02話.[違和感しかない]
「あ、またここにいる」
顔を上げてみたら知らない女子が立っていた。
彼女はそのまま横に座って「ここ好きなの?」と聞いてきた。
特に好きとか嫌いではないからたまたまだと言ってみたら、
「はは、またここで過ごしているのに好きじゃないんだ」
と、気持ちいいぐらいの勢いで笑っていた。
というか、彼女は一年生なのによく話しかけてきたものだと思う。
俺は別に敬語を使ってくれなくても構わないからこれでよかった。
「邪魔ならどこかに行くけど」
「いやいや、私はたまに来ているぐらいだから」
「そうなのか? じゃあゆっくりさせてもらうわ」
最近見つけた場所だからまだまだよさに気づけるのはこれからだ。
ゆっくりできればどこでもいいからこだわりというのも本当はあまりない。
それに他者が嫌がることを嬉々としてしたくないし、ここにいることで悪く言われるということなら自分から去ることを選ぶ。
「逃げたりしないんだ?」
「まあ……」
こういうタイプは昔の姉を思い出して少しだけ怖くなってくる。
他者に対してはいい人間でも俺相手には厳しく接してくる、みたいな感じで。
「真先輩からあんまり自信がない人だって聞いていたけどな」
「あ、真の友達だったのか」
「うん、やっている競技が同じだったから意外と接点はあったよ」
少し派手そうなところも結構影響して別の方を向くことしかできなかった。
大丈夫、勝手に飽きて離れてくれるから問題ない。
「ふーん、初めてこんな近くで見たけどなかなか整ってるね」
「真を見てからそれを言っているんだとしたらおかしいな」
「そう? って、やっぱり自信ないんだね」
……正直に言って苦手なタイプだった。
なので、俺にしては珍しくこの場から去るという行動を選択した。
追ってくることはなかったし、場所を変えればこれからも会うことはないだろう。
「あ、おかえり」
「おう……」
「あ、もしかして会った?」
「さあ? なんの話だか分からないな」
柚木の真似をして躱す。
そもそも家じゃなければどこでもいいんだから教室にいればいいのか。
教室には真もいるし、俺は賑やかな場所が嫌というわけではないから。
屋外でゆっくりするのはなにからも縛られない放課後だけにすればいい。
「真先輩」
「お、来てくれたんだ」
「はい、三原先輩が帰ってしまったので」
真には敬語を使うということは柚木と同じ感じなのかもしれない。
後輩としてはひとつ年上でしっかりしてて格好いい人間だから無理もないか。
俺なんか大きいだけでなんにも勝てるところがないから悲しくなってくる。
「でも、喋れたんでしょ? それならいいことだからね」
「そうですね、普通に喋ってくれました」
それは無視できるような人間ではないからだ。
そういうことは徹底して姉から叩き込まれているから不可能。
「あ、この子は岩佐莉菜って名前なんだ」
「よろしくお願いします」
「おう、よろしく」
なにか不安や不満があっても無難に終わらせろと言われているからそれを守っている。
まあそのおかげで特にトラブルには巻き込まれずに済んできたわけだから無駄ではなかったということだろう。
問題があるとすれば、真や柚木以外の人間からはやたらと怖がられるということだけ。
実はあの柚木からも怖がられていたから無理もないのかもしれないが。
「竜平先輩って呼ばせてもらっていいですか?」
「おう」
「私のことは――」
「岩佐って呼ばせてもらうから」
「はい、分かりました」
柚木みたいに変にこだわることをしなかった。
そりゃまあそうか、真に興味があるのにそこで粘る必要はない。
彼の前でそんなことをすれば勘違いされてしまうかもしれないわけだし。
少し派手だけど上手く考えて行動しているような気がした。
「竜平、どんな会話をしたの?」
「ん? あー、休んでいる場所が好きなのかどうかって話をしたな」
「竜平はランダムで休む場所を変えるから探すの大変なんだよね」
「岩佐はどうして分かったんだ――って、前から分かっていたのか」
「はい、私も教室以外で過ごすことが多いですからね」
教室以外で過ごすとか言われると邪推してしまう。
それが異性なら、偏見になってしまうが悪く言われているんじゃないかってな。
「莉菜は嫌われているからね」
「ちょっ、酷いですよ」
「事実でしょ? それでよく相談してきてたじゃん」
「……まあ、そうですね」
だからってそれを言うか? こういうところは足りないところだと思う。
でも、他者からすれば彼はいい人間なわけで。
「真は酷いところもあるな」
「あれ……、言わない方がよかった?」
「当たり前だ、それは真を信用しているから吐いただけだろ? 俺がいるところでそんなことを言われたくないだろ」
もちろん人間だから問題が完全にないなんてありえない。
ただ、それを直せばもっとよくなるということならそうした方がいいだろう。
基本的によくてもその一部分で損することもあるかもしれないから。
柚木や他者にはなるべく言わないようにしているものの、真に対しては一切気にせずに言えるから口にさせてもらった。
嫌われるのは普通に嫌だが、まあ、これで嫌われてしまうならそれまでの関係だったと片付けるしかなくなるわけで。
「せっかくいい人間なんだからもったいないことをするな」
「む、竜平に言われるとなんかむかっとするな」
「別にそれでいいよ、じゃ、俺は席に戻るから」
好かれた方がいいに決まっているが、自分がそう願ったところでそうなるわけではないからこれは仕方がないことだと片付けられる。
まあ……やっぱり真といられた方がいいに決まっているけどな。
「こんちにはー」
「もう放課後だぞ?」
公園のブランコに座ってぼうっとしていたら岩佐が近くまで来ていた。
彼女はもうひとつの方に腰掛けて上を見ていた。
じっと見るような趣味はないから俺は先程と同じく真正面を見て過ごしていく。
「なんであんなこと言ったの?」
「間違ってたか?」
「ううん、間違ってはないよ。でも、真先輩と友達でいたいなら言わない方がよかったんじゃないかなって」
「そういう部分を直せばもっとよくなることは確かだからな」
お前程度が偉そうに言うなということなら口にしない方がいいのかもしれない。
敢えて喧嘩を売るような性格ではないからやめろと言われればやめる。
そもそも、俺が言わせてもらうのは真にだけだから問題も起こりづらいし……。
「それに岩佐的には嫌なことだろ?」
「うーん、あんな反応をしたけど事実だから」
「そうなのか」
「うん、生意気とか媚び売ってるとかよく言われるよ?」
「まあでも、そんなの嫉妬みたいなものだからな」
と、片付けられたらどれだけ楽か、という話か。
俺だって色々と割り切れないことだってあるから。
身長だけはでかいくせに中身が伴っていないのはださすぎる。
「はは、だったらこういう風に違う場所で過ごせばいいな」
「……でも、逃げるのもださいかなって」
「そうか? あ、いやもちろん堂々といられるのが一番だけどさ、それで無理をして学校に通えなくなったら馬鹿らしいからな――って、悪い、そんな弱い存在じゃないよな」
柚木のときもそうだが、なんかぺらぺら喋りたがる癖があるから困る。
そんなことは言われなくても本人が一番分かっているだろう。
上手く調節して頑張っているわけだから余計な言葉は必要ない。
「竜平先輩もなにか言われているからなの?」
「俺は特にそういうのじゃないぞ、放課後にこうしているのだって外にいるのが好きだからだ」
「でも、こんなに暑いよ?」
「俺は暑いのも寒いのも得意だからな、とにかく家に帰らなくて済むならそれでいい」
暴君だなんだと言ったものの、最近は普通に落ち着いている。
でも、如何せん昔のあれが強すぎて俺は抜けきれていないというわけだ。
だからこうして外で過ごすことを理解できなくて普通だった。
二十時半でも二十一時でも二十二時でも、俺はいくらでも過ごすことができる。
ただ、普通に腹は減るし、風呂にも入りたいから帰らなければならないが。
「……家族と仲悪いの?」
「いや、俺は冷房とかが嫌いなんだよ」
「えっ」
「意外か? 人工的な風に当たると体調が悪くなったりするんだよな」
部屋に行けばエアコンや扇風機なんてないから休めるわけだがな。
姉が急襲してくる可能性があるし、この前みたいに頭を撫でたくなったとか急に言われても困惑するからやはりこれでいい。
食事の時間が遅れても食べ終えたらしっかり食器を洗っているし、風呂だって出たらちゃんと洗っているわけだから迷惑をかけているわけじゃない。
両親がなにも言ってこないのがその証拠だろう。
「私は、さ、実は家族と――」
「待て待て、そういうのは真とか信用できる人間相手に言えよ」
先程のあれはもう聞いてしまったことだから岩佐も吐いただけなんだ。
だが、これについては違うわけだから言わない方がいい。
聞かされても真と違って相手のために動けるわけではないんだ。
「もう帰った方がいいぞ、夏とはいっても時間が時間だからな」
これでも既に十九時を過ぎている。
もうすぐに暗くなってくるだろうから早く帰った方がいい。
ここら辺で最近不審者が出たとかなんとか言っていたから女子なら余計にだ。
「家族と仲が悪いからすぐに帰りたくないんだよ」
「じゃあ……信用できる相手と過ごした方がいいな」
「真先輩は部活だし……いないよ」
ああ言えばこう言うってこういうときに使うのかね?
こういうタイプが一番厄介だと言える。
昔にも彼女みたいな人間がいたわけだが、あるときを境に一転して悪く言い始めたからそれもまた引っかかっていて素直に対応できない。
逃げればいいと言われればそれまでだが、露骨に逃げたりするとまたそういう風にされるんじゃないかって思考をしてしまうループに陥っていた。
「なら場所には気をつけた方がいい、自宅にすぐに帰れる場所がいいな」
「ここから近いよ?」
「ああ、だからそういう場所で過ごした方がいい」
一緒にいる意味もないから帰ろうとしたとき姉から連絡がきて足を止める羽目になった。
どうやらあれから、というか、ずっと前から気にしていたらしい。
いまから来るということだったから大人しく待っていたらすぐにやって来て少し驚く。
「ここにいたのね――あら、あなたは?」
「あ、えっと……」
「真の友達だ、それ以上でもそれ以下でもない」
姉は別にどうでもいいと言わんばかりに「そうなのね、あ、もう帰るわよ」と吐いた。
「さっきまで外にいたのか?」
「ええ、バイトを終えたところだったの」
もう大学生だから普通か。
ある程度したらひとり暮らしを始めるみたいだから頑張っている途中というところで。
「岩佐、帰るときは気をつけろよ」
「はい」
姉に逆らうことは残念ながらできそうにない。
言うことを聞いていれば酷いことをされないからこれでいい。
「彼女ができたのかと思ったわ」
「俺に限ってそれはないだろ、姉貴なら分かるだろ?」
「そうかしら? あなたは人気があったじゃない」
おいおい、どこの世界線の話をしているんだ。
訳が分からなくて怖いからこれ以上広げるのはやめておいた。
俺は姉が苦手だ、これからもそれは変わらないことだった。
「え?」
「だからもう両親にも協力してもらって契約したのよ」
「おう、それはよかったな」
ずっと別で暮らしたいと言っていたからこれは間違いなくいいことだと言える。
多分、使えない俺と離れたくて仕方がなかったんだと思う。
「それでどうして急にそれを俺に?」
「なにとぼけているのよ、あなたも連れて行くからに決まっているじゃない」
「え、契約的にいいのか?」
「ええ、大丈夫よ」
それなら問題な――って、そんな訳がない。
なんで俺なんかを連れて行こうとするんだ?
「家賃を払えるわけじゃないし、家事だってできないんだぞ?」
「そんなのどうでもいいわ」
「じゃあなんで……」
「それはあなたといたいからよ」
昔からこれは沢山言われていた。
意地悪されているのにそれを言われていたから俺としては勘弁してほしいと思い続けてきたわけだが……。
でも、もう既に言うことを聞いてくれそうな感じは全くしない。
「あと、最低でも二十時までには必ず帰ってくること」
「まあ……そりゃあな」
「ええ、それ以外は縛るつもりはないからそう警戒しないでちょうだい」
最近、というか、俺が中学生になってからずっとこんな感じになってしまった。
なにもしてこなくなって平和な毎日に戻ったわけだが、如何せん小学生の頃にされたことが影響していて――って、何度同じことを考えるのか。
とにかく、言うことを聞かないと再発するかもしれないから荷物をまとめて家を目指す。
「ここよ」
「いつから契約していたんだ?」
「一ヶ月前からね、実はちょくちょくこっちに来ていたの」
「そうなのか」
中に入ってみたら結構余裕があるみたいだった。
寝室は別にあるし、風呂とトイレも別々だからそう悪くもなさそうだ。
ただ、エアコンを使用するのであれば話は別で。
「あなたは昔から苦手だったでしょう? それなのに嬉々として使うわけがないじゃない」
「え、でも、姉貴が暑いだろ?」
「大丈夫よ」
なんなんだ本当に……。
スペアキーなども渡されてどんどんとここに住むことが現実的になっていく。
いやもうこうなってしまっている時点でそれしかありえないが……。
「それと、別に真君や今日の子を連れてきても構わないから」
「迷惑をかけることになるからいいよ」
「そう? あ、ご飯を作るわね」
テレビを見る趣味とかないし、正直食事入浴睡眠をしっかりできればどこでもよかった。
ぼうっとしていれば時間なんていくらでもつぶせる。
学校が終わってから毎日二十一時近くまで外にいられた人間からすれば余裕だ。
それに姉は外で過ごすことを禁止にしてきているわけではない。
これからは二十時近くまでゆっくりしてから帰ればいいかと片付けた。
「竜平? できたわよ」
「あ、食べさせてもらうわ」
食べ終えたら洗い物はやらせてもらった。
そのまま全部鵜呑みにしてなにもやらないと後が怖い。
「ここ、少し景色もいいのよ?」
「あ、何気に出られるのか」
確かにここで夜遅くまで過ごすのも悪くはないかもしれない。
蚊の問題さえどうにかできれば最高の場所と言ってもいい。
「あ……竜平」
「ん?」
「ごめんなさい」
なんの謝罪だ? とか聞く必要はなかった。
あれからなにかがあったのだろうか?
こっちに謝罪させることはあっても姉が謝ってくることはなかったから違和感しかない。
「もう頭を上げてくれ」
「ええ……」
「風呂に入って休んだ方がいい、バイトで疲れているだろうからな」
「そうね」
俺も姉が出た後にささっと入ってリビングに戻ってきた。
夏の間は持ってきた小さな布団だけで十分。
リビングの床に寝転んでも全く問題ないから気にせず寝てほしい。
「あなたも来なさい」
「いや、俺はここでいいよ」
「明日、布団セットを買いに行きましょう」
「いや、気にしなくていい、おやすみ」
姉が寝室に消えてしばらくしてから真から電話がかかってきた。
今日のことでねちねち責めてくるかと思えばそうではなく。
「え、響子さんと一緒に住み始めた?」
「ああ、なんか急にそんなことになってな」
「それはまた……よく分からないことをするね」
真は小さい頃のことをよく知っているから同じような感想になるのは気楽だ。
こちらのことなんてなにも知らないくせに羨ましいとか言う人間は本当に浅い。
「明日行ってもいいかな?」
「え、それは……」
自分が言ったことを守らなければならない。
勝手にこそこそと連れてくるなんてよくないことだろう。
あと、敵視されるような理由を作りたくなかった。
あの頃は本当に最悪な日々だったから……。
「気にしなくていいって言ったじゃない」
「ま、まだ起きていたのか」
「ええ、貸して」
「お、おう」
こちらは関係ないとばかりに転んで天井を見ていた。
部屋のそれと違って真っ白で綺麗だった。