【第18話】採用してくださ~い(1)
「ユイさん、来ましたか」
「失礼します」
「どうぞお掛けになって、
ああ、アユさんとアミさんもどうぞ」
「どうも、宜しくお願いします」
そう言ってオーナーにギルドから渡された紙を渡す。
「・・・ええ、確かに。では」
オーナーが顔を上げた。
「はい」
さあこれから面接が始まる。
意を決して姿勢を正す。
私は志望動機など、何も考えていなかったことを思い出した。
うかつ・・・。
「ではユイさん、これから末永くよろしくお願いします」
手を出されたので握り返し、あくしゅする。
「・・え? それは本採用という事ですか?」
「はい、もしユイさんがよければ。
ここで働いてもらえませんか?」
「仮採用ではなく?」
「はい、本採用です」
「えっ」
こんな身元も知れないような小娘をこんな高級宿が?
「ユイ、どうしたの?」
「早くありがとうって言えば?」
取り消されるよと焦った様子でアミさんが急かす。
そんな訳なかろうがと思いながらも一応乗ることにした。
「あ、ありがとうございます!
こちらこそ宜しくお願いします!」
私は浮かんだ疑問を全て飲み込み、オーナーへ深々と頭を下げた。
「ふふ、良かった。
これで彼との約束も守れそうだ」
「え?
あ、あの、もしよろしければ今のお話を聞きたいのですが」
オーナーははっきり声に出してそういった。
それならば聞いても平気なはずだ。
「ええ、もちろん。
まあまずはお茶をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
緊張している私の横でふたりといえば。
「ずずず・・・」
「こら、音を立てない」
「だって熱いんだもん」
「ふふふ。
実はそちらのお二人のパーティーリーダーのハインさんから、
ユイさんは大切な仲間なのでなにか困っていたら助けてやってほしいと頼まれていまして」
「ハインさんが・・・・そうだったんですね・・・」
「はい。
それだったら雇ってしまえば早いと、声をかけようとしていたら、
今朝ギルドの方からユイさんにこの宿を紹介しても良いかとの確認が入りまして。
渡りに船だと思いながら、ユイさんのエントリーシートを見ましたところ思った以上の逸材で驚きました。
必ずうちに来るように紹介してほしいとお願いしていたんです。
まあこのお願いは贔屓することになるから、聞けないと言われていたんですがね」
それにしては結構ギルドの人、この宿だけを私に押してたけどな。
「えと、私が逸材ですか?」
「ええ。今のこの宿に、カチリとはまるような人材です」
オーナーはにこやかに笑いながらそう答えてくれた。
このオーナーさんは、宿の従業員さん達に対しても丁寧な言葉を使っているところを見ており、いい雰囲気のとこだなと思っていた。
私は姿勢を正した。
「改めて宜しくお願いします、がんばります」
ほっと胸を撫で下ろしたところで疑問が生まれた。
いくら知り合いから頼まれたのだとしても、雇うか?
そう思いオーナーに目が行ったタイミングで、オーナーはちらりと壁際を見た。
釣られてそちらを見ると、いくつかのランプが壁際に並べられていたのが見えた。
「ユイさん、採用ですが、一応ウデマエも見せてほしいのです。今からよろしいですか?」
そう言いながらオーナーは立ち上がりひとつのランプを手に取り、そしてそれをテーブルの上にそっと置いた。
これはこの宿の廊下などで見かけた常夜灯のランプだ。
「分かりました」
そう言いってから私はテーブルに置かれたランプを手に取る。
(取りあえず開けてみて、ダメそうなら宿題にさせてもらおう)
そう考え、収納の腕輪よりツールセットを取り出す。
「ではさっそく」
そう言ってランプをひっくり返し、手際よくランプのフタを外しにかかった。
解錠具という名前のネジを外すドライバーのような役割をする棒を右手に持って、
微かに分かるようなマークの上に先端を当てて魔力を流すと、内部にある魔力ネジがパコっという音を立てて外れた。
手に伝わる感触としては、ネジが回るのではなく、強力な磁石から磁力がはじけて抜けて、ホロリととれてしまう感じだ。
ちなみにこの魔力ネジ自体も魔道具だ。
ただしこれは私やメロウさんのような修理屋さんでは修理出来ない。
前に見せてもらったが、繋ぎ目のないボタン電池ののような形をしていた。
簡単にたくさん作れるが、修理ができないものらしい。
どちらかといえば消耗品の扱いとなる。
(よし)
全てのネジが外れ、裏ブタが外れた。
「魔力の流し込みかたが優しいですね」とオーナー。
見てそれがわかるとは、もしやある程度は分かる人?
しかしそれならオーナーが自分で修理すればいいだけのはずだし違うか。
(っと、今は目の前のランプだ)
配線に無理な力が掛からないように気を付けながら中にある基盤をそっと引っ張り出し確認すると、
よくあるタイプの流通品だけで作られたランプだと分かり安堵した。
ツールセットより2本の先端が尖った14cmほどの棒をとりだし、両手に1本づつ持ち、回路を確認していく。
(・・・あ)
初歩的な確認を忘れていた。
それは本当に壊れているのかを確認するといものだ。
壊れていると持ってこられて、色々調べてみるも原因がわからずとりあえず部品を交換して引き渡したあと、
直っていないとまたお店に来られて、店のコンセントに指してみたら普通に動く。
お店総出で調べていくと、依頼人の家の特定のコンセント側の不具合だったことがったからだ。
供給魔力が少なくていい魔道具はその壊れたコンセントでも普通に動いた為、
分かりづらい事例だった、とメロウさんから教えて貰った。
人の目がなければ組み直してそれをやるのもアリだが、
今は3人の視線が私の手元に注がれてしまっているのでそれは出来ない。
仕方がなくこのまま確認を続ける。
最初からグダグダになりそう。
切り替えようと思い小さく深呼吸をした。
取りあえず基本的なところで断線していたり基盤から線が外れてしまっている所がないか確認していく。
スッスッと手早く回路に棒の先を当てていく。
この棒は回路に途切れがないかを感じることが出来る魔道具だ。
意識していないレベルで発されている、生きていたら常に体を薄く覆っている人間の魔力を利用している。
(お)
いくつかの確認したところで圧迫感がない、魔力が通らない所があった。
丁寧に辿っていくと、小さな黒い箱に行き当たった。
箱の2辺にある、丸い模様があるところを棒の先で軽く押しながら魔力を流すと、パカッパカッと小気味のよい音を立ててフタが開いた。
「あ、やっぱり」
中を見ると銀色の金属が微かに溶けて回路が途絶えている。
ここは回路上にあるチップを過剰な魔力供給から守るための部分で、
ある一定以上の魔力が通ろうとすると溶けて弾け、それ以上の魔力が通らなくなるブレーカーの役割をしている。
ツールセットより、小さな金属片が沢山入ったケースを取り出し、中身をぶちまけないようなそっと開ける。
メロウさんから習いたての頃、中身をぶちまけたのは秘密だ。
中には無数の小さな金属片が入っており、その中のひとつをフタの裏に置く。
それを棒の先でぐいぐいと押すと、つるりと溶けて棒の先に丸く集まった。
それを溶けて弾けているところの上でこりこりと優しく擦り付けてやると回路がするりと元のように真っ直ぐな線に戻りつながった。
試しにテスターで調べるとしっかりと繋がっていることが確認できた。
基盤を戻していき、カポリとフタをはめ込んでから魔力ネジを3つだけ閉め、壁の魔力コンセントに接続してスイッチを入れると、ランプは煌々(こうこう)と点灯した。
「「「おお!」」」
私はほっと胸を撫で下ろし、スイッチを切ってからひっくり返し、残っていた魔力ネジを全て閉める。
「どや顔やん」とアミさん。
「う、うまく行ったんだからいいでしょ!」
そういいながらニコニコが止まらない。
実はこれが初めての仕事だったりするのだ。
(・・・ん?)