【第33話】ユイ、シャバの空気を吸う
「お・・・終わったんだ・・・」
私は今、あの石造りの遺跡の町にいた。
「ふう・・・終わったぁ・・・」
長い長い精神と肉体の拘束から解き放たれて、私は精神的な疲労から膝をついた。
そしてあの不思議な空間に転移をしたあの台座に背中を預ける。
「クルル・・・」
優しく控えめな唸り声に顔を上げると、犬、もとい狼の聖獣がこちらを見ていた。
「聖獣さん、表まで見送りに来てくれたんだね」
私は立ち上がり聖獣の頭やからだをもふりと撫でる。
「お世話になりました」
「クルル・・・」
「ふふ。最初は犬と勘違いして悪かったわね」
しばらくすると聖獣は満足したのか、立ち上がり、すっと溶けるように消えていった。
「そっけない・・・さて」
私は周りを見回す。
あの日たどり着いた石造りの遺跡の街だ。
前回と違うのは、狼の聖獣がいなくなり、
小麦色の肌をした男達が私を取り囲んで頭を垂れている事くらいだ。
何となく、やることは分かっている。
「∮∽£∂」
1人の男の前に立つと、男は頭を垂れたままそう口にした。
「祝福を貴方に授けます」
私は右手を男の頭にかざしそう唱える。
私のからだと男の体が光った。
次にとなりの男の前に立つ。
「∮、∽£∂」
「祝福を貴方に授けます」
男は緊張しているのか、言葉に詰まりながらも約束の言葉を言い切った。
同じようにその場にいた12人の男達に1人づつ祝福を掛けてやると、
男達は厳かそうにしながら去っていった。
「ふう、もう1年、経っているんだよね・・・」
台座の上に置かれた果物を腕輪に収納し、そのまま台に腰かける。
この台は私の腰ほどの高さがあるので、よっこらしょっと言ってしまった。
「ふー」
この1年、あの謎の場所で試練をクリアして沢山のスキルや装備を手に入れた。
スキルはあまり役に立たなそうなものから、これぞ聖女!というようなものまであった。
これなら私も冒険者のパーティーで活躍できるなと思ったほどだ。
むしろ、ソロも余裕だろう。
先輩聖女の中には、早いうちに壁にぶつかりそれ以降は期間が過ぎるまで
ゆっくりするのが通例があるらしいが、私は時間が足りない方だった。
もう1年、いや半年あればもう少し行けたと思う。少し悔しい。
しかしそれを含めてそれが私の適正という事だろうとも思った。
でも、それでも私は歴代なん番目という好成績だったのを覚えている。
残念ながら、このなん番目の数字がもう分からなくなったのだけど。
そのうちこの歴代、という話すら忘れるのだろう。
「そんなことより、完全に解放されたな」
台の上で小さくみじろぐも、あのおかしな違和感は感じられない。
最初の頃は頻繁に体を乗っ取られたり、考え方や精神状態をいじられたりした。
それもある程度なれてきた頃には頻度は減っていたが・・・。
「どちらにしろ、あんなスパルタ、聞いたこと無いわ」
地下では時間が足りなかったといいつつ、気分転換は必要だったので色々と歩いて見て回った。
少し遠くまで出た時にあったほこらが寺院みたいなかなり立派なものだったので、
最後の方で訪れるべき試練だったのかもしれないが、
試しにと入り口に手を置いて中を覗いてみたら精神が壊れてしまった。
ほこらから弾き出されて、すぐに精神が修復されたので事なきを得たけど、
どうひっくり返っても解けない確信がある、そんな内容だった。
人類には無理だとも、思い知らされた。
しばらく呆然として、脳みそが導き出したのは、もしかしたらこの世界の聖女は、
何かのゲームやアニメのように変身するスキルを手に入れられて、それに変身することでと全て解決できるのかも。
という自分でも良く分からないものだった。
(あの訳の分からない妄想も、もしかしたらあのシステムが用意したイメージだったのかな)
次に自分がクリアした試練について考えてみる。
うん、どんな内容だったか思い出せない。
半分くらいは日本での知識がなければ、想定されている前提すら理解できなかった、そんな内容だった。
(ああ、そうか・・・)
地上に戻って男達に祝福をした後から、地下であった出来事の記憶がどんどん朧気になっている。
そしてそれはすごい勢いで・・・あんなに詰め込まれたいろんな知識が消えていく。
バカになってしまうのではないかという勢いで・・・今完全に忘れた。
それはまるで睡眠から覚めて、見た夢を忘れてしまうあの感覚に似ていた。
そしてそれとは逆に、こちら、外の世界の記憶がはっきりしてきた。
「そうだ私、街であの男達に捕らえられて、馬車で移動中に争いが起きて、その隙に逃げたんだったわ」
一年経過したけど、もうほとぼりは冷めたかしら。
聖女スキルを手に入れた今なら、あの男達が100人いても100万人いても平気ではあるんだけどね。
「ん? もう帰ったの?」
唐突に、私に見きりをつけ、もう自国へ引き上げた様子が一瞬見えた。
これはスキルの超直感だ。
これ、毎回発動してくれる訳でなく、気まぐれに発動するクセのある聖女スキルだ。
「まあ、それなら遠慮なく帰りますか」
職場のみんなは元気かな。
1年も無断欠勤したからクビになっていたりして・・・。
「まあその時はその時か」
この時点でこの場所にいながら、私はこの遺跡のことを意識できなくなっていた。
少し具体的にいえば、この街に関する事について、一秒たりとも記憶に残すことが出来なくなっていたし、興味も0にされていた。
ここを去った後、この遺跡の位置はもちろん、存在そのものを忘れ、二度と思い出すことはなかった。




