自慢の一品
「本当は母上さまが自分で話したがってたゴブ。でも、まずは森の神さまとドラゴンさまにご挨拶して、それからシルバーに許可をもらうつもりだったゴブ」
「全部すっ飛ばして指輪を装備させられたが? これについて釈明してもらおうか」
「長の権限はシルバーに預けると決まってたゴブ。シルバーがディーネを助けてくれなかったら、犬耳族はもう滅んでたから」
「…………」
「だからシルバー。ありがとう!」
ずるい奴だ……こんなふうに全身で感謝と信頼の意を示されたら、元愛犬家の俺には拒絶することなんてできやしない。
膝から落ちないように抱きとめて頭を撫でていると、前世から込み上げてくるものをどうしても抑えきれなくなる。
とりあえず、ディーネたちの考えは多少理解した。
詳しく聞いた上で話を整理すると……レクセンとのゴタゴタがあったその日、ディーネたちはあの現場を遠くから見ていたそうだ。そこで森の神とロゼが手を組み、俺と一緒に撃退したのを目撃した。
その事実は、里に大きな衝撃を与えたという。
一体で国を亡ぼせるような存在が手を組み、さらに恩人である俺と行動を共にしていた。つまり――神、竜、人の三種族が肩を並べる異常な光景だったんだ。
我々だけが孤立しているのでは? そんなふうに考える者も多かったらしい。
逆にディーネのお母さんは冷静だった。俺の機嫌を損ねるのは避けるべきと慎重論で諭そうとしたが、里の代表者たちは早めに行動すべきの意見で大半を占めてしまった。
その結果がこれらしい。
「そういう事情ならしかたないよ! ボクはシルバーの考えを支持するし、名前を使ってもいいから上手にやって」
「そうやって嬉しそうな顔さえしていなければ素直に喜ぶんだがな……。でも、そう言ってくれるのは本当に助かるよ。いつもすまない」
「ふふふー。シルバーはこうやってお尻を叩かないとやる気を出さないから、あんたたちもビシバシ叩くといいよ」
「は、はい。がんばりますゴブ!」
「う!」
「そこは頑張らんでいい。しかもまだ何も解決してねンだわ」
とはいえ、ロゼが名前を使ってもいいと言ってくれるのは本当にありがたいと思う。
シルバーというキャラの限界を知っている身としては、アサガオちゃんやロゼのバックアップというのは、望んでも簡単に手に入るものではないんだ。
とにかく。身から出た錆には、一つ一つ真摯に対応していくしかない。
「俺としては、ディーネのお母さんにお会いして話をするべきだと思っている。だけど、人族をよく思わない者もいるはずだから、そこをディーネから上手くやってもらって、なるべく衝突を避けてほしい」
「? シルバーを悪く言う仲間はいないゴブ」
「……種族間の問題はそうやって割り切れる話じゃないだろ?」
「ねぇシルバー」
「なんだ?」
「もしもボクと森の神がね? 一緒にこの村を守ってあげるって言ったら賛成してくれる?」
「当たり前だ。むしろ全面的に協力するぞ」
「ゴブリン族もそんな感じだと思うよ」
「……そういうことか」
そうだった。アサガオちゃんもいるんだもんな。そりゃ反対意見なんて出ないわ。
「里はいつだってシルバーを歓迎するゴブ。本当は母上さまが動けたら一緒にくる予定だったけど、今はフィーネの鍛錬と魔獣の対処で大忙しだゴブ」
「魔獣が上から降りてくるの?」
「はい。最近は数も増えて大変になってきましたゴブ」
「やっぱりねー。上で生意気な地竜が調子に乗ってるみたいだし」
「う!!」
「……アサガオちゃんも知っていたのか? その地竜とやらが原因で、犬耳族の里に魔獣が押し寄せていると」
「ボクに威嚇してるせいで住処を逃げ出してるんじゃない? ほんっと生意気」
「ロゼにケンカ売るとか正気かそいつ? 自殺行為だろ」
「竜族は格下を相手にしないからね。ボクが優しいから図に乗ってるんでしょ」
プライドの高い竜にとって、格上が格下をいじめるのはとても恥ずかしいことなんだろう。で、地竜はそれを利用してロゼを煽りまくっているってことか。
いや、普通はやらないから。
「相手はそこらの地竜だろ? ゴブリン族の敵じゃないと思うが」
「ゴブリン族はそんなに強くないゴブ。神さまとかの基準で考えないでほしいゴブ!」
「シルバーなら地竜もあっさり倒しちゃいそうだけどね。誘惑なんて古い魔術も使ってたし、ほんとに何者なの?」
「地竜はともかく、誘惑なんてやり方さえわかれば簡単に覚えられる」
「そんなわけないでしょ。ボクが知ってる使い手は宵闇の魔女とシルバーだけだもん。そんなに簡単ならボクたちに教えてみせてよ」
「お世話になっているお前の頼みならお安い御用だ――よし、これを持って魔獣と戦ってもらおうか。たぶん二十戦くらいでコツを掴めてくるはずだ」
「……それなに?」
「馬糞だ」
――焼き殺されるところだった……。
なんて恐ろしいメスガキなんだ。俺が親切でストックしておいた秘蔵の馬糞を貸してやろうと思ったのに、ふざけやがって! これは清潔で無臭のレア馬糞なんだぞ?
「シルバー」
「……本当だぞ? これを片手に戦うことで俺も覚えたんだから!」
「疑ってるとかじゃなくて、馬糞持って戦えとかひどすぎるゴブ。百年の恋も冷めちゃうゴブ」
「言いたいことはわかる。否定はしない。それでもこの馬糞は――」
「う!」
「あ、はい。すいませんでした……」
く、こいつの凄さを伝えられない歯痒さったらないな。超レアなんだぞ!
そりゃ馬糞を片手に魔獣を追いかける絵面は最悪だろうよ。でもそれで使える術が増えるのなら安いもんだろうに。
店から逃亡したせいで話が中途半端になってしまったが、だいたいの事情は飲み込めた。
指輪の件は、どうしてもディーネのお母さんと話す必要がある。まぁそれはいい。
問題の地竜だが、放置していいものかがわからない。原作では山頂で骨になっていたから、たぶんキレたメスガキに焼却でもされたんだろう。別にボス格でもないだろうし、俺が潰して犬耳族の糧とするのも悪くない。
いや待て、それ以前にディーネは一人で会いにきたわけだが、実力が急激に上昇するなんてことはありえないよな? だったら今もリッチに苦戦するレベルではないだろうか。
「ディーネ。お前はこの村に、護衛も付けずに一人できたのか?」
「うん」
「俺と初めて会った日、地下二階のリッチに苦戦していたが、今ならアレくらいは簡単に倒せるか?」
「……シルバーは基準が狂ってるゴブ。里でもあんなのを一撃で倒せるのは母上さまくらいだゴブ」
「なるほど。お前がどれだけ危険な橋を渡っているのか、自覚をしていないことがよぉくわかった。そんなんだから葉っぱも制御できんのだ。猛省しろバカ犬が!」
「な、なんで!?」
「ちょうどいい、地竜を使って猛特訓といこう」
「う~?」
「いざという時の備えもある。心配するな」
不安げなアサガオちゃんはレアだな。地竜より君の方が百倍は恐ろしいんですが。
世界にはまだ見ぬ強敵がたくさんいる。人族にも、ゴブリン族にも、ロゼとは違う粗暴な竜だっているんだ。ましてや、今のディーネではレクセンからも逃げられないだろう。
毒を喰らわば皿までも。
こうなったら、自分のついでにディーネも徹底的に鍛えてやろうじゃないか。彼女は原作に存在せず、転生者でもない。俺に迷いはなかった。
里へ向かうのは明日からとなったが、今は宿を空けるにもトマト畑がある。
そこで、今日も砂浜で特訓中のルウにあるお願いをしにきた。
「かなり良くなってきたな」
「あ、師匠!」
「師匠はやめい。ついで紹介しよう、この子はディーネだ」
「こんにちは。ディーネだゴブー」
「ゴブリン族!? こ、こんにちは!」
「ディーネはアサガオちゃんとも深い関係があってな。いい子だから安心してくれ」
「……やっぱり、師匠はすごい人ですね」
「とんでもない連中と縁ができたとは思っているよ。まぁそれは置いといて、実はルウにお願いがあってきたんだ」
お願いとは畑の水やりだ。
その日に実ったトマトを収穫して、孤児院に配っていいという交換条件でお願いしておいた。二つ返事で了承してくれたが、成長の過程が見れないのは非常に残念だな。
「しばらく見てあげられないが、そろそろこれも教えておこう」
「え、新しい技を教えてくれるんですか!?」
「悪いが、期待するようなものでもない。まだまだ非力な一文字斬りを、より効果的にしてくれる基本的な体術だ」
おもむろに鉄の剣を取り出し、大岩へと向かって大きく踏み込んだ。
足場の悪い砂場もなんのその、俺の呪いは忠実に結果だけを生み出してくれる。
踏み込んだ足元から大量の砂が吹き飛んでいく。地割れを引き起こせるほどの衝撃が大気を震わせ、ビリビリと全員の肌を撫でつけて通り過ぎていった。
そして、淀みなくスムーズに一文字へと移行する。
「一文字斬り」
前回よりもさらに力強い一撃。
砂塵を巻き上げ、斜めに切り裂かれた歪な大岩を真っ二つにできた。
上出来。俺にとって最高の一文字だったと胸を張れる威力だ。
本来ならオブジェクトを破壊できないはずだが、アルファの技で脆くなっていたんだろうか?
「今の踏み込みを極めれば、お前の一文字が究極の必殺剣へと昇華する。アサガオちゃんこと、森の神様もそう言っている」
「う~」
「砂浜だと踏ん張れないから、硬い地面で練習しろって言ってるゴブ」
「アサガオちゃんが普通にアドバイスしただと!? 悪いトマトでも食ったの?」
小さく体を震わせ、瞬きもせずに固まったルウを見た俺は満足だった。