婚約破棄?お待ちしておりました。では私はそろそろ本来の使命を。
『十年の後、王室に連なる勇者が成る。
王室率いる勇者とその伴侶らの功績により、魔王は廃され、勇者夫妻は新たなる国主として、末永く繁栄をもたらすであろう。』
十年前、神殿によって啓示された予言により、国内に衝撃が走った。
『勇者とは稀代の剣士の素質を持つ、七歳になる第二王子のことに違いない。』
『十歳になる第一王子は魔導に長けるが、探究のあまり魔物を手懐けまでしている。
末は魔王などと噂されているではないか。
彼を次期国王にしてはならぬのだ。』
そんな馬鹿馬鹿しい噂によるものか、王室は立太子を先延ばしにして、今日まできた。
今宵はそんな中でついに立太子されることの決まった第一王子の、生誕祭を兼ねたお披露目の日のはずであった。
「カエラ・ミジェット!
述べるまでもない悪行の数々、いい加減耐え難い!
よって、ここに貴様との婚約破棄を宣言する!」
「ランドルフ殿下! 何を世迷い事を!」
主役の登場を前に、国王と私以外の国内外の王侯貴族の揃った広間で、異母弟のよく通る声が響き渡った。
「悪行、ですか。」
カエラ・ミジェット公爵令嬢。
第二王子ランドルフの婚約者にして、俗に『勇者パーティー』と称されている第二王子の取り巻きからなる、王立学院の学生選抜グループの一人だ。
グループのメンバーは、どうやらカエラ以外の三人がランドルフの後ろに控えている。
「『魔王』に加担し阿って国事を乱した魔女が、言い逃れでもあると?」
第二王子という立場に増長しているのか、よく回る舌だ。
まだ立太子の儀の済んでいない私はともかく、国王たる父上の決定を冒涜しているという自覚はないのであろうな。
それとも、『魔王』という言葉が私を指すのだとして不敬を問えば、やはり『魔王』とは私のことであるのだと騒ぎ立てるつもりであるのか。
「妹のサラが『聖女』であるのをいいことに、『勇者パーティー』でも大きな顔をしているのも気に食わない。
貴様はパーティーからも追放する! 魔導士はヨハネス一人いれば事足りる!」
「ランドルフ様! 何をおっしゃっているのですか!
お姉様は……。」
「いいのよ、サラ。
お続けになって下さいまし、ランドルフ殿下。」
カエラの冷やかな声に、たじろいだランドルフがよくわからない罵詈雑言を続ける。
それを受けるカエラ嬢は毅然として冷静なままだ。
「本日のエスコートを予告なく反故になさった理由はよくわかりました。
婚約の破棄にも異論はございません。
ミジェット公爵閣下、長女たるカエラからお願い申し上げます。
ランドルフ・エリティエ第二王子殿下との婚約の解消をお認め下さいますよう。」
「カエラの好きにするが良い。
国王陛下には私から取り計らおう。」
婚約者が刻限になっても現れない娘をエスコートしてきたのであろうミジェット公爵は、現国王である父上の実弟であり、ミジェット公爵家は王室に次ぐ実力者だ。
その令嬢が婚約者であることで大きな後ろ盾となっていたというのに、剣を振るしか能のない弟の粗末な頭ではそんなこともわからないということか。
「ミジェット公爵!
私の婚約者としてカエラを押し付けてきたのは其方の不始末だ!
魔女であるカエラではなく、『聖女』たるサラが『勇者』にはふさわしい。
そんなことも見抜けなかった詫びとして、サラを私の婚約者として要求する! 異論は認めぬ!」
「なにをおっしゃっているのです、ランドルフ殿下!」
いや、弟は想像以上に愚かだったようだ。
婚約者を姉妹入れ替えさえすれば己の立場は安泰であると、ミジェット公爵がそれを諾々と受け入れると信じて疑わないらしい。
「ランドルフ殿下のご提案は御家のためでもあります、ミジェット公爵閣下。
今からサラ様をランドルフ殿下の婚約者に。
『勇者』の治世となった時、『聖女』様が隣にいらっしゃれば、国民も閣下も安泰というもの。」
「何を言っているのヨハネス様!
嫌ですお父様! 私は……!」
ランドルフの後ろに控えさせてはいたものの、サラ当人には詳細を知らせていなかったのであろう。
バッと駆け出して公爵の元に逃れようとするサラを、メンバーの三人目が捕らえる。
「ゲオボルク様! 放して!」
「サラ様落ち着いてください。
よくお考えを。これは貴女にとっても好機なのです。」
「……ゲオボルク様……。」
既にサラの顔色は蒼白で、今にも倒れんばかりだ。
「……父上……いえ、陛下。
そろそろ事態を収拾すべきでは?」
「そうさな、膿も出切ったようだしの。」
「は?」
何やら含むもののある表情でニヤリと笑った陛下は、カツコツと長靴を鳴らして、広間の上段に姿を現し、それに私も後ろに付き従った。
「王国の太陽たる国王陛下、王国の星たる第一王子殿下のご入場でございます。」
その合図に、ランドルフとサラに集まっていた視線が一斉に陛下の元に移る。
「カエラ、良かったの。
其方のかねてからの希望通り、ランドルフとの婚約の解消を認めよう。」
「ありがたきお言葉に存じます。」
「かっ……かねてから?」
陛下の言葉に、誰あろうランドルフが一番に目をむく。
「カエラの新たな婚約者はヒューディロイで良いな? 心変わりしておらぬことを切に望むが。」
「……私、ですか?」
ヒューディロイは現在、この国において私しか存在しない。
王族が生まれ名付けがなされると、恐れ多いとして、同名の者達の改名が自主的になされるためだ。
別に王族が決めた習わしではない。
我が国の祖は『勇者』であり、討伐した当時の魔王や魔族達から呪詛を受け、そのとばっちりが名前を通して降りかからぬようにと広まった風習である。
「もちろんです。
お慕いしております、ヒューディロイ殿下。
はしたなくも、私めからの求婚をお受けくださいませ。」
淑女の規範のような優雅な礼で、カエラが私に深々と頭を垂れる。
「……やはり『魔王』に阿る魔女ではないか!
お似合いですよ、兄上!
私とサラとで必ずや貴方を討ち倒してみせましょう!」
「いい加減にせぬか! ランドルフ!」
「……ち……父上……?」
「そもそも誰が貴様にサラの婚約相手になることなど許した!
サラは『聖女』として神殿に入ることを本人が望んでおる。
貴様との婚約などまかりならん!」
「そんなの、王家の命令で……」
「ミジェット公爵家を軽んずるのもいい加減にしろ!
公爵は儂のたった一人の弟、カエラもサラも可愛い姪ぞ!」
「だからこそ私が娶って……」
「貴様にだけは絶対に嫁がせぬ! この王家の恥さらしめ!
ファスター侯爵子息ゲオボルク、貴様もいつまでサラを捕らえておる! 不敬罪で首を飛ばされたいか!」
一瞬で蒼白になった男がサラから手を放すと、眦に涙を浮かべたサラが公爵とカエラの元に駆け寄る。
「陛下、一つわがままをお聞き届けいただきたく。」
「うむ、ランドルフのことなら好きにせい。サラを怖い目に合わせ、済まなかったのう。」
シャラン……そんな音にゴトリという音が追い付き、一瞬でカエラの右手に剣が現れ、続いた音は鞘が床に落ちたものだとわかる。
「こっ……近衛! 近衛は何をしている!
国王陛下の御前で剣を抜くなど、いや、帯剣していたこと自体、反逆罪ではないか!」
「いいえ、私の帯剣は許可されております。
他ならぬ、国法に則って。」
「馬鹿を言うな!
そんなものは王族にしか許可されて……」
「……ははっ、そういうことか。
なるほど、陛下が私とカエラ嬢の婚約を望むわけだな。」
「御明察でございます、ヒューディロイ殿下。
……ランドルフ殿下もご存知のはずですよ。王族及び近衛以外に、王宮内での帯剣を許されている存在を。」
「……ま……さか……いや、そんなはずがない、それは私のみのはずだ……ゆ……勇者が……貴様のはずが……」
「貴方様が勇者だと、一体誰が明言されました?」
カエラがにこりと微笑んだ一瞬で、ランドルフの首筋に剣の切っ先が届く。
「う……そだ……貴様は……魔導士のはずで……」
「勇者が魔法を学んではいけないと誰がお決めになって?」
剣先でランドルフの顎を持ち上げて自分に視線を向けさせると、その怯えた表情に興醒めしたのか、カエラの剣が引かれる。
「決闘を申し込もうと思いましたのに、殿下はご自分の剣を抜く気概もお見せになれないご様子。
陛下、先ほどのわがままは取り消させていただきます。」
「うむ。儂もこやつがここまで腑抜けとは思わなんだ。
其方が目立ちたくないというのでこやつが勇者を自称するのを黙認しておったが、それすら恥ずかしい限りよ。」
言って、父上が近衛に顎をしゃくると、あまりのショックに自失したのかカエラの剣先に恐怖したのか、無抵抗のままランドルフが担ぎ出されていった。
「さて皆の者、つまらぬ茶番を披露したが、聞いての通り、十年前に予言された『王室に連なる勇者』とは、ここにおるカエラ・ミジェット公爵令嬢のことに他ならぬ。
『魔王』がヒューディロイのことという風聞も、つまらぬ噂に過ぎぬ。
偽の『勇者パーティー』の破綻した今、『勇者』カエラ嬢に従する魔導士がヒューディロイ、『聖女』は引き続きサラ嬢となることを覚えておいて欲しい。
予言を信ずるならば、神話の存在であった『魔王』が今また降臨しようとしているということになる。
だが、同時にそれを信ずるならば、カエラ嬢とヒューディロイとの婚姻によって、その脅威はいずれ取り除かれ、更なる平和と繁栄が約束されたも同然と儂は確信しておる。
ヒューディロイの立太子と、カエラ・ミジェット嬢の王太子妃としての婚約を、国を挙げて祝って欲しい。」
侍従の差し出したグラスを手に取り陛下が掲げると、未だ混乱した顔をしていた貴族達も手に手にグラスを掲げ、合図を待った。
「王国の新しい希望に!」
「「「乾杯!!」」」
よくある悪役令嬢?系婚約破棄話。
ネタ被りが大いにありそうで怖いです……。
22/05/26 バレ誘発の前書き削除とほんの少し文章整理。