01話.[呼んだりしない]
「今度会ったら許さないからなっ」
そんなベタな感じのセリフを吐きながら走っていった。
言われた側からすれば本当になんだそれって言いたくなるぐらいだ。
「よー」
「おう、もう部活も終わっていたのか」
放課後になってからゆっくりしすぎていたらもうそんな時間だった。
まだまだ明るいからついついゆっくりしていたくなる。
なるべく家にいたくないから俺からすれば仕方がないことだと言えるが。
「竜平はいつも外にいるね」
「ああ、好きだからな」
環境音を聞いているだけで落ち着けるから何時間でも外にいられる。
話し声なんかが聞こえてきても嫌にはならないし、他者が運動とかをしていても見ていて楽しいから飽きない。
暑いのも寒いのも別に気にならないからいつでも楽しむことができる。
つまり俺にとって外というのは最高の場所だった。
「そうだ、どうせ暇なら僕の家に寄っていきなよ、アイスぐらいは食べさせてあげられるよ?」
「じゃあそうさせてもらうわ」
自宅に一秒でも多くいなくて済むならなんでも利用させてもらう。
だからその点では先程の変な絡みもありがたかったことになる。
が、如何せん相手のことをなにも知らなかったから困惑もしたが。
「エアコン全開だな」
「もうこの季節になると全員駄目になるんだよ、だからエアコン様様というわけ」
俺の家はリビング以外に設置されていないが特に困ってもいない。
先程も出したように暑いのも寒いのも別に苦手ではないから。
そういうのに頼らなくても一切問題というのは出てこない。
寧ろ変に人工的な風に頼ると体調が悪くなるぐらいだった。
「僕らももう二年生だね」
「もう七月だけどな」
「そう、だからこういうことを言いたくなったんだよ」
ちなみにこれ、進級する度に口にしている。
確かに時間が経過するのは早い気がするから別に悪いことではないが。
だって大学に進学しない限りは来年と再来年の三月まで通ったら社会人、となってしまうわけだから。
社会人になったら外でぼうっとできなくなるからできればもう少しゆっくり時間が過ぎてほしいと思った。
ただ、社会人になれば自分で稼げてひとり暮らしを始められるというメリットがあるから難しいと言える。
「お兄ちゃんおかえり」
「うん、ただいま」
彼の妹はいつもノックもせずに入ってくるのが常だ。
昔はその都度「ノックぐらいしてよ」と言っていたが、それでも言うことを聞いてもらえなかったから既に言うことはしていない。
「あれ、竜平さんもいたんですね」
「ああ、お兄ちゃんが誘ってくれたからな」
アイスに釣られたわけではない、と言っても説得力はなさそうだ。
だってこうして貰ってしまっているし、ゆっくりさせてもらっているわけだから。
彼の妹、柚木は真の近くに座った。
どうやら自分の部屋に戻るということはしないようだ。
「竜平さんはもっと家に来てくださいよ、勉強ばかりで苦痛なんです」
「受験生だから仕方がないな、それに真は部活だからいないときに行くわけにもいかないし」
柚木とこうして過ごすのもあくまで真がいるときのみ。
ふたりきりで過ごしたこととかないし、これからもそれは変わらない。
それに柚木は受験生だから邪魔をしてはいけないだろう。
「なんで?」「なんでですか?」
「なんでって俺と柚木はあくまで真がいるからこうして話せているだけだろ?」
名前呼びだって何度もしつこいから仕方がなく従っているだけ。
本来であれば異性の名前なんて気軽に呼んだりしない。
恥ずかしいとかそういうことではなく、なんかそういうこだわりがあるだけだった。
「え、そんなことなくないですか?」
「そうか? 学校も違うしな」
「竜平さん達が三年生だったときに私は一年でしたし、学校でも会っていましたよね?」
「だからそれは真がいたからだろ?」
自分に興味を持って近づいてきてくれているなんて考えたことはない。
というか女子からすれば俺みたいな人間は嫌いだろう。
ぼうっとしがちだし、面白いことも言えないし。
まあ好かれたいために生きているわけではないからこれでいいが。
「竜平は頑固だからなー」
「あ、確かにそれはあるかもな」
固定観念があって動けなくなるときがある。
まあでもそういうものではないだろうか。
何度も言うが好かれたいわけではないからこのままを貫こうと思う。
別に柚木と仲良くできたところでなにがどうなるってわけじゃないしな。
告白なんか真と比べて一回もされたことがないから無理だって分かっているし。
「私はお兄ちゃんとか抜きに竜平さんと仲良くしたいです」
「それはまた物好きな思考だな」
「どうしてですか?」
「いやだって相手は俺なんだぞ? それなら実の兄ともっと仲を深めようとしていた方がいいだろって思ってな」
受験生とは言っても年齢が年齢だから恋にも興味があることだろう。
気になる異性のひとりやふたりはいそうだし、その相手と過ごそうとした方が絶対にいい。
いまだったら最強のカードを使える、勉強を一緒にやろうと誘えば相手も変に構えたりしないで受け入れてくれるはずだ。
で、そこから休日に会う回数とかも増やしていけば、まあ、全く過ごさなかった場合よりは可能性が出てくるわけで。
「竜平さんって前々からそうでしたけど自信がないんですね」
「んー、そうかもな」
自分を高く評価できる人間ばかりではない。
寧ろ俺のこの微妙さで高く評価していたらやばい人間になってしまう。
それに結構怖がられることもあるから余計にそこに繋がるというか……。
「お兄ちゃんの図々しさとかを見習った方がいいですよ」
「真はそんなことないぞ、何故なら俺にも優しくできるからな」
優しくした際になにかを求めてくることもない。
別に俺的には求めてきてくれても全然構わなかった。
だってその方が公平な感じがするからだ。
「大好きなんだからお兄ちゃんのことを悪く言うなよ」
「だ、……誰が誰を大好きって言いましたか?」
「柚木が真を好きだって言ったんだよ」
「ありえないですありえないですっ、それだけはありえないですっ!」
そこで必死になってしまうから露骨なんだ。
本当に好きじゃないなら「は? 好きじゃないんですけど」程度に留めればいい。
真の方は全く怒った感じではなく普通に楽しそうだった。
「竜平がいっぱい喋っているところを見られて幸せかな」
「俺は真と喋るけどな」
「僕は女の子じゃないからね」
異性と過ごすことだけが全てではない――と思いたい。
まあこんなことを言えば強がりだなんだと言われてしまうのだろうが。
「柚木とはこれだけ普通に喋れるんだから後輩の友達を作ってみたら?」
「俺が自分で友達を作れると思うか?」
「真顔でそんな悲しいこと言わないでよ……」
俺がしなければならないのは学校に通って授業を受けることだけ。
あとは適当にぼうっと過ごしていればいい。
家にいなくて済むなら正直どうでもいいのだ。
あ、だからって怪我をしたりするのはごめんだがな。
「でも、実際竜平さんにいきなり話しかけられたらかなり怖いと思います」
「だよな、同級生からも怖がられるぐらいだからな」
「それは竜平の真顔が怖いからだよ」
とはいえ、変ににこにこしていても気持ちが悪いだろう。
だからやっぱりいまのままでいるのが一番だった。
変わろうとする人間を否定するつもりはないが、いまのままを貫こうとする人間を否定もしてほしくなかった。
「ふぃ~、自分から入った部活だけど朝練はきついなー」
汗をかいているくせに俺よりいい匂いを出している真が不思議だった。
なんでここまで違うのだろうか。
柚木も去年とか部活をしていて汗を多くかいていたが同じ感じだったし――って、女子はまあそりゃそうかと片付ける。
「よし、今日から後輩の子を探し始めようよ」
「無理だって言っただろ?」
「だから僕も付き合うんだよ、柚木が一年生だったらよかったんだけどね」
同級生とすらまともに会話できない奴が後輩と上手く会話できるか? という話。
昨日だって冷静に俺のことを判断していたのにもう忘れてしまったのだろうか?
「まずは僕の友達の石橋久美子ちゃんからだね」
「え、誰ですか?」
第一声がこれだった、そりゃ当然だ。
真が彼女に事情を説明してみたものの、
「え、怖いから嫌です、真さんはいいですけど……」
と、言われてそりゃあなと再度納得。
もう可哀想になってきたからこれ以上はやめておいた。
あっちにも自由に選べる権利がある。
「もうあんなことするな、あれでは真の友達が可哀想だ」
「なんで僕がいけないことをしてしまったみたいな雰囲気になっているんだろう……」
それに無理やり他の異性と仲良くするぐらいなら柚木と仲良くしていた方が気分的にも楽だと言える。
だが、柚木からすれば迷惑このうえないことだろうからやはりいま程度でいい。
誰かに迷惑をかけたいわけではないのだ。
「それに俺は真がいてくれればそれで十分だよ」
「でも、部活とかがあってずっと相手をしてあげられるわけじゃないから」
「学校のときだけでいいんだよ、それ以外は外でのんびりと過ごせればいいわけだし」
多くを求めていない、自分の理想通りにならなければ嫌というわけでもない。
とにかく家に帰らなければ暴君に会わなくて済むわけだからこれでいい。
いやもう本当に男の俺でも怖いからな。
で、放課後はいつも通り歩いたり止まったりして時間をつぶしていた。
「だーれだ」
「柚木か」
「ふふふ、正解です」
寧ろ柚木以外だったら怖いとしか言いようがない。
振り向いてみたら滅茶苦茶柔らかい笑みを浮かべている柚木がいた。
「いまから勉強をするんですけど、もしよかったら来てくれませんか?」
「邪魔になるだけじゃないか?」
「そんなことありません」
それなら行くかと動こうとして止まった。
昨日あんなことを言っておいてあっさり行ったらださくないだろうかという疑問。
止まっていたら「どうしたんですか?」と聞かれてしまったから理由を説明。
そうしたら手を掴まれて歩き出されてしまった。
「竜平さんは余計なことを考えすぎです」
「そ、そうなのか?」
「はい、それに私が頼んでいるんですからいいんですよ」
俺に足りないのは柔軟さかもしれなかった。
あと、変わることを恐れて動けない……ところか?
必死にいまのままでいいと言っているのは多分そこに繋がっている。
「そういえばどうなったんですか? 後輩の子と仲良くできているんですか?」
「いや、申し訳ないからやめたよ」
あの子はもっともなことを言っていた。
それに急にでかくて怖い友達を紹介されても困るだろう。
そして地味に驚いているのは後輩にも友達がいたということだ。
柚木と同学年の友達がいるのは柚木繋がりでなんとなく分かるが、まさか高校一年生の友達がいるとは思わなかった。
あ、でも、部活のことを考えればそういう繋がりもできるかと片付ける。
「ん? 自分で動けたんですか?」
「いや、真に無理やり連れて行かれてな」
嫌そうな顔をされるのは正直何回されても慣れることではない。
別に危害を加えようとしているわけではないのにって言いたくなる。
だが、それを言えるようなところまでいかないのが常のことだった。
「お兄ちゃんはじっとしておくのが無理なタイプですからね、あと、やたらと心配性なところがあるので竜平さんとかは放っておけないでしょうね」
「あとは柚木とかな」
「わ、私はひとりでなんでもできますから」
「そうか、あ、勉強をやってくれ」
「はい、そうですね」
圧にならないように別の方を見ておくことに。
ここは柚木の部屋とかそういうわけではないから気にする必要はない。
リビングなのをいいことに窓の外を見て外にいるような気持ちでいた。
「お兄ちゃんって学校ではどんな感じですか?」
「普通に楽しそうだな、最近は暑いのもあって朝練がきついってよく言っているけど」
「女の子とは……」
「まあ……全部を把握しているわけじゃないけど一緒にいるだろうな」
同性の自分から見ても普通に格好いい人間だった。
見た目もそうだし、中身も整っているから異性からの人気はすごい……のかもしれない。
ただ、教室では友達といるか俺といるかってところだから分からないな。
「柚木は素直じゃないよな」
「な、なんの話をしているのか分かりません」
「たまに悪く言ったりしてしまうのはマイナスだな」
「な、なんの話をしているのか……」
俺の想像が間違いじゃなければ彼女は真のことがそういう意味で好きだと思う。
なんかやたらと異性といることを気にしているし、同校に通っていたときはずっと真にべったりしていたから。
妹なんだから後者は当たり前だと言っていいが、前者は中々しないだろう。
俺みたいに常にひとりぼっちになりかねない人間が相手だったら、口うるさい妹だったりしたら余計なお節介をするかもしれないがな。
「いつでも部活があるというわけでもないし、柚木だって勉強ばかりじゃあれだろうからたまには出かけてみたらどうだ? ちょっと遠くまで歩いてみるだけでも楽しいぞ?」
「でも、最近は暑いじゃないですか」
「それなら行きたい店を決めて行動してみたらどうだ?」
「なるほど……」
って、余計なお世話すぎる。
これ以上はあれだから黙っておくことにした。
いつも真が来てくれたとき以外はひとりだから喋りたくなってしまうのかもしれない。
「そろそろ帰るわ」
「え、まだいいじゃないですか」
「いや、全く集中できていないみたいだし、ここにいても俺は邪魔になるだけだからな」
俺から勉強をしろとも言われたくないだろう。
あとは冷房が辛いというのもあった。
暑がりの家系なのか温度設定もかなり低くしてあるみたいだしな。
「ふぅ」
やっぱりこうしていられているときが一番幸せだ。
変わる必要はある、だが、無理をしたところで上手くいかないことは明白だ。
別に誰に迷惑をかけているというわけでもないし、迷惑をかけそうになったらいまみたいに自分から離れることも選択できるわけだから悪くはないと思いたい。
これは俺の人生だ。
嫌そうな顔をされたり悪く言われたりするのはいつまで経っても慣れないが、それさえ耐えてしまえば至って平和な日々を過ごせるから十分だと言える。
「竜平」
「ん? え」
簡単に言うと俺は姉から逃げている状態だった。
昔に色々自由にされたからトラウマみたいになっているのかもしれない。
池に落とされたりとか、嫌いな虫を顔につけられたりとか、いまと違って暗いところが苦手だったのにひとり放置されたとか、そういうことで。
「なんで最近はすぐに帰ってこないの?」
「外にいることが好きなんだ」
「それは知っているわ、でも、毎日二十一時近くまで外にいるって異常よ」
まあ、いまも同じというわけではなかった。
姉も大人になったのか揶揄してくることもなくなったし。
でも、こればかりはもう刷り込まれたそれでどうにもなくなっているというか……。
「なにかあったの? 高校生になってから急に増えたけれど」
「特になにもないよ、俺が外にいることを好んでいるというだけで」
「そうなのね、でも、今日はもう終わりにしなさい」
「……分かったよ」
なんとなく並びたくなかったが、変に避けたりしていると面倒くさいことになりそうだから家まで我慢した。
家に着いたら食欲とかはなかったからさっさと風呂に入って寝てしまうことにする。
「入るわよ」
今日は何故かよく来る姉だ。
姉はベッドの端に腰を下ろしてこちらを見てきた。
……俺は姉の目が嫌いだ。
何度も見ることを強制されたからそれもまた影響を与えている。
「な、なんだっ?」
「頭を撫でたくなったのよ」
「俺はもう高校生だぞ……?」
「なんとなくそうしたくなったの、だからさせなさい」
ぎこちない感じが気になったものの、なにか言うことはしなかった。
数十秒そうしたところで満足して退出してくれたからほっと一息つく。
こんなことがなければいいなと願ってから目を閉じて寝ることに集中したのだった。