歩く爆弾
嫌な予感しかしない……。
面倒事は避けたいが、新参者にはそれが難しい。変に悪目立ちしたり、孤立化を避けるためにはご機嫌取りが必要になるもの。かといって安請け合いしすぎると、便利屋としてこき使われてしまう。
世界は変われど、最も面倒なのが人付き合いとは皮肉な話だ。
「おはようシルバー君! さっそくですまないが、どうか力を貸してほしい」
「……おはようございます。便所掃除ですか? 給料出るならやりますけど?」
「いやいやいや、それは私がやっておくとも。今回は子供の救出のため、遺跡に向かってほしいのだ。それも大至急」
「子供? 子供が遺跡に入ったんですか?」
「そう、そうなのだよ! 今すぐ助けに向かってくれるね? うん、ありがとう!! よぉし、私は仕事があるから――」
「組合長、とりあえず座って詳しい話を聞かせてください」
「受付は私が済ませておくから安心して向かってほしい。では――」
「組合長。座ってください」
「今は一刻を争う事態だ! くれぐれも頼んだよシルバー君。では――」
「組合長、座れ」
「はい」
組合長の様子が明らかにおかしい。テカる頭頂部から滝のような汗が噴き出し、焦りや怯えの感情がこちらまで伝わってくるようだ。
……心から帰りたいが、とりあえず話だけは聞いてみるか。
「組合長。大事なことですから、簡潔に、嘘偽りなくお答えください」
「……はい」
「子供の人数は?」
「ひ、一人だった!」
「どんな服装でした?」
「え、あ、緑。そう、緑色のローブを着ていた」
「その子が遺跡に入ったのはいつ頃です?」
「…………さ、先ほど」
「数分前ですか? ならすぐに捕まりますね」
「あ、だがえらい素早い身のこなしだった! もう二階まで行ってるやもしれん」
「……子供が、一人で、地下二階に? それ、本気で言ってます?」
「う、うむ。その、身のこなしがね……すごかったから……」
ほーん。数分で広大な地下一階を踏破するほど、身のこなしが凄い子供ね。
あほくさ。んな子供がいてたまるか。
問題はどうしてそんな嘘を吐く必要があったのかってことだ。単純に考えれば、貴族関係とかになりそうだが……これって二階まで探しに行けってことだよな?
子供が一人で行けるわけないのに? さっぱり話が見えてこないな。
「ちなみにですが、他の人はどちらに?」
「……村の近くに魔獣が現れてね、みんなそちらに駆り出されてしまった。だから君が来てくれて助かったよ! うん!」
総出で立ち向かうような魔獣が出たとすれば、騒ぎになっていない時点でこれも嘘。だとすれば、余計に理由がわからなくなる。
しかもこの状況、組合は俺に全ての責任を押し付けてやり過ごすつもりか? 子供だから死ぬ可能性の方が高い。ならよそ者を生贄に保身へと走るのは珍しくもないわな。
そして、俺がここで活動したければ断ることができない状況ってことか?
……別にいいけどよ。最悪、国外でも生きていくだけなら問題ない。
「……わかりました。とりあえず、すぐに向かいます」
「お、おお! 本当にありがとう!」
「ただし。嘘が一つでもあった場合や、すでに亡くなっている場合もそうですが、全て組合長に責任を取ってもらいます。逃げないでくださいね? アンタがここで待っていなければ、地の果てまで追いつめて殺しますんで」
「は……はッ!?」
……本当なら原作開始後もここに住む予定だったのに、これは想定外だ。
できる限り抵抗はしてみるが、底辺を虫けら扱いしている国の連中が、事実関係をきちんと捜査してくれるはずがない。どうせ免罪などお構いなしに処罰するのもわかりきっている。
俺にできることは、子供が無事であることを祈り、最速で救助に向かうことだけだ。
――始まりの遺跡。
入口は大理石のような岩に囲まれ、鎌首をもたげるように探索者を誘う。
その実態は、大昔に作られた地下墓であり、作中でチュートリアルに使用される最初のダンジョンでもある。主人公はここで戦い方を学び、世界へと飛び立っていくのだ。
構造は単純で危険な罠もない。しかし、地下墓特有の無限復活するアンデッドに心を折られたライトユーザーは少なくない。
地下一階はアクションに慣れれば初心者でも難なく進める。だが二階からは難易度が上昇し、三階以降は物語中盤クラスのアンデッドが配置された歪なダンジョン。
構造は全六階層。これは作品全体のメタ要素になってしまうが、低レベルであっても一撃死は少ない。回復の隙を与えない怒涛の追撃で殺しにくるだけだ。
「骨の残骸? 戦える子供だっていうのか……」
光源となるヒカリゴケが生い茂る自然の要塞。薄暗く照らされた石の通路に、スケルトンの残骸がそこらじゅうに散らばっていた。
そして、この一撃で砕かれたような広がり方は鈍器による打撃。少なくとも、そこらの探索者以上の力はあるようだ。
しかしわからない……遺跡なんて魔石しか手に入らないのに、ローブなんて上等なもん着ている子供が命がけで取りにくるかね? どうも腑に落ちないな。
幸運にも足取りを追うのは簡単だった。ご丁寧に全てのスケルトンを粉砕しながら下層へと向かっており、地下二階に到達してもそれは同じだった。
――しかし。
「……まぁ、そうなるよな」
地下二階の中央広場は、たくさんの棺桶が並ぶ集団墓地となっている。そこには初見殺しと名高い厄介なアンデッドが待ち構えており、多くの探索者が命を落とす場所としても有名だ。
――リッチ。
様々な魔術を行使する不死身のアンデッド。ボロボロのマントをなびかせ、浮遊しながらどこまでも追ってくる下半身のないガイコツ。周囲にスケルトンを召喚することもあり、倒しても一定時間で復活する嫌がらせの塊だ。
基本は魔術を放ちながら接近し、眠りの杖で殴ってくる。盾でガードすれば眠りの効果が蓄積するため、盾受けではなく、完全に回避しなくてはならない。
リッチに殺された探索者は数知れず。ゲートキーパーの如く猛威を振るっている。
でだ、本来ここにいるはずのリッチやスケルトンが見当たらない。周辺に骨の残骸もないことから、戦わずにスルーしようとしたらしい。
俺はとにかく走るしかなかった。やがて分かれ道が近づくにつれ、薄っすらと聞こえてきた戦闘音に思わずガッツポーズをしてしまう。まだ生きていてくれたか。
「もうちょい頑張れッ!」
容赦ないリッチの猛攻に対し、子供は息も絶え絶えに杖を振るっていた。
疲労と眠気に苦しみ、おぼつかない足取りで必死に戦っているのがわかる。
「どっせーい!!」
毎日欠かさずに鍛え上げた俺の体当たりは絶対に裏切らない。ベキベキと骨を粉砕しながら、リッチの巨体を壁に叩きつけることに成功。そして流れるように子供を回収することができた。
我ながら鮮やかすぎるな。
「ぜぇ、ぜぇ、は、はぁ……」
「よく頑張った。もう大丈夫だ!」
「はぁ。はぁ……ぁ……」
限界だったのだろう。乱れた呼吸が落ち着くと、そのまま眠りについたようだ。
だがもう大丈夫。あとはリッチが復活する前に脱出するだけ。
実のところ、半分諦めていた俺もホッとしている。
同時に湧き上がるのは、この子を一人で行かせた組合長たちへの不満だった。実際の状況を知らない俺がどうこう言える立場にはないが、今回ばかりは締め上げる必要があると思うんだ。
一人ぼっちでかわいそうに……。
そう思い、走りながら子供の寝顔を確認すると――
「……ん? ッ!?」
子供の頭に生えている犬耳を見た瞬間、血の気が引いていく。
あぁ……なるほど。組合に誰もいなかった理由がわかってしまった。
助けた少女は、淡い褐色肌のゴブリン族だったのだ。
――ゴブリン族
いわゆる獣人たちの総称。特徴は頭の耳と尻尾。犬、猫、兎といった様々な種族形態を持ち、人族と比べて身体力や瞬発力に優れている。
人族とは長い争いの歴史があり、中でも始祖の血を引く王族が絡むと全面戦争に発展することも多い。毎度のように互いの国や集落が滅ぶような争いを繰り返しているのだ。
各地の集落は始祖の血を引く者が率いており、特徴として褐色の肌を持つという。
作中でもランダムな高難易度イベントに登場し、歩く爆弾と呼ばれた。
原作開始前だってのに、どうしてこんなことに……。
救出が無事に成功し、外の日差しに包まれても気分は最悪だった。
「……ただいま戻りました」
「おお! おおシルバー君! 彼女は? 生きてるのかね!?」
「眠っているだけです。あ、エクレアさん。一杯もらえますか」
「は、はいすぐに!」
受付を担当しているエクレアさんが戻っていたらしい。普段はビシッとしたクールな金髪メガネ女子なんだが、この人も逃げたんだよなぁ。
「組合長、お話があります。とりあえず座ってください」
「シルバー君、よくやってくれた! 私もちゃんと待っていただろう? だから殺さないでくれるね? うん、ありがとう。んん? おっともうこんな時間か、先ほど王都に召喚されてしまったから。いやー忙しい忙しい!」
「組合長。座ってください」
「すまないが時間がないのだよ。ではシルバー君、後は頼ん――」
「座れ」
「……はい」
往生際の悪いデコ助野郎だ。デコを鏡面磨きにして太陽光パネルにしてやろうかとさえ思ってしまう。
一先ず少女を降ろしたかったのだが、服にしがみついて離してくれない……。
エールを持ったエクレアさんから、懐かれてますねと囁かれた挙句、去り際にウィンクされて殺意が湧いてくる。キレそう。
「俺の言いたいことはわかりますよね。組合長はどうされるおつもりで?」
「……え? ま、ままま待ってほしい……すでに状況は私の裁量権を越えているのだ。君にだってわかるだろう? ね? ね?」
「嘘吐いてまで俺を向かわせたのはともかく、彼女に万が一があったらこの村は消えてましたよ? そこはわかってます?」
「わかっている! わかっているとも! けど、その子が遺跡に入ったら皆逃げたんだもん……私だってどうしようもなかったんだもん!!」
「もん言うなうっとおしい!」
おっさんの涙は薄汚い。
いつもの生ぬるいエールが、余計に不味く感じた。