逆鱗
「おとなしく歩いたほうがいいよ? 僕は見た目ほど優しくはないんだ」
「…………」
レクセンに言われるまま、村とは逆方向へと連行された。
見慣れた遺跡入口を通り過ぎて山を登っていく。伯爵だかの私兵も結構な数で、軽く二十人以上はいるみたいだ。こいつらの目的が本当にわからない。
「そこだ。そこに横穴があるだろう? 入りたまえ」
「……」
「……これだけの兵を前に眉一つ動かさないか。気に入らないね」
「さっさと座れ!!」
「っ!?」
殴られた!? しかも兵に……。
気に入らねぇのはこっちのセリフなんだが。
「さてシルバー君。これが最後のチャンスだよ。例の少女をどこに隠した」
「質問が変わっているようだが? 里に帰ったと言っただろう」
「やれやれ……これ以上手間をかけさせないでくれ」
「本当のこと言え!!」
「ッ!?」
また殴るんかい!
「逆に聞きたいんだが、なぜ嘘だと思う?」
「探索者というのは存外にタフだねぇ。あぁ、なぜ嘘とわかるかって? バカにしてるのかな? 君のような雑魚が始祖の一族を懐柔できるわけないだろう。よく調べたのは認める。けど、僕らのような専門家を誤魔化せると思ったら大間違いだ」
「ファッ!? せ、専門家? なんの専門家よ……?」
「ふふ。誰の差し金かは知らないけど、隷属化をマネできるとでも思ったのかい?」
「何を言って――」
「黙れクズが!!」
「っ!?」
殴らないで話を聞けよ。
しかし、隷属化とはなんだ? そんな話聞いたことがないぞ。
いや待て、俺の知らない裏設定が存在するのでは? 可能性は十分にあるな……。
「なぁ、隷属化ってどうやるつもりだ?」
「…………僕は少し用がある。この男を明日まで見張っておけ」
「は!」
「命の期限は明日までだよ? よく考えるといい」
伯爵家の暗躍に隷属化。俺はそれらに関する情報を何一つ持っていない。
確かにディーネの件は追い払うつもりで対応した。それは認める。だけど、こんな連中にあいつを好きにさせるのは我慢ならんな。
いいだろう、このケンカ買ってやる。
全てを白状するまで簡単に死ねると思うなよ。
――なんか来たし……。
信じらんないことに、ボクの店に森の神がやってきた。
シルバーから森の匂いがするな~って思ってたけど、ほんとに神木から神を引っ張り出してきたみたい。シルバーの魔力と共鳴してるからすぐにわかる。
ちょっと前にボクの血を飲ませたからね。
「う!」
「……なんでアンタが人里に来てるわけ? しかもここ、ボクの店なんだけど」
「う~」
「シルバー? 人に呼ばれてどこかに行ったけど」
「うー!」
「え、山? 叩かれてるって……それ、ほんと?」
シルバーが山の奥にいて、誰かに叩かれてるってどういうこと? もうじき日が暮れるのに、絶対おかしい。もしかして、ゴブリンが関係してるかも。
「ねぇ。シルバーがゴブリンを守って戦ってるとかじゃない? ほら、魔獣とかと」
「うー!!」
「人族に叩かれてる? そっか……うん、いいよ。今回は手を貸してあげる」
「う!」
人族はすぐ殺されちゃうから、そこだけが怖い。
大丈夫……きっと大丈夫……。
ボクの血をあげたんだから、簡単にやられるはずない。
神を頭にのせて飛ぶなんて不思議な感じ。おかげでシルバーの場所はすぐにわかった。
なんか大勢の人族が野営してて、シルバーは洞穴みたいなとこに閉じ込められてる? よくわかんないけど、とりあえずこっそり侵入してみよう。
「降りるよ。静かにね」
「うっ」
――来なきゃよかった。
洞穴の奥に横たわる、変わり果てたシルバーの姿。顔は見えないほど血に染まって表情もわからない。
怒りで視界がぶれる。力が、制御できない。
「シルバー」
「うー?」
「だからイヤなんだ……。人族は、すぐ、死んじゃうから」
「……う~?」
まだ暖かいシルバーの体を抱きしめる。もっと早く、こうしてあげればよかった。
ボクの店に来るようになって一年くらいかな。ほんとに、あっという間だ。
楽しかった。
他の人族はみんなボクに怯えてたけど、シルバーだけは遠慮なくバカとかアホとか返してくれた。普通に接してくれたんだ。最初は生意気だとか思ってたはずなんだけどね。
もう安心して。ボクが、仇をとってあげるから。
関わった老若男女全てに平等なる死を与えてやる。
アストラの竜王が末孫。このローゼリアの怒りを知るがいい。
「すぐ終わらせるから。そしたら、一緒に帰ろ?」
「………………あ、あの」
「!!?」
い、生きてる? え、ウソ!?
「ロゼか? どうしてここに……暇すぎて寝てしまったらしい」
「無事、なの? あ、待って! 回復薬出すから」
「いや大丈夫だ。これは俺の血じゃない。俺を殴った奴の拳が割れたせいだ。ちなみに俺はほぼ無傷だから」
「…………そう、なんだ。ふーん? まぁ、興味もなかったけど?」
「う~?」
「うっさい。アンタは黙ってて」
「アサガオちゃんもいたか。ゴメンな、色々と放置できない問題ができてしまって」
紛らわしいなぁもう。一人で盛り上がって、死ぬほど恥ずかしいやつじゃん……。
でもシルバーは元気だった!
当然だよ。ボクと森の神が加護を与えているんだから。
あと、おとなしく捕まっていた理由を聞いたら、そっちもとんでもない話だった。
長の子を従える方法があって、それをレクサスとかいうのが知っているらしい。
なんでか知らないけど、シルバーはボクよりもゴブリン族の秘術に詳しかった。
自滅魔術の発動条件とかなんで知っているんだろう? ボクだって母さん以外から聞いたことないのに。
とにかく、ボクたちも知らない魔術が編み出されたのかもしれないってこと。明日そいつから聞き出すそうだから、ボクと神も二つ返事で了承した。
「じゃあ、そういう段取りで頼む。心配してくれて、ありがとうな」
「勘違いしすぎ。この子がうるさいから付き合っただけ」
「そうか。それでもありがとう」
「っ……」
「うー!」
森の神がおもむろにツルを伸ばして、シルバーの耳にブスっと刺した。
なんで? ドン引きなんだけど……。
「お前はこの状況でも栄養を奪っていくのか? バナナでも食ってこいよ」
「うー」
「もうなくなった? じゃあ仕方ないな」
「仕方ないでいいんだ……」
ズチュッズチュッって音を立てて飲むのやめてくれないかな……。
何を飲んでるかは気にはなるけど、知りたくない。
ゲッソリしたシルバーから神を引っぺがして、夜の山へと身を隠した。
「ここに跪きたまえ。さて、一晩で随分とやつれたようだが、頭も冷えたかな?」
「おかげさまで。相談なんだが、ゴブリン族の場所を教える変わりに、質問させてもらえないだろうか?」
「ふむ、いいだろう」
「お前らの言う隷属化ってどうやるんだ? どうせ殺すんだから、教えてくれてもいいだろ?」
「……ふん。まぁいいか。僕たちは禁忌に触れた」
「禁忌?」
ボクらは見晴らしのいい岩陰からシルバーたちを覗き込む。
デコピンで死んじゃいそうなのが、大勢で取り囲んで尋問してる。
禁忌ってなんのことだろう?
「そうだとも。人の心に入り込み、意のままに操る禁術があってね。僕らはそれを魔道具に落とし込むことに成功したのさ」
「なんだそれは……誘惑でも改良したのか?」
「……」
「……ん?」
「なぜ、なぜ貴様のような探索者ごときが、国家指定禁術である誘惑を知っている?」
「禁術って、誘惑程度が禁術指定なのか?」
「程度……だと!?」
「……おいおいまさか、これを禁忌とか言ってないよな?」
平然と立ち上がったシルバーが縄を引き千切り、手のひらに魔力を浮かべて宣言する。
「誘惑」
息を吹きかけるように、一人の兵に魔力をまとわせる。すると、能面のような表情で剣を抜き、何の躊躇もせず隣の兵を突き刺した。
「ぐあああああ!!」
「なにをしている貴様!!」
「ば、ばかな!? 本当に誘惑を使ったというのか?」
「こんなもん誰でも覚えられるが」
それはない。あんなの使える人族なんて、きっと宵闇の魔女くらいじゃない?
「……なぁ。お前ら本気で始祖の血筋を操れると思ってたのか? これで?」
「は、う……違う、はずだ。禁術なのだぞ!? 貴様が扱えるはず……は……」
阿鼻叫喚。ポンポンと誘惑を放つせいで兵たちは同士討ちに夢中だ。
シルバーはレクサスとかいうやつの耳元で誘惑についてレクチャーしてた。
「数分の間術者に付き従い、敵対反応に対して自動で迎撃する。だが意のままに操ることはできず、衝撃を受けると解除される。そして問題は、魔力耐性の高い相手には通用しないということ。耐性お化けの始祖の血筋を、どうやって操るんだ?」
「…………」
「もう一つ、この連中を集めたのは里を襲うためか? 俺一人にこの様なのに、精鋭揃いのゴブリン族に勝てるとは思えないが……なぁ、お前ら何がしたいんだ?」
「だまれぇ!!」
レクサスとかいうのがスラリと銀の剣を引き抜いた。
シルバーから距離をとり、肘を引いて切っ先を水平に向ける。
あれは神速突きの構えかな。昔アルファに見せてもらったっけ。
「貴様のコケ脅し魔術などが誘惑であるはずがない。あの禁術は、複数の魔術師が手を組んでようやく行使できる代物なのだ! おとなしく少女を渡さないのなら結構、ここで果てるがよい。その足で始祖の一族を手にするだけだ」
「本気で言ってるらしいな」
「死ねぃ!」
早い。無駄のない踏み込みから流れるように貫く。単純にして最速、だっけ? そんなこと言ってた気がする。
思わず飛び出してしまいそうになったけど、当のシルバーは一歩も動かず、素手で刃先を受け流していた。
え?
体勢が崩れたレクサスは無防備を晒している。あまりにも鮮やかで、本人も何をされたのかわからないみたいだ。ボクだって目を疑ったもん……。
「な、なんだ今のは」
「……」
「く、なんなのだ。いったいなんなのだ貴様は!!」
無言で無表情。いつもと違うシルバーが、少しだけ怖かった。
レクサスは踏み込み、咆哮から無数の斬撃を放つ。あの男がそこそこの武芸者なのは疑いようがない。明らかに場数を踏んでいることは剣筋が証明してる。けど、シルバーにはかすりもしなかった。
一歩、また一歩と下がるだけで斬撃をかわして、ここからでもわかるほどレクサスの顔を激しく歪ませた。そして壁際に追い込まれたシルバーが動きを止めた瞬間、流れるように銀の剣が水平を向ける。
……うまい。シルバーの底知れなさに怯えながらも、退路を封じる動きは称賛ものだ。
これはかわせない。
「おおおおお!!」
「……」
文字通り神速の一撃。
心臓を狙った刃先にはシルバーの指先が添えられ、それが自然であるかのように岩壁へと突き刺さった。
ちゃんと見ていたボクだからこそ、あれがどれだけ信じがたい技術であるかを理解できる。きっと、アルファでもあれは無理だ。
レクサスがたたらを踏むように態勢を崩して、突き刺さった剣を抜こうとするけど抜けてこない。その様子を無表情で見ていたシルバーがゆっくりと動き出した。
思わず息を飲んで身構えると、森の神がボクの服を握って見つめてる。
わかる。シルバーが何をするのか、まったく予想できないから。
それは、見たこともない踏み込みだった。
ドンッ!! と轟音と地鳴りが響き渡り、シルバーの足元が陥没して亀裂が入った。そして、全体重を肘と掌底に乗せて解き放つ。
「羅刹掌」
レクサスの体が岩壁へと叩きつけられ、全身の骨が砕ける音がここまで聞こえてきた。