アード来訪二日目早朝のジョンさん
ジョンさん、アードへ立つ
友好使節団のジョン=ケラーだ。アード来訪初日は本当に驚きの連続だった。先ず案内されたドルワの里に衝撃を受けたよ。我々はまさにSFと言った感じの未来的な都市を想像していたのだが、そこにあったのは地球では考えられないような大木の群生している森の中だったのだ。それらの大木を利用したツリーハウス群だったのだ。木々の間は木の枝や植物のツル、木材の板を使って作られた吊り橋で繋がれている。まさに森の隠れ家と呼ぶに相応しい。
街灯の類いは存在せず、木々に生えている不思議な大輪の花が持つ淡い灯しが照明代わりであり、幻想的な光景が広がっていた。かといって、原始的な生活をしているのかと言えばそうでもない。屋内は外見と打って変わってSF溢れる作りであり、更に言えば様々な用途のドロイド達が忙しく行き来しつつ生活空間の維持や様々なサポートを請け負っている。
ドロイドの形も某SF映画の金字塔に出て来そうなものから、まるで想像できないような形状のものまで多種多様で目を楽しませてくれた。何の用途があるのか良く分からないものまであるがね。
さて時間帯としては早朝だ。まだまだ皆眠りについている時間だろう。カレンはアードの子供達と一緒に夜通し遊んでいた。いやまあ、理由はある。なぜ我々だけではなくティナ達までホテルへ案内されたのか。真相はティリス殿から内密にとの条件付きで教えられてしまった。
その、有り体に言えば地球の食物はアード人の成人女性にとって媚薬と変わらない効果を発揮するらしい。些か生々しい話になるが、どうやらアード人は地球人に比べて遥かに性欲が低いようだ。
まあ、それはそうだろう。長命の種族が地球人と同じレベルの繁殖欲を持っていたらあっという間に人口が惑星限界を超えてしまう。それこそ地球とは桁違いの人口を持つことになるだろう。
いや、厳密には超えていたようだ。ティリス殿の話だが、アードの宇宙開発最盛期はまさに星系国家と言える規模にまで膨れ上がり、勢力圏内の星系は数百を超え、総人口も一千億を超えていたらしい。
そんなアード人の前に立ち塞がったのが未確認敵性存在センチネルだ。これまで確認されたのは全て無人のドローン。大型艦艇にすら生命反応は検出されないようだ。これらは『知的生命体を探索し、殲滅せよ』と言う極めてシンプルかつ残忍なプログラムに従って破壊の限りを尽くす殺戮マシーンだ。
当然ながら対話は不可能で、こんな連中が地球へやって来たらと考えると絶望しかない。何としても今回の使命を十全に果たさねばならない。地球の未来のために。
「あら?随分と早起きじゃない。地球人さん」
後ろから声がかかり振り向くと、そこには一般的なアード人の特徴である金の髪を腰まで伸ばし、民族服なのだろう。ティナ達と同じ神話などに登場する天使のような衣服を纏った女性が居た。目鼻立ちも地球人としてはあり得ないほど整っていて、アード人には美男美女しか居ないようだと再認識させられる。ただ、彼女は他と違い大きな白衣のようなローブを羽織っていて翼が見えない。
とは言え、その顔にはどこかあの少女の面影がある。となると、彼女が……。
「昨日はお祭り騒ぎでゆっくりとお話することも出来なかったわね。
改めて、ティナの母親であるティアンナよ。いつも娘達がお世話になっているわね」
「異星人対策室のジョン=ケラーです。お世話になっているのはこちらですよ。特にティナ……娘さんには、私の娘を救って貰った恩があります。
いや、恩と言う意味では、彼女は地球人全ての恩人です」
フロンティア彗星来襲時、もしティナが居なければ地球は滅亡していただろうからね。
私達が円滑にコミュニケーションを取れている理由は単純なものだ。ティナもそうだが、アード人達は皆金のブレスレットを着けている。装飾品の類いかと思っていたが、どうやら高性能AIを搭載した簡易デバイスのようだ。今更地球のものとスペックを比べる必要はないだろう。今もタイムラグ無しで瞬時に翻訳している。地球にもあるがタイムラグは存在するし、機械音声だ。だが、アードの翻訳は本人の声にそっくりだから驚かされる。
「そう……貴方が“ジョンさん”なのね。いつもティナが話しているのよ。貴方と最初に出会えたことが、最高の幸運だって。
あの娘は貴方の事をとても信頼しているみたいだし、こうして使節団を率いているのだからとても優秀なのでしょうね」
「過分な評価を頂いていますが、どうか賛辞の言葉はティナへ送ってあげてください。彼女は危険を省みず、我々地球のために様々なことをしてくれました。情けない話ですが、彼女が居なければ地球は滅んでいたでしょう。
にもかかわらず、私達は充分な恩返しをするどころか、彼女を何度も危険に晒してしまいました」
合衆国内外にも、ティナが勝手に行動するから彼女の自業自得であるとする論調もある。だが、彼女を地球へ招いたのは我々地球人だ。嫌ならファーストコンタクトの際に断る機会は幾らでもあったのだ。
それに、私も彼女を歓迎した一人であり異星人対策室の室長。彼女が遭遇した事件の責任は私にある。それを忘れるつもりはない。ティナが怪我をしたり危機に直面する度に、自らの無力さに苛まれる。
「……聞いていた通り、貴方は誠実な人みたいね?ケラーさん」
そう口にしたティアンナ女史の表情は、他者を慈しむ時のティナにそっくりだった。やはり母娘なのだ、良く似ている。
「娘達がお世話になっていること、そして聞いていた通り貴方が誠実な人間だったこと。私は母としてお礼をしたいのだけれど」
「お気持ちだけで充分です」
「それでは、私の気が収まらないのよ。かといって、貴方には物欲があるように見えないし……よし、決めたわ」
「ティアンナ女史?」
なんだろう、私の中で警報が鳴り響いているぞ。何故なら、今のティアンナ女史の表情は良かれと思って盛大にやらかしてしまうティナと同じだからだ。
だが、考える時間は無かった。彼女は私の手を取り、次の瞬間には不思議な浮遊感を感じた。フェルに連れられて何度か体験した転移魔法だと気付いた時には、景色が変わっていた。
木々の生い茂った森、そして広大な花畑。どれも地球に存在しない植物ばかりだが、不思議なことにこれらを美しいと感じることが出来た。
そしてその庭園に佇む一人の女性。ティナと同じ銀の髪を腰まで伸ばし、美しい二対の翼を持つアード人の特徴とは異なる女性は、私の存在に少し驚いたように目を開き、そして慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「初めまして、地球の方。私はセレスティナ、アードの女王です」
……ファッ!?
パトラウス
「謁見はベール越しにして、女王陛下の威厳を高めよう。アード人でも滅多にお姿を拝謁できないしな」
ティアンナ
「ティナがお世話になってる地球人を姉様に会わせたわ」
パトラウス&ジョンさん
「ファッ!?」
ジョンさん、初めて直接セレスティナ女王にあった地球人の称号を獲得。
パトラウス、準備が無駄になった。泣いて良い。




