鬼殺し
魔力を巧みに操作し、男たちの足を確実に射貫いたディーネの水槍。
いくら高所からとはいえ、生い茂る木々を避けて命中させるのは至難の業だ。
あれがどれだけ難しいかは、一般的な探索者を見ていた俺だからこそよくわかる。こんな曲芸ができるのなら、すぐに国からお呼びがかかって重用されるレベルだ。
それも、多重展開した魔術を個別に操っていたように見えた。どんな頭の構造をしていればそんなことができるんだか。
すぐにフードを被せて耳を隠してやった。勘のいいオズには避けられてしまったため、こうなっては奴を始末するか、撤退まで追い込むしかなくなった。
なのに少しだけ、ホッとした気分なのはどうしてだろうな。
「……勝手なことして、ごめんなさい」
「いや、別に誇りや矜持を曲げろだなんて言うつもりはない。後は俺がサポートするから、フードだけは脱げないように気をつけるんだぞ?」
「うん!」
「救助を最優先とする。危険と判断したら撤退するから、そこだけは言うことを聞いてくれ」
「はいですゴブ!」
最短距離を滑るように降りていき、太い木々を利用して隠れながら接近する。
手前でアイコンタクトを取りつつ、勢いのまま二人との合流を図った。
「ぐあああ!! なんだこれは!?」
「魔術だと? どっから撃ってきやがったんだ」
「……状況は?」
「ほぼ全員が足をやられました。ちくしょう!」
オズたちは未だに混乱している。
敵性反応を感知したらしい俺の体が、機械的な動きに切り替わった。この変化がもたらす恩恵は多岐にわたり、その一つに投擲能力が向上するという点がある。
ナイフを投げれば百発百中。歩いていようが走っていようが、狙ったポイントに確実に放つことができてしまうというもの。
ゲームなら当然のような能力かもしれないが、現実での価値は計り知れない。
「ッ! 先にジークをやれ!」
「了解です」
側面いた男が、足を庇いながらジークに向かってナイフを投げた。
その正確性に若干の驚きはあったものの、俺の投擲能力は彼らの技術とは一線を画している。たとえばこんな風に――
「!? ナイフが防がれた。また魔術か」
「いや、違うな……」
――ナイフにナイフを当てることさえ可能にしてくれる。
金属同士がぶつかる音に反応したのか、オズの視線が俺を捉えていた。
隣に並んだジークが目を見開いて動揺しているが、問答無用で回復薬を手渡す。
周囲への警戒はそのままに、遅れずについてきたディーネの姿に頼もしさを感じていた。
さすがは犬耳族だ。子供であっても基本的な運動能力は高い。
「あなたはいったい……」
「話は後だ。それは回復薬だから早く飲んでくれ」
「あ、ありがとうございます!」
ジークの顔が安堵に包まれる。今は問答している場合ではないと、回復薬を飲み干した彼の目は輝きを取り戻していた。
当然、その様子が気に入らないのはオズだ。苦虫どころか、親の仇を見るような表情で睨んでいる。
「……今のは、テメェらの仕業か。誰の邪魔をしたかわかってんだろうな?」
「国の上層部と仲のいいオズ君。今日もつまらない仕事に精を出していたみたいだな」
「ハッ! なるほど……俺の仕事も理解してるってわけか」
オズは組合に所属している上位の冒険者だ。国の権力者からの信頼も厚く、個人で傭兵部隊を持つくらいには人望もある。さらには手を汚すことをいとわず、汚い仕事も金次第で請け負っていた。だから一部ではありがたい存在でもあるのだろう。
「隊長」
「お前らは落ち着けや……。なぁそこの兄ちゃん、俺はその女に用があるだけだ。テメェが誰の命令で動いてんのかは聞かねぇ。ここは取引といこうぜ」
「悪いなオズ君」
軽くディーネに目配せをする。俺の意図を理解した彼女が、一瞬で水の槍を多重展開してくれた。
笑えるほどの高速詠唱と魔力制御だな。
静かに佇む水の槍を前に、男たちの息を飲む音が聞こえてきそうだった。
「話し合いをする気はねぇってか?」
「ここで死ぬか、お仕事を諦めて帰るか。好きな方を選んでくれ」
「あ? 雑魚が図に乗ってんじゃねぇぞコラァ!!」
プッツンしたらしいオズの巨体が迫ってくる。
ディーネたちから離れるため、俺も接近しながら鉄の剣と盾を取り出して攻撃に備えた。どちらも安物で、オズの攻撃を防げるようなものではないが、今回はこれでいい。
「ドタマかち割ってやるよ!!」
頭上に掲げた鬼崩しが、まるで死神のカマが如く振り下ろされた。
盾を構えて受け止めた瞬間、地竜の突進に匹敵するレベルの衝撃が俺を後方へとはじき飛ばした。
わかっていたことだが、やはりとんでもない怪力だ……。
受け止めた鉄の盾が一発で変形しており、話にもならない現実を物語っていた。
「今ので俺には勝てねぇってわかったよなァ? 跪いて命乞いしとけ。楽に死なせてやるからよ」
「…………」
「……気に入らねぇ目をしてやがるな。俺を下に見てんじゃ、ねーぞコラァ!!」
いつも思う。よく喋りながら戦えるなぁと。
俺には喋る余裕なんてどこにもない。どんなに自信があっても下に見ないし、手を抜けるほど強くもない。ましてやここは現実だ。もう原作がどうだとか言うつもりもないし、必要なら汚い手も躊躇なく使わせてもらう。
振り下ろされた斧を回避、右なぎ払いを盾受け、斜め振り下ろしを回避。
なじみ深いオズによる一つ一つ動作が、モニター越しに練習していた当時の感覚を呼び起こしてくれる。
やはり、全てが同じというわけではないみたいだ。
今のところ直撃はないが、かすり傷や盾受けによるダメージはどうしても防ぎきれなかった。
「雑魚の分際で粘りやがるぜ。でも自分の盾を見てみろよ? もう限界じゃねぇか」
「…………」
「ッ!? しれっと新しい盾を出してんじゃねぇぞオイ!! もう許さねぇ!」
来るか、オズの鬼殺しが。
肩に担いだ斧から、陽炎のような魔力の揺らぎが見える。
そして、大きな跳躍から振り下ろされた斧が、爆発的な衝撃波を生み出して大地を削った。
まるで突風だった。後方へのステップ回避、さらに盾受けしたにもかかわらず、体ごと吹き飛ばされて木に叩きつけられてしまった。たぶん、直撃なら間違いなく瀕死に追いやられていた。
広範囲に抉られた地面が、鬼殺しの破壊力を物語っている。
にやりと笑ったオズの後方。大剣を振り上げたジークの姿を見て回復薬を飲んだ。
「んな!? テメェは!」
「ッ、しくじったか」
「クソ、全員やられちまったのか」
「あとはお前だけだ。逃げられると思うなよ」
「ハッ! 雑魚が粋がんなよオイ。だがまぁ、あの魔術師だけは厄介みてぇだがな」
予定通り、余分な奴らは処理してくれたか。なら――
「合わせろジーク」
「え……は、はい!」
「なんだァ?」
――攻守交替させてもらおう。
全力で捨て身のように接近し、得意の踏み込みで地面を震わせる。
わずかに怯んだオズにシールドバッシュを叩き込み、状態を大きく反らせることができた。
その隙をジークは見逃さない。オズはなぎ払われた大剣をかわしきれず、プレートアーマーの肩口が破損して吹き飛ばされていた。
「くっ!! テメェ……手を抜いてやがったのか!」
「……」
俺のやるべき仕事は一つだけ。
俺には倒せないのだから、ひたすら至近距離で妨害すればいい。
踏み込みからのバッシュでオズの行動を制限し、ジークとリンデの連携に望みを託す。離れようとするならディーネからの追撃だ。
即席ではあるが、相談もせずに形になっているのだから及第点だろう。
「ガァッ! ク、クソッタレがァ!!」
「煙幕だと!?」
「ジークは彼女を守れ」
「はい!」
煙幕の方向へナイフを投げつつ、ディーネの前に移動して身構える。
おそらく逃げた。けど、こちらも動けない。
仲間がいると、こうなるのは仕方のないことだ。
そして今、自分自身に驚いたことがある。
俺はディーネを守ろうと自然に動いていた。考える間も、オズの動向を予測する前から勝手に動いていたんだ。
それほどまでディーネの存在が俺の中に定着しているのだろうか?
前世の愛犬、ミミちゃんの愛くるしい姿を鮮明に思い出していた。
「逃げられたゴブ……」
「ディーネ、ケガはないか?」
「うん。シルバーは?」
「問題な――待て、フードはそのまま」
「あ、はいですゴブ!」
抱き着いてきたディーネを撫でていると、疲れ果てた顔のジークがこちらに歩いてくるのが目に入った。
ふぅ……なんとか、みんな無事に乗り切れたみたいだ。