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エルテンリンク  作者: だっくす憤怒
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埋まりゆく外堀






 ――地竜が子供たちの人気者になった。

 何を言っているのかわからないだろうが、俺にもわからない。


 意思疎通ができるようになったフィーネちゃんのおかげで、地竜が悪意ある者に利用されていた可能性が浮上してきた。



「地竜は罠肉を食わされたってことか?」

「はいシルバーさま。置いてあったお肉を食べたら、巣穴を壊してしまうほど暴れたみたいです」

「肉に毒が入ってたゴブ?」

「うん。だぶんそうだと思う……」

「でも、そんな毒があるなんて聞いたことがない。やっぱり地竜の言うことを真に受けるのは……」

「う~?」

「違う違う、アサガオちゃんを疑うわけじゃないんだ。ただ、もしもの時は本当に頼むからな?」

「う!」



 魔獣による里への襲撃そのものが、誰かの悪意によって操作されたのかもしれないということだ。レクセンの件を考えればありえない話ではないが、地竜が保身のために嘘を吐いた可能性もある。


 子供たちに囲まれ、喉を鳴らしている巨体を見上げてため息を吐く。


 現在は、噴水のある里の中央広場にすっぽりと収まっているわけだが、既に受け入れられつつある現状に頭痛がしてくる……。


 何とも言えない複雑な気分のまま、姉妹と広場のベンチに座り、最終的な処遇について話し合っていた。


 ちなみにだが、俺はまだ処分すべきという意見を曲げていない。


 里には地竜との戦い方を知る者がいないのだ。慣れれば脅威ではないが、それまでに犠牲が出るのは火を見るよりも明らかじゃないか。


 やっぱり、今すぐ解体してブーツにすべきだよなぁ?



「うー」

「悪いけど、エリーゼさんから指輪まで預かった者として容認したくはない。こいつが暴れ出したら犠牲になるのは里のゴブリンたちだ。とりあえず様子を見るなんてのは無責任が過ぎるだろ?」

「う~?」

「……アサガオちゃんは信じているよ。でもな? こいつがロゼを煽ったのが、罠肉を食う前か、後なのかを知る方法すらないんだ。騙された俺たちを見て腹ん中で嗤っているかもしれない。今回の判断はちょっと軽率だとお兄さんは思うなぁ」

「シルバーは中身がおじさんっぽいゴブ。お兄さんは苦しいゴブ」

「……姉さま」



 エリーゼさんは犬耳族を率いる里長、つまりはディーネのお母さんだな。


 黒いロングドレスに銀の三つ編み。スラリとした長い脚の長身で、なんとなく魔術が得意そうな印象を受けた。なにより、目を引く大きなおっぱいが姉妹の輝く未来を暗示している。今も美しいが、独身時代はさぞおモテになったことだろう。


 そしてもう一人、隣に座っているツインテールの子がフィーネちゃん。

 体格はディーネよりも小さく、対となるような赤いローブを着ている。年齢は十一歳で、ディーネとは二歳ほど離れているそうだ。


 性格は、俺の膝でおじさん扱いしてくる図太い姉とは正反対に感じた。

 でも地竜の意思確認を自分から願い出た芯の強さを考えると、我の強さは姉と変わらないのかもしれない。



「とにかく、地竜を飼うなんてとてもじゃないが賛成できない。却下だ」

「う~?」

「ダメ。確かに里の防衛力の強化とか、よそへの影響力といったメリットはあるだろうさ。だがそれ以上にデメリットが多すぎる。世話を誰がするの? 俺は手伝ってあげられないんだ」

「うー!」

「うんちだけじゃないの! お散歩はどうする? こんなのとジョギングしたら里が壊滅するぞ。やっぱりここは心を鬼にしてブ――素材にしちゃおう。な?」

「シルバーは村で防具屋のお爺さんに言ってたゴブ。いい皮が手に入るから、靴を作る準備しておいてくれって。やっぱりあれは地竜のことだったゴブ」

「お前はいい子だから黙っていなさい」



 あのジジイ、最高峰の素材を持ってきたら安くしてやるって言ったんだもん……だから久々に調子に乗って言っちゃった。天国で待っている婆さんに土産話を増やしてやるよって。


 嘘つきにはなりたくないでござる。



「あの、シルバーさま!」

「ん、なんだい?」

「もう少しだけ、お時間をくださいませんか?」

「……理由を聞いてもいい?」

「は、はい。どうしてもあの子が嘘を吐いているとは思えなくて。それに、フィーネがお役に立てるのは今だって気がしたんです!」

「…………」

「シルバーさま。きっとお役に立ってみせます。あの子が受け入れられるように、フィーネはがんばります! ですから……」

「……そっか」



 ディーネを隣に座らせ、不安そうな姉妹に小さく頷いて見せた。

 すると、パァッと明るくなった二人の表情に思わず苦笑が漏れてしまう。本当に姉妹そろって手のかかる子たちだ。


 そうだよな……頭の固い俺みたいな大人が正しいとは限らない。フィーネちゃんの感じた予感が、いつか悪意から里を守るきっかけになるかもしれないんだ。


 慰めるようにテシテシするアサガオちゃんを肩に乗せ、地竜を眺めつつ気持ちを整理することにした。


 こいつを野放しにするには勇気がいるなぁ……。



「……キューン」

「ッ!?」



 地竜を生かしておけば俺のためになる。あの時、耳元でアサガオちゃんはそう言った。

 理由も根拠もわからない。それでも、森の神と呼ばれる彼女が俺のことを考えた上で言ってくれた言葉だ。その気持ちは大事にしてあげたいと心から思っている。


 でもキューン? 地竜がキューンだぁ? 

 やっぱりこの地竜は策士だ。たった今確信を得たぞ!


 地竜が子犬みたいにキューンなんて鳴くわけねーだろバカが! ふざけたぶりっ子野郎だ。こいつは生き残るためならプライドを捨てられる。俺の懸念したとおり猫を被ってやがったんだ。


 すまないロゼ。さっそくお前の名前を貸してもらうぞ。



「お前の解体は見送ることにした。助命を願ってくれたフィーネに感謝するんだな」

「……キュウ」

「念のために伝えておこう。この里はアストラの後継者たるローゼリア殿下のお膝元にある。その意味はわかるな?」

「グル!?」

「俺はフィーネと約束した以上、お前が猫を被ろうが演技しようが大目に見よう。だが、里にわずかでも被害を与えた時は、あらゆる手段を持って生まれたことを後悔させる」

「キュウ! キューン!!」

「忘れるな。お前をずっと見ているぞ」



 本音は今すぐに殺すべきだとは思っているが、約束は守る。

 もう本性を隠したままでいいから、従順なフリを続けていろ。そうすれば見逃してやる。


 地竜は泣きながらアゴを地面にこすりつけて同意を示しているが、俺は内心の不安を隠すことで精一杯だった。


 近くのゴブリンたちも俺のしつこさにドン引きして後ずさりしている。

 おまけにディーネとフィーネちゃんまで誤解したのか、震えながら俺の手を握ってきた。



「シルバー……そんなに怒らないで……」

「しつこく言ってすまないな。でも怒ってはいないんだ」

「ほ、ほ、ほんとう、ですか? フィーネが生意気なことを言ったから――」

「いやいや。俺はほら、地竜を信じてやる勇気が足りないだけなんだ。弱虫だからね」



 一人で警戒して浮いてしまったのが少しだけ恥ずかしい。

 そこへ、カツカツとやってきたエリーゼさんが注目を集めるように右手を掲げた


 

「皆、シルバー様のお言葉を聞きましたね? お祭り気分で浮かれている場合ではありません。私たちはアサガオ様。ローゼリア様。そしてシルバー様のご加護に報いるべく、いついかなる時も精進を忘れてはならない」

「は!!」

「私たち犬耳族はお三方の意思に従い、末代まで忠誠を捧げることを肝に銘じよ」

「はッ!!」



 まさに圧巻の一言だった。

 さっきまでワイワイしていたゴブリンたちが一斉に直立不動。子供たちを含めた全員がだ。これが長のカリスマってヤツか……。


 今さらかもしれないが、俺は取り返しのつかないことしているのではないだろうか? 

 暇を持て余し、眉毛を抜いてくるアサガオちゃんは何も答えてくれなかった。



「シルバー様。未熟な我が子の意を汲んでいただき、心から感謝いたします」

「い、いえいえ! 滅相もないです……」

「ささ、我が家にて家族団らんの続きと参りましょう。お話したいこともたくさんございます。二人とも、屋敷にご案内して」

「はいゴブ」

「はい母さま」

「お言葉に甘えます」



 昨日の夜、里を訪れてからずっと警戒しっぱなしだったからな。


 里の皆さんから歓待を受けたのも束の間、アサガオちゃんから地竜が近づいてくると教えられて里は騒然となった。


 歩いて十分弱の地点に止まった地竜を警戒するため、俺は勝手に不寝番をしながら様子を見ていた。案の定、アサガオちゃんの存在にビビッて近づいてはこなかったが。

 おかげでゆっくり話す時間もなかったんだよな。



 両腕に掴まった姉妹を持ち上げて遊びながら、エリーゼさんのお宅まで歩いていく

 ……ん? なんか最近の俺、パパ化してない? 


 道行く子連れの奥様が微笑ましそうにお辞儀をしていく。無意識でお辞儀を返してしまうのは、魂まで染みついた前世の習慣だ。こればかりはどうにもならんな。



「……なぁ二人とも、俺って二十歳に見えるよな?」

「え?」

「シルバーって二十歳だったゴブ?」

「そうだぞ。見た目も若いだろう」

「…………はい」



 ……なんで不服なの? この顔なら若々しくてそこそこのイケメンじゃろがい!



「シルバーはお味噌汁みたいな人だゴブ」

「み、味噌汁?」

「うん。さっきのシルバーは冷めたお味噌汁だったゴブー」

「……ロゼもそうだが、お前らの例えは納得がいかん。しかし、ここには心優しいフィーネがいるもんな? きっとフィーネなら俺を持ち上げてくれる」

「ふぇ!? あ……えと……。父さまみたいです!」

「だよなぁ!」

「う!」



 やかましいわ。お前らが大きくなったらいけないパパになってやるから覚えておけ。


 アサガオちゃんが眉毛のトリミングを終えたころ、ディーネたちの実家であるエリーゼさん宅が姿を現した。


 石畳に整備された里の中もそうだったが、村とは比較にならない建築技術を犬耳族は保有している。とても山の上にあるとは思えないほど快適な暮らしぶりだった。


 屋敷は木造建築で二階建てのお洒落な洋館だ。壁と屋根は、灰色と茶色を中心に使われており、汚れが目立たないような色合いを選んでいるのだと思う。


 頭にはアサガオちゃん。両手には姉妹をぶら下げ、屋敷の玄関へと足を踏み入れた。



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