詰めの甘い者たち
――自らの放った渾身の一撃。
殺すつもりで岩に叩きつけたのに、レクセンはまだ生きていた。
圧倒的に火力が足りない。
人間相手に本気でぶち込んだのは初めてだが、神速突きしかできないような雑魚すら一撃で倒せないとは……。
俺が最低基準として考えているのは、大森林の奥にいる強い魔獣を二発で仕留められる火力だ。シルバーの低い筋力でも、“踏み込み”によって火力を増した“羅刹掌”ならそれが可能なはず。
これは単純に体術と技のレベル不足。まだこれからも遺跡最下層のゴーレム君にはお世話になりそう。
そのかわり収穫も多かった。システムに縛られたこの身ではあるが、システムを相手に強制する仕様も健在のようだ。技の効果や、オブジェクトへの影響も同じだからわかりやすい。
“受け流し”による体勢崩しを成功させれば、相手を行動不能な無防備状態にさせることができる。攻撃に合わせて、というシビアな条件と引き換えにはなるが、成功した場合の見返りは計り知れない。
「……ぐぅ……ぉ……ぅ……」
「まだ動けるのか。今のは全力だったんだがな」
「こ、の……僕が……素手の相手に……なんたる屈辱っ!」
俺はレベルキャップが低すぎて、まともな武器が扱えない上に技を習得することができない。だから下位の剣を持って下位の技を鍛えるより、制限のない体術を極めた方が最終的に強くなってしまうんだ。
この世界では、レベルを満たさないと武器の性能を引き出せない。
例えどんなにいい武器でも、条件を満たなければ素手にも劣る。しかも武器固有の技を習得することもできずにな。
体術以外に選択肢のない俺にとって、武器制限のない“踏み込み”による技の威力をブーストした“羅刹掌”は生命線だ。
一部ではネタ扱いされがちな鉄山靠をモチーフとした技で、軸足を変えることで左右に回避しながらカウンターも狙える。
「屈辱ついでに言わせてもらうが、お前たちではゴブリン族に勝てないし、無駄な争いと犠牲を増やして終わりだぞ」
「そう、かもしれないね……でも、僕には切り札がある!」
「!?」
レクセンは懐から小瓶を取り出し、謎の液体を周囲にばらまき始めた。
ツンと鼻につく甘ったるい匂い。これは……?
「クハハハ! 知っているかい? 魔寄せの聖水だよ」
「……魔獣をおびき寄せるアレか。結構な貴重品のはずだが」
「博識だね。ククク、でもその余裕がいつまで続くかな? 君はもう終わりだよ。僕の聖水をたっぷりかけたからね」
「その言い方やめてくんない?」
僕の聖水とか吐きそう。くたばればいい。
でも納得だ。これなら犬耳族を巻き込んで自滅できたかもしれない。
ふと、思い出したように周囲を見渡すと、ツタによって全ての兵士が拘束されている。アサガオちゃんが陰ながら守ってくれたのか。後でお礼を言わないと。
「唐突で悪いが、お前はあの村にとんでもないヤツが住んでいることは知ってるか?」
「あぁ、かの有名なドラゴンのことかな? あの方なら人族の問題に関わるような手合いではないさ」
「それがな、今も見てるんだよ」
「何を、バカなことを。僕はあの方に不利益を与えていない。関心など持つはずがないだろう?」
「どうして、おまえがボクの意思を勝手に決めるの?」
「…………ぇ」
真っ白なワンピースを抑えながら舞い降りてきたメスガキドラゴン。肩にはアサガオちゃんを装備している。
世界で五指に入る二人がコンビでやってきたわけだ。いや、俺がレクセンだったらマジで土下座してるよ……。
「シルバーはボクのお得意さまだし、あの村にもちょっとは愛着あるよ?」
「お、お待ちください! あなたに危害を加えるつもりはございません!! 今回の件は、むしろあなたをお守りするために必要なことでございまして――」
「始祖の子を奪って、ゴブリン族の里を壊滅させるのが必要なことなの?」
「そ、そうではなく……ですから……その……」
「ねぇ、アルファはこの事知ってる?」
「!?」
――剣聖アルファ。
メスガキドラゴンの大親友。設定上は種族不明、年齢不詳、見た目は若い女性。
大陸の東を支配下に置くヴァレー王国にて、王の相談役と剣の指南役を務める人族最強の存在。真っ赤なポニーテールが特徴的で、着物に袴といった女剣士にありがちな装いを好む。ファンタジーなのになぜか胡散臭い関西弁。
一代限りの大公という肩書を持つが、実権はないらしい。
「シルバー。こいつをどうするつもり?」
「魔物寄せまで使うヤツを生かしておく意味はないな。なんか使い道でもあるのか?」
「アルファに預けて黒幕ごと潰したらどうかな?」
「国の重鎮をスナック感覚で動かすな……ここで始末をするべきだと思うが、ロゼに考えがあるなら尊重する」
「これって結構な問題だよ? 一つの里が滅びたかもしれないんだから。でもいいや、面倒だから燃やして手紙出しとく」
「ッ!? お、お待ちを! どうか、どうか話をきいて――」
よくあるんだ。こういうのを生かしておくとロクなことにならないやつ。
真面目な話、ここにはメスガキにアサガオちゃんという超越した存在がいるから、危機察知能力の高い魔獣は近寄らない。原作でもそうだったが、雑魚敵はドラゴンから離れる仕様になっている。だから村が安全なのも、実はメスガキドラゴンのおかげなんだ。
俺のモミアゲを抜いて遊んでいるアサガオちゃんにお願いして、兵の亡骸を一か所に集めてもらった。俺をぶん殴った野郎がすでに死んでいるのが腹立たしい。
まぁいいか、本来なら目的と内容を吐かせる予定だったんだ。レクセンがホイホイと自白してくれて本当に助かったわ。
「これで全部だな。アサガオちゃん、ありがとう」
「う!」
「じゃあ燃やすね? さよなら」
「ひ!? ま、まって――」
「火球」
なんの予備動作もなく、メスガキの指先から小さな火の玉が放たれた。
着弾と共に遺体の山が爆発し、青白い炎が竜巻のように天へと駆け上がった。
こんなもの、ノータイムで放たれていいような魔術じゃないだろ……。ただの火球で火災旋風を起こすなんて馬鹿げてる。
もしも彼女が敵に回ったら……そんなこと考えたくもないな。
最初からわかっていたけど、彼女らが雲の上の存在であることを改めて実感した。
もうレクセンの悲鳴は聞こえない。
いや待て、兵士たちの剣とか鎧とか取り逃してしまった! くそ、ぬかったか。
そしてなぜか、アサガオちゃんが山の上に向かって手を振っていた。俺には何も見えないが、知り合いでもいたんだろうか?
「はいおわり」
「今回は本当に迷惑をかけてすまなかった……。不思議なんだが、お前を見るとドキドキが止まらないんだ。どうしてだろうか?」
「は、はぁ!? 意味わかんないし……どうせ心臓の病気とかでしょ。ご愁傷さま」
「なら心臓によく効くお薬を出してくれないか? お前の笑顔というお薬をな」
「ッ……もう二度と心配してあげない!」
「あ、ご、ごめん冗談だって。戻ってきてけろー!!」
「う!」
「…………はい。すみません」
めっちゃ怒られた。だって、反応が可愛かったからつい……すんません。
だがさすがに今回は疲れた。早く帰ろう。
――気配を消して全力で逃げなくては……。
くそ、何もかもがうまくいかなかった!
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……化け物め! あれだけ用意した魔石が全部パーだ! クソ!」
「……ぅ……こ、ここは……?」
「はぁ、はぁ、気づいたかレクセン。まだ貴様を引きずって山を降りたところだ」
「……たすけて、くれたのか?」
「あぁそうだとも。アストラの姫君に焼き殺される寸前をな。貴様は覚えていないだろうが、奴は本当の化け物だぞ! 魔石まで使った私の防壁が紙のように消し飛んだ。奴と事を構えると言うのなら私は下りるぞ!」
「わかっている。あれは、計算外の事態だった……く、シルバーめ……」
そもそも、シルバーとかいう探索者風情にこだわるから失敗したのだ。
最小限の手間で始祖の一族を手にするチャンスではあったのだろうが、最初から計画通りに事を進めれば、かの姫君の怒りに触れることもなかったであろうに……。
「レクセン。私が到着したころには大勢が決していたようだが、なぜアストラの姫に手を出した?」
「違う、僕は手を出していない。けど犬耳族を里へ返したのは彼女なのかもしれない」
「な!? だ、だとすれば――」
なんということだ……我々が計画通りに始祖の一族を連れ去っていれば、アストラの姫が敵に回っていたということではないか!? 冗談ではない。
「ダ、ダメだ。犬耳族からは手を引くべきだ」
「そうだね、僕もそう進言するつもりだよ……かわりに、サンタマリアで計画を進めるしかないだろうね」
「……く、面倒な相手だが、仕方あるまい」
王都から北に位置するサンタマリア地方には、厄介で強力な猫耳族がいる。
奴らは近くの村や砦を襲撃しては物資を奪い、好き勝手に荒らしている無法者だ。特にゴブリンの分際で頭の回る里長が最大の障害となる。
本当なら年々数を減らしていた犬耳族が一番楽な相手ではあった。しかし、こうなっては盟主殿も計画を変更せざるを得まい。
「で、例のシルバーとやらはよいのか? 貴様の顔を見られているが、始末が必要なら私が――」
「よせ! 奴は……奴は放置しても大丈夫だ」
「問題はないと? アストラの姫とはどんな関係だ」
「ただの客と言っていたから問題ないさ。それに、奴だけは……必ず僕が斬ってみせる」
ふむ、よほど腹に据えかねることがあったようだが、まぁよかろう。
たかが無名の探索者。どうとでもなる。