【第21話】勇者が来た2
「ユイさんはそう言えば、鑑定は受けられたのですか?」
「え? ああ、実はまだです。
いいタイミングが来なくて・・・」
自分の話が終わったので、油断していたらまた私のことに関する話が始まった。
ちなみにこの「いいタイミングが来なくて」は、もはや言い尽くしたセリフだった。
そんな私にハインとオーナーは苦笑した。
「前にも話したとおり、どうしても行く気が起きなくて。
もはやどうでも良くなってしまっていて」
この話はこの二人以外ともしており、
総じて早いうちに受けておいでと言われるが、それ以上に急かす人はいない。
そこそこの金額を渡す必要があるのと、この街では教会が街の中心から見て反対側にあるのと、スキルがなくてもしっかりやれているからだ。
自分の事なのに、どうしても行く気になれず、話が終わると大体3秒で忘れた。
一人の時に思い出すこともあったが、ここまで来たら・・・という気持ちが腰を更に重くした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ハインとのお茶会から数日後。
「おい、何でお前がここに居るんだ!」
お昼の食堂で給仕をしていると、通りすぎたばかりの後ろのテーブルから、
割りと大きめの声で罵声を浴びた。
ビックリして振り向くと、とてもキツイ顔つきをした元婚約者(笑)が席に着いていた。
(なんでこんなところに!?)
「しつこい!」とか「こんなところまで追いかけてきてあさましい」とか
「そうやって顔をチラチラ見せれば何とかなると思っているのか」とか
「俺とお前では全く釣り合わないのがわからないのか」とか。
完全に頭に血が登っているようで、食堂の中だというのに、声はどんどん大きくなって手がつけられない。
(こりゃあ最近、ずっとうまくいってないんだろうな・・・)
驚きのあまり逆に冷静になった私はそう思った。
元相方のこんなにも怒り狂った姿は初めて見た。
中身が入れ替わったのではないかと思うほどの変化に、かわいそうにも思えた。
村の外に出てから、彼はストレスをどこにも吐き出すことが出来なかったのかもしれない。
そして私を見た瞬間に、色んな想いが爆発したのだろう。
同席している青年2人とピンクの髪色をした少女もあまりの剣幕に驚いたりぽかんとしている。
そろそろ周りからの目も痛い。
依然として彼は最大音量でまくし立ててくるのだ。
とてもうるさい。
同席しているこの3人の誰かが止めてくれたら一番良いんだけど、
お互い顔を見合わせたりするだけで動いてくれなさそうだ。
「おい、何か言え!」
そして当の本人は相変わらず激怒している。
どう納めようかと焦り始めたところにフロントの男性がすっと間に入ってくれた。
「変わるね」
「すいません」
「ユイさんは悪くないよね。さあオーナーの所へ」
「ありがとう」
「に、逃げるのか!
納得の行く説明をしろ!」
私は彼の言葉を無視して従業員以外立入禁止の通路に飛び込んだ。
その通路への入り口をスッとカリンさんが自分の体でふさいだ。
後ろからは「あんたたちも仲間なら仲間の暴挙を止めるべきじゃないのか?!」と頼もしい声が聞こえた。
そうだそうだー!
私が急いでオーナーの部屋へ移動しようとしていると、またもやおかしな声が聞こえた。
<ツナガリハキレタノニ、シュウチャクシンダケ、ノコッタカ>
(また何か言ってるな、アドバイスするつもりがあるなら、ちゃんと分かる言語でしゃべってよね!)
私はもにょもにょと聞き取れない言葉に対し悪態をついた。
コンコン、ガチャリ。
「ユイさんですか? どうされましたか?」
驚いた様子のオーナーを見て、返事の前にドアを開けてしまったことに気づく。
思っているよりかなりテンパっているようだ。
「き、来ました・・・!」
「な、何がですか?」
「例の、元婚約者です」
「・・・なんと」
今起きている事を説明すると、
オーナーは絶対ここを出ないよう私に約束させてから出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
コンコン。
「私です、入りますよ」
「あ、はい」
ガチャリ。
「ふぅ・・・」
「あ、オーナーご迷惑をおかけしました」
「いえいえ」
疲れた顔でオーナーは手を横に振る。
「さて、気になるでしょうし、先にお話をしましょうか」
「はい、お願いします」
オーナーと私はソファーに向かい合って座った。
オーナーの話を聞いたところ、元婚約者は私の姿が見えなくなってからすぐに我に返ったようだ。
オーナーが食堂に着いた時にはずっと平謝りの状態だったらしい。
「色々と話をしたんですが、結局しばらくの間、この宿に滞在することになってしまいました」
「そうなんですか」
・食堂に顔を出さない。
・なるべく部屋をでない。
・外に用事があるときは足早に出る。
などの条件が付いて、とのこと。
どうしてそこまでしてこの宿にこだわるのかは答えず、とにかく追い出さないでほしいと頼み込まれた。
「もしかしたらユイさんに接触したいという思惑があるのかもしれない」
「ええ? 何でですか?」
というのは、宿を出るよう伝えたあたりで、あの少女がこんな終わりかたはお互いのために良くないと言ったそうだ。
それでも一応宿を移ってほしいと伝えたが、これ以上は問題を起こさないからと食い下がられた。
こんな客を他の宿に追い出して、その宿に迷惑が掛かった時に何を言われるかとも思い、それ以上強く言えなかったようだ。
と言うことで、この滞在が終わるまでは私は裏方の仕事に回ることになった。
押しきられた後に、これでは従業員を守れなかったことに気づいて反省したとのことで給料も満額出すとの事。
コチラのトラブルなのでと言い掛けたが疲れた様子で手で制された。
「本当に申し訳ない」
「そんな、気にしないでください、オーナー、助けてくれてありがとうございました。助かりました、うれしかったです」
しかし裏でやることがなかったから表に出ていたのだ。
そのまま自分の部屋に戻ったけど色々と気になって本を読むことさえ出来ず、ボーッとしていたが、しばらくして、
「あの人達が居なくなったら、その分頑張ろう」
そう呟いて気持ちを取り戻した。
「よーし」
コンコン
「あ、はい!」
「ユイ、俺だ」
「ハイン? どうぞ」
相手がハインと分かりドアを開ける。
部屋の前で固まるハイン。
「なに?・・・って中はマズイのかな?」
「ああ、話はここで」
「うん」
ハインは中には入らず入り口で話をするようだ。紳士。
「ユイ、遅くなってすまない。大丈夫だったか?」
「遅いなんてそんな。
大丈夫だったよ。オーナーやみんなが助けてくれたから」
「そうか」
「ありがとう」
「いや。いろいろ言われたそうで、心配した」
「ふふ、ありがと。平気。
いろいろ言われた気もするけど、もう忘れたわ」
「そうか。
・・・実はな、アイツと話をしてきたんだ」
「え?」
そんな話、部屋の前で立ち話ですることじゃないけど、
中に入って貰うべきかと考える前にハインは続けた。
「この国に来た理由だが、教会の指導者から、
うちの国固有のモンスターとの経験を積むように言われての事らしい」
「ああ、そうなんですか」
「ああ。
それとこっちはあまり期待はされてないようだけど、
聖女関連で何か情報があればしっかり集めてくるようにも言われているらしい」
「ええ? よくそこまで喋りましたね」
「まあ極秘の任務と言うわけではないからな。どちらも」
「なるほど。
そういえば聖女さん、まだ見付かってないんですね」
「そうだな」
「ふうん。あの女の子が聖女って訳でもないんですね」
「あれはただのヒーラーだろう」
聖女についてはもともと全く生活に関わりがなかった。
その程度の感想しか浮かばなかった。
「それでな、村の人には言わないという約束をして来た」
ハインはちょっとどや顔でそう言った。
イケメンが台無し・・・でもないかな?
「え?本当ですか?」
「ああ。
もし話をした場合、なぜ連れ帰らなかったのかとか、見付かったことにより、
ほぼ立ち消えそうになっていた婚約話が振り返す可能性がある事を伝えたら、
それもそうだなと首を縦に振ったんだ。
あいつはもうユイには未練はなさそうだったが?」
「はぁ・・・そうですか。まあ私も気持ちはもう無いですよ。お手数掛けました」
「いいんだ。親が決めたことだったんだろ?」
「はい。お互い好きとか無かったと思います」
「・・・そうか。
まあ何かあればオーナーか、俺に言ってくれ。力になる」
「ありがとうございます」
何気ない感じでハインはそう言ったが、それがとてもうれしく感じたので笑顔でお礼を言った。




