。女王陛下は寛大なお方だし、いざとなれば私がフォローするからさ☆」
「姉上がいらっしゃるならば無用な心配でしたな」
「ばっちゃんって実は偉かったりするの?」
「んふふっ、ただの美少女だよ☆」
「美少女(1000歳)」
「笑うな☆」
ティリスとティナのやり取りで空気が和み、皆の緊張が程よく和らいだところで謁見の間へ到着した。石造りの荘厳な広間には多数の近衛兵が待機している。調度品の類いは少なく、床全体に暖かみのある暖色のカーペットのようなものが敷かれて最奥にベールで仕切られた小部屋が存在する。
「女王陛下、御臨席です」
近衛兵の宣言に皆が深々と頭を下げる。アード式最敬礼は地球人にとって馴染みが無く困惑させてしまうだろうと言う配慮である。
そしてベールの向こう側に人影が現れたのを確認して、パトラウスが口を開く。
「女王陛下、こちらの方々が地球からの来訪者達です。我らとの友好を願い、そして女王陛下への進物を献上してくれました」
既に高級食品を詰めたトランクはパトラウス経由で献上されている。
『遠い銀河の彼方からの来訪、嬉しく思います』
突如脳裏に響く声にジョン達は戸惑うが、既にティナ達で地球人からすれば非常識な事象に慣れている彼らは直ぐに頭を切り替えた。なにも知らない無知の赤子の心地で居るべき。あるべきもの全てを受け入れるようにと事前にジャッキー=ニシムラ(賢者)が提案していたこともプラスに働いた。
「セレスティナ女王陛下に拝謁賜りましたこと、望外の喜びでございます。細やかながら贈り物を献上させていただきました。ご笑納頂ければ幸いでございます」
代表して朝霧が恭しく頭を下げながら返答した。
『お心遣いに感謝します。アードと地球が末永く共存繁栄の道を歩むことを、望みます』
「微力を尽くさせていただきます」
ベール越しとは言えセレスティナ女王との謁見はアード人からしても大変栄誉なことであり、流石のティナも緊張していた。
一方、今朝直接会ったばかりのジョンとしては複雑な気分ではあるが。
『アードでゆるりと過ごされ、そしてお帰りの際も無事の旅路であることを願っています。政務局長』
「御意。畏れ多くも女王陛下よりお言葉を賜りましたことは、地球のお客人にとっても栄誉なことだったでしょう」
「もちろんです」
再び一行は深々と頭を下げ、そして静かに部屋を去ろうとしたが。
「ティナ、フェラルーシア両名はこの場に残るように」
「へ!?」
パトラウスによって、二人は引き留められたのである。




