ジョンさんの夢
ちょっと勤務が落ち着くまで不定期になります。人が、居ない……
使節団長のジョン=ケラーだ。昨晩はSF作品さながらの部屋でゆっくりと休むことができた。部屋については無機質だが、最大限要望に応じてくれるとの事だった。まあ、私はベッドとデスクがあれば特に要望はないのだが、カレンは今から楽しみにしている。
いや、あの娘の性格を考えればティナ達の部屋に入り浸るのは目にみえているな。迷惑にならなければ良いのだが。
今日は昨日出来なかった艦内の案内をしてくれた。最初に案内されたのは広大な格納庫だ。広い空間には様々な機材が置かれ、そこでティナの愛機であるギャラクシー号が翼を休めている。更に部屋の隅には、地球からの交易品を詰め込んだトランクが大量に安置されている。この区画は無重力のようで、人生初めての宇宙遊泳を存分に楽しんだが。
「カレン、少しは気を付けなさい。スカートの中身が見えてしまうよ」
「はーい」
ふわふわと楽しむのは良いが、ちょっと危うかったので注意する。
うちのお転婆娘は自分がスカートであることを忘れている傾向がある。華の十代半ばなのだ。少しは気を付けて貰いたいものだが、この手の注意を聞き入れてくれたことはない。優しく好奇心旺盛な娘なのだが、少し無頓着な面がある。妻に似たのだろうな。
とは言え、私達が利用するのは各部屋と広い談話室くらいだろうか。少なくとも快適に過ごせそうであることは間違いない。改めて彼女達に感謝しないとな。
「ジョンさん!次は私のお気に入りの場所を紹介しますね!」
「ほう、それは楽しみだね」
ティナに案内されて訪れた部屋は、いくつかの椅子が置かれただけの薄暗く広い部屋だ。だが、それを抜きにしても。
「わぉ!」
「これは……」
「ほほう、これは見事な。良いセンスですな」
他の三人が感嘆する。そして私は言葉を失ってしまった。何故なら、壁一面に広がる青い星、我らが故郷である地球と周囲に広がる星の海に圧倒されてしまったからだ。
資料としては知っていたが、本物はやはり格別だと言うことだろう。地球は青かったとはガガーリンの言葉だが、彼の気持ちが少しだけ分かったような気がする。この母なる地球を見れば、それ以外に言葉が見付からない。
私は、この景色を見たくてNASAに、そして統合宇宙開発局へ入ったのだ。幼い頃からの夢が、いまこの瞬間に叶った。自然と目頭が熱くなる。いかんな、歳を取ると涙脆くなってしまう。
「大丈夫ですか?ジョンさん」
心配そうに見上げてくる少女を見て、私は意識して笑顔を浮かべた。
「ああ、大丈夫だよ。子供の頃からの夢が叶ったからね。ちょっと感動してしまったんだ」
するとティナは探るように私の目を覗いてきた。
「夢は、地球を見るだけで叶っちゃったんですか?」
ティナの言葉に私は衝撃を受けた。そうだ、地球を見るのは確かに夢だったが、幼い頃に思い描いたのは、もっと壮大な夢だ。それこそ夢物語と笑われてしまうような、ね。
「いや……この広大な星の海を存分に冒険してみたい。それが小さな頃からの夢だった」
私の答えを聴いて、ティナは笑顔を浮かべて私の手を取った。
「それなら、まだまだスタートラインですよ?これから一緒にジョンさんの夢を叶えさせてください!」
嗚呼、本当にこの娘は……ファーストコンタクトを果たしたのが彼女で本当に良かった。
「ああ……もちろんだ。ありがとう、ティナ。君にはいつも救われるばかりだよ」
励もう。この誰よりも優しく、それ故に無茶をしてしまうこの少女と一緒により良い未来を掴むために。この娘の笑顔が曇ることがない未来は、きっとアード、地球双方にとって幸せなことなのだから。
展望室で地球を満喫していると、ゆっくりと地球が遠ざかっていく。どうやら出発したみたいで、プラネット号も一緒に付いてくるのが見えた。
「アリア、各惑星を経由してゲートへ向かうよ。観測データはいつものように統合宇宙開発局へ送ってね」
『畏まりました』
「統合宇宙開発局の連中、また胃薬を愛飲することになりそうですな?」
「まあ、彼らにとっても嬉しい悲鳴だろう」
時折ティナ達が送ってくる太陽系内の観測データは、これまでの研究を裏付けるものから定説を覆すもの、更に予想外の事象まで多岐に渡る。送られてくる統合宇宙開発局の皆は、そのデータに狂喜乱舞しつつ一喜一憂すると言う器用な状態となり胃薬を手離せなくなっている。
……ティナが来てから胃薬の売り上げが各国で急増したと製薬会社に勤める友人が漏らしていたが、無関係だと信じたいものだ。彼女は頑張っているだけなのだから。
それから我々は数時間かけて、壮大な天体ショーを間近で鑑賞することになった。火星から海王星まで順番に近くを通過するだけだったが何れも圧巻だった。特に土星の有名な輪、雄大な木星の威容には終始圧倒されてしまった。
天体マニアらしいミスター朝霧も興奮していたし、私も満足だ。カレンもティナ達とお喋りを楽しんでいる。ジャッキー?彼は邪魔にならない部屋の隅で筋トレをしていたよ。ふむ、次はスクワットか。
そして海王星を通り過ぎた後、少し加速したようで星が流れるように進む。暫くすると巨大な三角形の建造物が見えてきた。太陽系外縁部にこんなにも巨大な構造物があったなんて知らなかった。
「これがゲートです。ジョンさん達に分かりやすく言えば、ワームホールみたいなものです」
「お父さん、ワームホールってなに?」
「そうだな、大雑把な言い方をすればトンネルみたいなものだよ」
宇宙は広大だ。地球では最速とされている光速でさえ、天の川銀河を渡るのに十万年以上かかる。お隣のアンドロメダ銀河に至っては、二百五十万光年は掛かるからな。
この広大な宇宙を旅する際に、ワームホールは有効な手段と言える。
しかし。
「ここにゲートがあると言うことは、アード人が来たことがあるのかな?」
「ちょっと違うよ☆ゲートには色んな種類があるけど、このゲートは探索型で、資源や生命の可能性がある星を探して銀河を渡り歩いているんだよ☆」
「ほほう、それは興味深いお話ですな?同志」
なるほど、それは確かに合理的だ。
『ゲートオープン、目的地はアード星系に設定』
「さあ帰るよ!ゲート突入!」
いよいよ銀河の果てを目指した旅が始まる。アード、地球双方のために尽力せねばな。




