【第31話】聖女の里(2)
(あれ?)
気付くといつの間にか風景が変わっており、大きな犬は山の斜面に生えている木を楽しそうに避けながら歩いていた。
(これは)
歩調と風景の流れる速さが合っていない。
大きな犬は歩いているように見えて、攫われた時に乗せられた駆け足の馬車の何倍も速く風景が動いている。
なんとシュールなことか。
とはいえ。
「ね、ねえ、休憩にしない?」
背中をポンポンとたたきながら話し掛けてみる。
ただ背中に座っているだけとは言っても、疲れるし、少しお腹もすいたし、お尻も痛いのだ。
犬はキョロキョロとした後にちょうど良いスペースで足を止め、ゆっくりと伏せてくれた。
「う~~ん」
私はそっと地面に降り、体を伸ばした。
地面は冷たかったけど日差しが柔らかい。
近くから小鳥のなく声も聞こえる。のどかだ。
私は靴下と靴をはいた。
「頂きます」
一通り体を伸ばし終わったら、腹ごしらえだ。
私は腕輪よりクッキーを取り出しかじった。
2口目をかじり、咀嚼していると、犬に見られていることに気付いた。
こんな巨大な体ではなんの足しにもなりそうになかったが、
腕輪より新しいクッキーを1枚取り出し差し出してみる。
「ほい。食べる?」
犬の口元にクッキーを持っていくも、犬はその匂いを嗅ぐこともせずに目を閉じた。
(そんな気はしてた)
ただ私を見ていただけだよね。
その後も何度も休憩をはさんで貰いながら進む。
夜になり私がうとうとし始めたら大きな犬は安全な場所を探して立ち止まり、
私を降ろした後に体を丸めてふかふかのベッドになってくれた。
こんなに大きな体をしているなら、
ちょっとしたモンスターなら平気で倒してしまうんだろうなという安心感と、
犬のベッドの中にスポリとハマると暖かくてすぐに眠ってしまった。
私は大きな犬がしっぽでゴブリンを倒している夢を見た。
ちなみにこの時、犬に乗っかってどこかへ連れていかれていることに
不思議と不安や疑問は沸かなかった。
次の日も同じように移動して、その次の日。
(おや)
気付くと石造りの町の中を歩いていた。
今まで森や平原しか通らなかったのに、ここに来て始めての人工物のコースだ。
(なにこれ、すごい・・・)
しかし人気はなく、石造りの町はまるで遺跡のようだった。
(というより、遺跡、遺産なんだろうな)
更に進むに連れ、意識がはっきりとして来た。
ここで、今まで夢見心地だったことに気付く。
体の節々(ふしぶし)が思い出したかのように痛みを訴え始めた。
(横になりたいわ)
キョロキョロと周りを見回すと、どうやらここは山の上で、
隣に見える幾つかの巨大な山を見るに、ここもなかなか高い山だなと思えた。
ここまで来ると犬の背に乗っている自分に違和感を感じて降ろしてもらいたくなるが、
いくら犬の背中を叩いても取り合ってくれない。
生きているのかわからない、ただ1つの目的のためだけに動いている機械のように感じて寒気を感じた。
この高さから飛び降りる気にもなれず、仕方なくおとなしく町のなかを進んでいく。
(そういえば今は歩調と景色の動く速度が一緒だ)
場所が場所だけに終点は近いなと感じた。
そしてその予想通り、犬は円形状の石造りの広場の前で足を止め、私が降りられるよう伏せた。




