神の苗床
「ディーネ。そろそろアサガオちゃんに事情を話してみないか?」
「……はい。あの、森の神さま! 実は――」
必死な表情のディーネに対し、アサガオちゃんは食いながらも話を聞いてくれるようだ。ここからはアサガオちゃん次第。俺は何も言わず、静かに見守ろう。
ただ、耳元でムッチャムッチャと咀嚼音がして会話に集中できない。
「――ディーネは、なにもできなくて」
「……う~」
アサガオちゃんの糸目が悲しそうに垂れ下がる。同情しているのだろうか?
テシテシと俺を叩き、なんとかしてやれみたいな非難の視線を送られた。
は?
「俺にどうこうできるわけないでしょ。なんで俺に言うの……」
「う!」
「いやできないから……だからアサガオちゃんのところにきたんだろ?」
「うー!!」
「卑怯者ってなんだよ。見捨ててないから連れてきたんだって!」
もちろん何を言ってるのかはわからない。でも確実に俺を冷たい男だの、卑劣漢だのと罵っているのは間違いなかった。この糸目は絶対にそう言ってる(確信)。
「そうじゃなくて、君ならアレができるだろ? ほら、種を作るやつ」
「……う?」
「魔力を繋げる種だよ。体に寄生させて作るアレだよアレ」
「う!」
ようやく俺の意思が伝わったらしい。
遂に原作のタイトルにも関連する、最も偉大なる神の御業。それが今、目の前で行われようとしている。
空に掲げたアサガオちゃんの手から、にょろにょろとツルのような触手が伸びていった。そして、ディーネの元へは向かわず、俺の耳にズブリと突き刺さった。
違う、俺じゃない。
「ぬふぅ……。刺す相手を間違ってるぞ? ディーネと妹さんを共有させてあげないとダメなんだ」
「う?」
「そう。俺じゃなくて、ディーネと妹さんな?」
「うー」
どうやらわかってくれたらしい。今度は逆の手から伸びたツルが、ディーネの手を優しく包み込む。そして、ゆっくりとあらわになった手のひらから若葉が生まれ、ポトリと一粒の種を生み出した。
――エルテンシード。
これこそ、アサガオちゃんだけが生み出せる奇跡の種。
元々は腐敗した森を正常化するため、遠くから魔力を送り込む支点となる木を生み出す術だ。それを応用したのがこの種で、二つの魔力と命を繋げることができる。
あとは、この種を妹さんに飲ませれば任務完了だ。
だが、一つ解せないことがある。
ディーネは手を包まれただけなのに対し、俺は耳を刺された。なにゆえでござろうか。
「あの、これは?」
「エルテンシードだ。それを妹さんに飲ませれば、魔力を肩代わりしてあげられるんだ。よかったなディーネ」
「シルバー……。神さま……。ほんとに、ありがとうございます!!」
「う!」
「でも誤解しちゃだめだぞ? アサガオちゃんは誰でも救ってくれるわけじゃない。感謝を忘れれば、天罰を下す自然の権化だ。俺も敬う気持ちを忘れないように心がけてる」
「はい! ディーネは、今日この日を永遠に忘れませんゴブ!」
テシテシと頬を叩いてくるアサガオちゃんも、どこか嬉しそう。
泣きじゃくるディーネをあやしながら、先ほどと同じようにロープで体を固定。これで里へ向かう準備はできた。
あとは頭にいるアサガオちゃんが降りてくれればいいんだが。とりあえず耳から触手を抜いてくれないだろうか。
「アサガオちゃん。バナナあげるから俺の耳穴をいじくるのやめてくんない?」
「う」
「これからディーネを里まで送っていくんだ。妹さんがかなり危険な状態らしい」
「うー」
「は? トマトが食べたい? また来週買ってきてあげるから……」
「うー!!」
「わがまま言ってもないものはないの。我慢しなさい」
「うー! うー!!」
「その、うーうーって言うのやめなさい!!」
「……普通に会話してるゴブ」
なにがトマトだ。ナメック星人みたいな色しやがって。
もう知るか、勝手にすりゃいい。どうせ御しきれる相手じゃない。
それに、なんとか夜明け前には終わらせたいんだ……。
これはあくまで予想だが、ゴブリン族の連中がディーネの説明を受けたとして、俺を認めるとは到底思えない。特にオスゴブリンなんてアレだぞ? 筋肉がコスプレしてるようなもんだ。話し合いにもならないと考えた方がいい。だからこそ、誰とも会わずに送り届けるべきなんだ。
それと、アサガオちゃんもなぁ……トマト食ってさっさと帰ってほしいが、村に居着いたりしないだろうな。それだけは本当にやめて。原作が壊れるから。
――ついに母様が倒れてしまった。
あと、どれくらいもつかな? 今日はいつもより、ちょっとだけ息が苦しい。
「全部、フィーネのせいだ」
みんなが集めてくれた魔石も、これで最後。
どれだけ自分はみんなを不幸にしてしまうんだろう……。
姉さまが一人で里を出たのもフィーネのせい。母さまが疲労で倒れたのも、全部。
「フィーネ様! お気を確かに!」
「ねぇクーちゃん。姉さまに、会いたいよ」
「すぐに会えますから! もうじきお戻りになられます。絶対に!」
「そう……だね……」
もうすぐ夜が明けそう。
でも、朝日を見ることはできないと思う。自分のことだから、それくらいわかる。
謝りたい、みんなに……。
「クーちゃん、ごめんね?」
「ぐぅッ!! 謝らないで、ください!! 貴女様はなにも悪くないのです!」
やさしいクーちゃんはフィーネの大親友。小さいころからずっと一緒だった。
姉さまと三人で遊んで、三人で勉強して、いつも守ってくれた。いつか恩返しするつもりだったのに、自分は姉さまとクーちゃんを泣かせてばかりだ。
家の外が騒がしくなった。また魔獣の襲撃かな?
最後くらい、役に立ちたいのに。
「フィーネ様? 動いてはなりません!」
「クーちゃん。姉さまに、伝えてほしいことがあるんだ」
「い、嫌です。それはご自分で――」
勢いよく部屋の扉が開き、驚いて視線を向けた。
そこには息を切らせた姉さまがいて、最後に会えたことで涙が止まらなかった。
「姉さま……」
「フィーネ。クー。ただいまゴブー!」
「あぁ……ディーネ様。よくお戻りくださいました……」
よかった……姉さまの腕の中で眠れるんだ……。
ありがとう姉さま。大好――ッ!?
「オゴォアッ!!」
「飲めゴブ」
「……ディーネ様? い、い、いったい何を!?」
「くるし――オゴォ!?」
「戻すな。水で流せゴブ」
い、いしきが……さい、ご……に……。
生きている? どうしてかわからないけど、自分は確かに生きていた。
どれくらい気を失っていたんだろう?
ベッドから起き上がると、母さまが嬉しそうに抱きしめてくれた。
「あぁフィーネ。よかった……!」
「母さま。あの、フィーネはいったい……」
「もう大丈夫です。心配はいりませんよ?」
母様の三つ編みが頬に触れてくすぐったい。それに、なんでだろう? 体が痛くない……? すんなり動ける。
そうだ! 姉さま……はそこにいた。すっごいドヤ顔してる。
「おはようだゴブー!」
「お、おはよう姉さま。えと、さっきフィーネになにをしたの?」
「種を飲ませたゴブ」
「たね?」
「うん。種は種でも、神さまの種だゴブ」
「本当よ。ディーネはね、森の神さまに種を頂いたそうなの」
「神さまに……」
詳しく聞いてみたら、姉さまの話はとんでもなかった。
魔晶石のため、遺跡に入ったらリッチに殺されかけた。でも、シルバーさまっていう神の化身が現れて、たった一撃でリッチを消し飛ばしたみたい。
リッチを一撃で消滅させるなんて、この里でも母さま以外できないと思う。
シルバーさまは姉さまを庇護しただけじゃなく、大森林の神さまにも引き合わせてくださったって。ちょっと信じられないけど、こうして自分が生きているのがなによりの証拠だ。
あんなに体中を暴れまわっていた魔力が、姉さまと自分を繋げてゆるやかに流れてる。
そっか……これからは、ちゃんとみんなに恩返しができるんだ!
「それに、シルバーはずっとおんぶしてここまで連れてきてくれたゴブ」
「……村から大森林の湖まで行き、さらにここまで止まらずにきたと? それも、一度も休まずにあなたをおぶって?」
「はいゴブ」
「シルバーさまってすごいね! やっぱり神さまの化身だよ!」
「本人は慎ましい稼ぎの探索者って言ってたゴブ」
「ディーネ、よくお聞きなさい。慎ましいというのは、うだつの上がらない無能を指す隠語なのです。きっと足も異常に臭いのでしょうね。なれば、シルバー様が慎ましいなどあるはずがない。そうでしょう?」
「は、はい。清潔でしたゴブ」
「当然です」
ピンと立った母さまの犬耳が大きく揺れている。
ふーん。うだつの上がらない人は足が臭いのかぁ。
「姉さま。みんなに感謝をお伝えしたら、シルバーさまと森の神さまにお礼したいです」
「もちろん母である私も同行しましょう。ディーネ、道案内は任せましたよ」
「……ぇと……」
「なんです?」
「……その、内緒にしろって……シルバーに言われてますゴブ」
「ほう? 娘たちを救い、手を差し伸べて頂いた神々に対し、我が一族は恩知らずの恥さらしになってもよいと?」
「ち、違いますゴブ! そうじゃなくて、えと……」
シルバーさまは種族間の争いを憂慮なされている。母さまはそう言った。
でも、お礼もしないような犬耳族を神さまがお許しになるかな? 自分だったらあきれて二度と助けてあげないと思うんだ。
うれしかったら、ありがとうを言う。それが当たり前だよね。
「とにかく落ち着きなさい。シルバー様がただの人族でないことは明らかです。休むことなく森と山を走破するなどありえない。であれば、フィーネの言う神の化身であられる可能性も高いと思われます」
「きっとそうだよ姉さま!」
「そうなのかな……」
「その上で正直に申しましょう。神であろうとなかろうと、心からの礼を尽くせるのならどうでもよいのです。私の大切な子らを救ってくださった方々……この身を捧げようと足りぬご慈悲を頂いたのですから」
「母さま……」
「母上さま……」
えるてんしーど? が救ってくれたのは自分だけじゃなかった。
魔力の少なさに悩んでいた姉さまも救ってくれたから。
魔力制御に関しては母さま以上の姉さまが魔力を持つ。それって、歴代最高の魔術師が生まれたようなものなんだ! 大っ嫌いだった自分の魔力が、姉さまの役に立てる……そう思うだけで幸せが怖くなるよ。
ありがとう。未来をくれた神さま。いつか、ちゃんとお礼をさせてください。