ティリス「頭痛い」
アード来訪二日目の昼前。正午過ぎから行われるパトラウス政務局長との会談を前にして、使節団の面々は最終調整に入っていた。
何故か団長であるジョン=ケラーが疲労困憊になっているというハプニングが発生したが、彼の回復力は尋常ではなく直ぐに回復して打ち合わせに参加していた。
「本来このような場では、事前に事務レベルで調整が行われるものです。しかし、今回は文字通りぶっつけ本番となります。それ故に細心の注意を払う必要があります」
先ず朝霧が発言する。
「今回の目的は、双方の交流をより加速化させるためのものだ。最優先は、親書を受け取ってもらうことになる。可能ならば、ティナ達以外に外交官としてアード人が地球へ赴任してくれるのが望ましいが……どうかな?」
地球にアード大使館の開設。それは地球側が熱望することであり、交流の活発化や本格的な外交関係の構築を促すためにも必要不可欠であると少なくとも地球側は考えていた。
ジョンの問い掛けに答えたのは、アドバイザーとして参加している幼女……失礼、ティリスである。
「親書の手交については何の問題もないよ。パトラウスには伝えてあるし、断る理由がないからね☆でも、外交官派遣についてはどうかなぁ。外交部はこの数百年形だけの存在で、事実上移民管理局の傘下にあるんだよね」
ザイガス長官率いる移民管理局はリーフ側の意向を無視することは出来ない。確かにセレスティナ女王は地球との交流を望む発言をしたが、外交官派遣などの正式な国交樹立を指示したわけではない。そしてリーフ人はその排他性を存分に発揮して地球との交流に否定的だ。もちろん表面的には賛同しているが、裏では足を引っ張らんとあの手この手を駆使して裏工作に励んでいる。
「では、地球との交流に否定的であると」
「まあ、女王陛下の御聖断が下された以上地球との交流は決定事項だからその辺りは心配しなくて良いよ☆」
「ではティリスさん、大使の派遣は難しいですか?」
「少なくとも今はね。アードはまだ地球の事をなにも知らない。下手に無知な大使を派遣しても、双方にとって不利益にしかならないんじゃないかな?☆」
「確かに一理あるな。ティリス殿、アード側の返答はどの様なものが考えられますかな?」
「うーん……交流の活性化を名目とするなら、ティナちゃん達を正式に親善大使に任命することかなぁ」
「ティナさん達を、ですか」
「地球の事をよく知っているアード人、リーフ人はティナちゃん達以外に居ないからねえ。とは言え、扱いを変える必要はないよ。そのまま接してあげてほしい。あの娘達の活動が架け橋になるのは間違いないんだから」
いきなり本人も知らないティナやフェルの秘密を女王姉妹から暴露されたジョンは、密かに胃を痛めた。回復したばかりの彼の胃は早速溶け始め、直ぐ様回復していく。
「ティナ本人が堅苦しい行事などを嫌いますからなぁ」
派手な歓迎式典などティナ相手には逆効果。逆に萎縮してしまう。彼女相手にはとにかく気楽でフレンドリーに接することが正解である。
「まっ、その辺りはパトラウスと上手く調整してみるよ。月だっけ?あの衛星の居留地が出来たら二百人くらい移住するからそのつもりで」
「ティナさんからお話は伺っていますが、本当に月へ移住を?二百人程度ならば、地球で受け入れることも簡単ですが」
「地球にどの国家にも属さない場所はないよね?☆絶対に揉めるから月に作ってるんだよ?☆」
セシルを中心としたラーナ星系の避難民達の移住計画は順調に進んでいる。パトラウスはリーフ側からの強い要請を逆手に取り、彼女達の移住に関する問題を手早く片付けていた。
後はフィーレが放ったドロイドやドローンが居留地の建設を終えれば、直ぐに移住が出来る手筈が整えられている。
「確かに揉めるでしょうな。しかし……アード内部の問題を我々に伝えて大丈夫なのですか?」
ティリスはラーナ星系の避難民達の経緯や現状を簡単にではあるがジョン達に伝えてある。当然、リーフ人の異常なまでの排他性も少しだけ共有した。朝霧はこの様な内部情報を伝えて良いのか気になったが。
「身内の恥を晒すようで恥ずかしいけど、アードも一枚岩じゃないんだよ。これから交流が本格化すれば、リーフ人と接する機会が増える。間違っても心を許してはいけない。少なくともリーフ上層部には注意して欲しい」
「……分かりました。この件は最重要機密として持ち帰ります」
ジョンは、ティリスの想いを正しく汲み取った。
「ありがとう。こんな話をするんだ。私なりに君たちを信用してるってことだよ。ティナちゃんを泣かせるような真似したら、許さないぞ☆」
「ははは、それは恐ろしいですな。肝に銘じますよ」
和やかに打ち合わせが終わろうとしたその時。
「ティナ、待ってください!」
近くを足早に通りすぎようとして居るティナと、彼女を慌てた様子で追い掛けるフェルを見掛ける。ティリスは普段のティナは決してしないような鬼気迫る雰囲気に強い違和感を覚えて声をかけようと一歩踏み出すが、それよりも早く動いた人物が居た。
「やあ、ティナ。おはよう」
「ジョンさん……」
敢えて和やかな笑みを浮かべたジョンが現れて、ティナも足を止める。
「君に何があったのか、私には分からない。だが、フェルが慌てて君を追い掛けている様子を見るに、ただ事では無いだろう。でも、フェルを無視するのは良くないな。彼女は君を頼りにしているのだから」
「あっ……ごめん、フェル」
ジョンに言われてようやくフェルが追い掛けてきていることに気付いたティナは、振り向いて追い付いたフェルに謝罪する。
「私は大丈夫です。ジョンさん、ありがとうございます」
「いやなに、気になってしまってね。ティナ、私が力になれるか分からないが、何があったか聞いて良いかな?」
ジョンは努めて穏やかに声をかけ、ティナも少しずつ冷静さを取り戻していく。元々彼女は激昂するような性格ではないのだ。
「実は……さっき、フィオレに会ったんです」
「フィオレ……ああ、前に話していたティナの友達か。確か、リーフ人だったかな?……ティリス殿?」
フィオレの名前を聞いた瞬間、ティリスは頭を抱えていた。事の顛末は既にパトラウスから共有されており、フィオレをドルワの里で保護していることも承知していたティリスは、暗殺未遂事件及びティドルの負傷についてティナには内密にしようと画策。
これは当事者でありティナの父であるティドルの意志を尊重するためである。ティリスとしても腸が煮え繰り返るような怒りを覚えたが、当事者のティドルが大事にすることを避けたので堪えた。
なにより何度もドルワの里へ遊びに来ていたフィオレをよく知る故に、年長者としてまだ幼い二人の友情にヒビが入ることを避けたかったのだ。ティリスとしても、フィオレが大人に騙されていたことは十分に理解している。
フィオレにもこの事をティドル経由で伝えていたが、ティナへの罪悪感と申し訳無さに堪えられなかったフィオレは自分でなにが起きたかを告白。
結果、激昂したティナはフェルの制止を聞かずにリーフの里へ殴り込もうとした。
そこまで察したティリスは頭を抱えて。
「本当……ミドリムシ絶滅しないかな」
ぼやくしかなかった。




