【第28話】ユイ、さらわれる(3)
ぐいぐい、ぐいー。
(びくともしない・・・)
大きな音を立てないように馬車のドアを開けようとするが、やはり閂のせいでドアはびくともしなかった。
男たちが出払っている、こんなチャンスもう訪れない。
これが最初で最後のチャンスだと思い、次第に不安と焦りが募る。
(他になにか・・・)
次に目に止まったのは窓ガラスだ。
ガラスは音が出るからと思ったが、戦闘中の今なら気づかれずに割って外に出られるかもしれない。
さっそくガラスの厚みをはかるために手で触って押してみる。
ぐいぐい。
(んん? これは)
手で押した感じ、硬質なガラスというよりはアクリル板のような弾力がある。
そのため簡単には割れそうにはなかった。
しかしグイグイと感触を確かめていると・・・
(え、これ、外れる?)
感覚的に、この窓はただはめ込まれたものであり、
おそらく外から押される分には耐えられるけど、
内側からは作り的に、意外と簡単に外せそう、と感じた。
(あっ!)
窓を隅々まで観察していると、上部に窓ガラスを固定するために
外からは隠れた位置に木片がはめ込まれているのを見つけた。
木片は3つあった。
一気にテンションが上がった私は、全握力を総動員させて外していく。
(うお~急げ~)
そのまま下に引き抜くのは無理だったので、左右に何度もずらしながら引き抜く。
ガコッ
(取れたっ! マジか! これは行けるぞ!)
ガコッ、ガコッ
無事に3つの木片を外し終わると、本格的に隙間が出来た。
手で押すとガタガタと音を立てる。
このままだと、まだ指さえ通らないが、進歩だ。
(よしよし、あとはこの窓を外すだけ・・・)
ユイはほくそ笑みながら窓に手を掛けた。
気分は女スパイだ。
しかしこんな鍛えていないひ弱な女スパイはなかなか居ないだろう。
(うぬぬ)
力がかかる感触から、どうやら窓は上に持ち上げれば外れるようだ。
しかし力が足りないようで、窓は1センチ前後を上げるのが精一杯だ。
この窓ガラス、かなり重い。
「はあ・・・はあ・・・無理だ」
それもそのはず、窓ガラスは耐久性を上げるために分厚くなっており、成人男性がギリギリ1人で持てるかどうか、といったモノだったのだ。
それに手のひらをあて、摩擦の力で持ち上げる必要があるし、コツもいる。
しかしそれは持ち上げようとした場合の話だ。
(・・・この弾力でしょ?もしかしたら・・・)
窓ガラスの上部に狙いを定め、渾身の力をかけて手で押すと!
バコン!
窓ガラスは割れることなく外側に外れ落ちた。
(え?)
実はこの窓、ユイは知らなかったが、この馬車の緊急脱出口だったのだ。
他にも、この馬車ではないが、床下だったり、天井に、中からしか開かないタイプの脱出口がある。
これは閂があるタイプの馬車にセットで付いていることが多い。
というのは、強盗に襲われたさいに、持ち主が閉じ込められた時を想定してのことだ。
(っ!)
落ちそうとまではいかなかったが、上半身が窓の外に出たので慌てて体を中に引き戻す。
一瞬、男がこちらに振り向いた気がしたが、そっと前方に付いている窓からカーテンを少しだけめくり確認してみると、戦いを継続していた。
男達の様子に問題ないことを確認し、次は外したばかりの窓から外をみる。
窓ガラスは地面に落ちても割れなかったので、大きな音が出ずに気付かれなかったようだ。
(飛び降りるにはちょっと、高いかも)
窓は地面から少し高い位置にあったので、用心してそこからは出ずに、体を乗り出して閂を外しにかかる。
(よいしょ、よいしょ)
閂は少し重かったけど、滑りがよく簡単に外せた。
ちなみにこの外した窓から閂を外すというのも最初から計算されて作られているため、簡単に引き抜けるようになっていた。
そっとドアを開け外に出てドアを静かに閉め、身を屈める。
男達は相変わらず戦っており、こちらには背中を向けたままだ。
(よし・・・)
私は身を屈めたまま、踊る心を押さえつけながら、先程見た洞窟を目指し移動を始めた。




