【第22話】祝半年、嵐の前の静けさ
この宿に来てから半年が経った。
私はまだこの宿にいた。
半年経ってもみんなは変わらずやさしいし、必要とされているのを感じる。
アミさん、アユさんの2人もこの半年で2回、仕事の関係で泊まりに来た。
二人は冒険者なのでモンスター討伐、素材の納品を行っている。
そのうち一度は私が2人の実家に遊びに行く約束をした。
でも今からは海が荒れ出す時期なので、落ち着く頃に声をかけてくれる事になっている。
興奮したアミさんがすぐにオーナーにお休みの話を付けてくれた。
かわいかった。
もう1人のパーティーメンバーの男性アクセスさんも、ずっと最上階の角の部屋に滞在しているが、
顔を会わせるのは彼が図書館に行くときに運が良ければ見る位だ。
アクセスさんはお金があるので、身の回りの事を全部宿屋でやって貰い怠惰に過ごしている。
本を読む以外にも、時々短めの小説のようなものを書いているそうだ。
スローライフ堪能してんなぁ。いいね。
とこれが今の自分の評価だ。
それ以外だと、オーナーに、ハインの関係が気になり聞いてみたが、とても恩のある常連客とだけ言われた。
そのハインといえば、宿に来る頻度は月に2度と減って、落ち着いたかと思いきや、
回数を減らすかわりとお菓子を多めに持ってきてくれるし、2回に1回はお茶会は早々に終らせ食事や買い物に連れ出されるようになった。
これはデートなのか?
と考えることもあるが、それ以上の事はないし、夕方には宿に送られてくる。
いろいろと感触を確かめる様子も見られるので、デートの練習台にされている気もする。
でも、前回食事に行ったときに、一瞬だけ私の指輪を凝視している姿を見た気がした。
しかしそれも瞬きしたら視線が自分のお皿に戻っていたので確証が持てない。
この指輪はこの国では男性除けを意味する指輪だ。
今は男に興味ありません、ほかを当たってくださいということだ。
宿についてから、その意味に気付いたが、ここは私が空気を読んで外すべきなんだろうか。
でももしこれが私の勘違いだったら、私が大火傷なんだけどね・・・。
ちなみにオーナーはハインのことを常連と言ったが、その割りにはハインがここに泊まったことはない。
それは常連客ではないのでは?
それとなく聞いてみると、やはりこの街に住む場所があるらしい。
なのであのパーティーの中で真の常連と呼べるのは、ここに滞在し続けているアクセスさんと、
半年で2回も泊まりに来たアミさん、アユさんの3人だけだろう。
何か隠されている気がするなあとオーナーを問いただそうとしてみたが笑われ、
悪いことでは無いからと、堂々と秘密宣言されてしまった。
(・・・まあいいや)
ランプの壊れるタイミングも判明した。
聞き取りをもとに確認をしたところ、故障の9割ほどが夕方の一斉にランプが点灯するタイミングで起きており、壊れやすいエリアも特定された。
更にそこのランプ故障を放置すると、別のエリアのランプが壊れる事も分かった為、気を付けるようにしている。
夕方に巡回する事を申し出たけどお客さんのいるエリアなので毎日ウロウロするのは・・・と言うことで却下となった。
仕事をしていますという顔でランプをチェックして回るのが変ですか?
そんなことで気分を害するなんてことあります?
と食い下がってみたところ、少し観念したようにオーナーは口を開いた。
「部屋に、引き込まれてしまう可能性があるんです。ユイさんのように若い娘は特に」との事。
「えっ!・・・そうだったんですね」
宿屋なので色んな人が来る。
そういう悪い人が来ないとも限らないとの事。
表情からして、この宿ではなさそうだけど、そういう事例があるようだ。
「最初からちゃんと説明すれば良かったですね」
「う~ん、まあその方が私はいいかもです。いろいろ常識も無いので・・・」
「はは、分かりました」
ちなみにランプの故障は毎日起こるわけではない。
複数の要因がありそうだけど、これ以上は私では分かりそうになかった。
やはり建物側と言うことで、オーナーには最終報告をした。
その報告を受け業者に事前調査をして貰ったところ、現在付いている魔力供給装置が
時間になったら一気にドーンと魔力が流れるタイプであることが分かり、
次はゆっくり段階的に圧が上がっていく最新のタイプにすることが決まっている。
私からすると魔道具をいじる機会が減るのと、
ひとつ直すとボーナスが出ていたのが無くなるが、
ゆっくりできる時間が増えると言うことで、よしとすることにした。
実はいつも同じものしか修理していなかったので、
ちょっと飽きてきていたのだ。
そんな感じで色々と進捗があったり、充実した日々を送っている。
でもその一方で、ほんの少しの物足りなさも感じている。
それは漠然としたもので、何となく、今歩んでいるこの生活の先には無いものだなと感じている。




