表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルテンリンク  作者: だっくす憤怒
11/20

洗濯日和







 待てよ? 今さらだが、アルファは気まぐれに町を渡り歩くような自由人だったはず。そんな人がおとなしく王都の自宅にいて、偶然にも手紙が燃やされたことを知り、こんなド田舎の村まで来たってことか。 


 いくらロゼに会うという口実があるとはいえ、出来すぎているような気がする。

 ……実は原作が始まっているとかじゃないよな。 



「アルファさん、ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「なんや水臭い。ロゼたんの友達はウチの友達や。せやから呼び捨てでええよ」

「あ、ありがとう。それで、ここには誰かと一緒に来なかった?」

「うんにゃ、一人やで?」

「途中で盗賊に襲われた人を助けたりは?」

「王都からここまでの道やったらないなー」



 考えすぎか……?

 だが、レクセンの件がなかったら犬耳族はどうなっていただろう。 


 犬耳族が原作に存在しない理由を先日の事件と仮定すれば、里のあった場所自体が無かったのも、自滅で丸ごと消し飛んだからと推測できる。


 それに加えて、アルファが始まりの村に訪れるのは一度だけだ。それも、盗賊に不意打ちをされた主人公に手を貸すという、オープニングムービーでの一幕。


 なら、状況的に主人公が現れてもおかしくはない。時期的にも矛盾はなさそうだが。



「もう一つだけ。右手に手袋をした冒険者で、見込みのありそうな新人を見なかった?」

「えらい具体的やん。せやけど、そんなん記憶にないわ~」

「そうか……変なことを聞いて申し訳ない」

「……ちょっと、さっきから床に鼻毛落とすのやめてよ。ボクの店なんだけど?」

「それはアサガオちゃんに言ってくれ。俺も被害者なんだから」

「うー」

「だよね? 鼻毛はシルバーのじゃん――ぁ。じゃあ、責任取ってよ!」



 メスガキがドヤ顔している。

 俺にやり返せたのが嬉しいようだが、その言葉は諸刃の剣だぞ。



「わかった、幸せにする」

「ッ!?」

「なんや自分ら、できとったんかいな!? おめでとう!」

「ち、違うから! 鼻毛。鼻毛の責任取ってって言ったの。床とか汚染されたじゃん!」

「わかっている。汚染された床もろとも、末永くよろしくな」

「よろしくしない! もう帰ればか!」

「にゃははは!! おもろいやんけ!」



 メスガキから可視化できるほどの魔力が渦巻いたので逃亡した。


 隣で笑っているアルファはさすがの余裕だ。俺なんて恐怖で股間にシミを作ってしまったというのに。ズボンが黒くなければ致命傷だった。



「う~?」

「よしなさい。臭いは嗅がなくていいの……おいやめろ!」

「あーおもろ! あないに楽しそうなロゼたんは初めてやわ」

「後で謝るの手伝ってもらえないか? 一人だと殺されそうだから」

「おーまかしとき! 急な思いつきやったけど、村にきて正解やなぁ」



 急な思い付き、ね。

 やはりどうしても気にかかる。俺が主人公になっていたらどうしていた?


 俺だったら、救いのないメインストーリーなんざ投げ出して逃げる。

 そもそも、プレイヤーじゃなければストーリーもくそもわからな――ん?


 ……あれ? 俺がいちいち気にする必要なんてなかったのでは? 


 なんで俺は、主人公がちゃんと現れて物語通りの道を進むと思い込んでいたのか。それに、主人公がいようがいまいが、俺には何の関係もない。そう、関係ないのだ。

 

 大陸の各地には、誰も手を付けていない――手を付けられないような場所に、貴重なアイテムやら素材が眠っている。それらは主人公に必要だからと思って手を出さなかったが、誰も使わないなら俺が回収してもいいよなぁ。


 ……ちょっと、楽しくなってきたじゃないの。


 確かに主人公が不在だと、大陸はとんでもない地獄絵図になるだろう。

 けど、しょうがないさ。俺は悪くねぇ。


 待っていろ村の住民どもめ。のんびりと財産を蓄えたら、過剰な糖質と塩分を含んだ殺人パンをお見舞いしてやるぞ。



「どしたん? 破産したおとんみたいな顔してるやん」

「……地獄じゃねーか。もっとスッキリした顔してただろ」

「う?」

「違う。そっちのスッキリじゃない。指をさすな」

「ようわからんけど、ウチをはみごにすな! ナニをスッキリしたんや? お姉さんに言うてみ?」

「おっさんみたいなノリはやめろ! 怖くてオシッコ漏らしただけだ」

「シルバーはんは正直やなぁ。ロゼたんが気に入るはずや」

「……俺は漏らして評価されるのか」



 尊厳とはいったいなんなのか。それは洗濯をしてから考えるとしよう。



「そういえば、村長に顔見せなくていいのか?」

「あんなハゲどうでもええやろ。そないなことより暇になってもうたなぁ。おもろいことない?」

「こんなド田舎にあるわけない。いや待て、一人おもしろい男の子がいるぞ。剣の才能が凄そうな子を見つけたんだ」

「ほほー。シルバーはんが言うなら期待してまうわ。ほな行こか」

「なら着替えてから案内しよう。今日も浜辺にいるかもしれないからな」

「ウチは気にしぃひんよ?」



 ただの気遣いなのかツッコミ待ちかは知らないが、そんなことは至極どうでもよかった。俺は洗濯をする。その使命だけは誰にも邪魔させないのだ。






「はっ! はっ! はっ!」



 アサガオちゃんを左肩に乗せ、アルファを浜辺へと案内すると、件のルウがリズミカルに素振りを繰り返していた。


 アルファはあご先に指を添え、真剣な眼差しで少年の姿を見つめている。やはり剣術のこととなれば目の色も変わるようだ。



「……あの一文字。シルバーはんが教えたんか?」

「実演と形だけ。それも一時間程度だったかな」

「ふふ、ええやん。おもろそうな子やなぁ」

「やっぱりそうなのか。妙にセンスがありそうだとは思ったんだが」

「見てみ、足場の悪い砂浜やのに打ち込みがブレへんやろ? あれは体の使い方を本能で理解しとるんや。このまま性格が腐らんかったらおもろなるで」

「おお、天才型ってことだな」



 なるほど。覚えが早いと感じたのは勘違いじゃなかったか。


 しかし、こうなるとガチ勢の教えを受けたらどうなるのかも気になる……ダメ元で交渉してみるか。



「アルファ。あいつに本当の剣術を教えてもらえないだろうか」

「いうてシルバーはんも相当なもんやろ? あの子の一文字が証明しとるわ」

「形だけなら教えられると思っている。でも違うんだ。あいつもアルファの技を見ることができれば、その高みがいかに遠いかを知ることができる。それが心にある限り、まっすぐ成長してくれるような気がしてな」

「もうおとんみたいなってるやんか。ホンマは隠し子とちゃうやろな?」

「レクセンみたいになったら、嫌だなって」

「そらあかんわ。ウチの剣でええならお安い御用やで」



 レクセン効果やべぇ……。

 剣聖を一言で動かすとか、あいつの存在感は尋常じゃなかった。仏さんを悪く言うのはよくないとは思っているけどな。



「ルウ。あまり無理はするなよ」

「あ、師匠、神さま。こんにちは」

「う!」

「師匠じゃなくてシルバーな。アサガオちゃんもこんにちはだって」

「はい! えっと、この人はどなたですか?」

「ウチはシルバーはんの友達になったアルファや。お姉ちゃんでもええで」

「あ、はい。よろしくねアルファお姉さん」

「うんうん、よろしゅうなぁ! まっすぐええ子に育つんやで?」

「? わ、わかりました」



 少し反応に困る気持ち、わかるぞルウ。でも気さくでいい人だから安心しろ。



「喜べルウ。今回は俺のヘボいのとは違って、本当の剣術を見ることができるぞ! 実を言うと、俺もワクワクしてるくらいでな」

「ええ! 師匠はヘボくなかったですよ」

「師匠はやめい。俺の……いや、もう言葉はいらないな。アルファ、お願いしてもいいだろうか?」

「ウチの得意技でええか?」

「最高じゃないか! よろしくお願いします」

「師匠?」

「ルウ、これから見ることを絶対に忘れるな。目に焼き付けて完璧にイメージできるようにしておけ。必ず、お前の力になってくれるから」

「……は、はい」

「ちょっと緊張してまうなぁ。まぁええか、ほないくで」



 昨日と同じ、砂浜にある大岩の前。

 剣を抜き、自然体でリラックスしたアルファが、静かに深呼吸をした。


 ゆったりと膝から落ちるように右足を前へ。そして、着地と同時に振りぬかれた剣は音速を超え、俺の一文字とは比較にならない衝撃波が辺り一帯に吹き荒れる。



「しゃあッ!!」



 剣から放たれたのは巨大な魔力の刃。突風を巻き起こしながら岩と海を両断し、その勢いは止まることなく水平線へと消えていった。


 ――剣閃。

 剣聖アルファの代名詞。巨大な魔力の刃を放つ必殺剣。

 長射程かつ広範囲。比較的ゆっくりな予備動作ではあるが、踏み出す左右の足を即座に見極めないと被弾は免れない。唯一プレイヤーが取得できない剣技でもある。



 やはり美しい。

 余波に揺れるポニーテールが、残身のように本人の心を代弁しているかのようだった。


 わずかに遅れて、大岩の上半分が斜めにずり落ちていく。その断面はまるで鏡面。いったいどうすればこうなるかなど想像もつかない。


 やはり人族最強の名は伊達ではないが、これほどの力を持ってしても老舗嫌いのメスガキには勝てないらしい。



「これがウチの限界やなぁ。まぁこんなもんやろ」

「ありがたやありがたや。これが見たかったんだ!」

「にゃはは! 照れるからやめーやもー」

「見たろ? あれこそが剣士の頂点、剣聖アルファの必殺剣だ。その名を剣閃という」

「…………」



 口を開けたまま放心している。

 そりゃそうだ。俺だってド迫力な剣技に圧倒されたし、正面から撃たれたらかわしきれる自信がない。なによりも範囲と射程がイカレてるんだよなぁ。



「……この人が、剣聖さま」

「本物だぞ。しかも、アレを使えるのはこの世でアルファだけなんだ。見たら死ぬ、そんな技を間近で見られた俺たちは幸運だ。いっそパクらせてもらえ」

「せやせや、期待しとるでルウ坊。その気があるんやったら教えたるわ。そのかわり神様抱っこさして」

「どうぞどうぞ」

「うー!!」



 アサガオちゃん、怒りの吸引。

 ルウがどんな成長をするのかどうしても気になってな。許せ相棒。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ