貴族オフィーリア 前編
「神官様にお願いがございます。どうか…………私の娘を蘇らせてくださいませ!」
全部終わってさてこれからどうしたもんだと思っていると(誰が神官様だ)、突然貴族が言い出した。
ポロニアスの表情は必死そのものだった。
しかし貴族ともあろう人間が額を床に擦り付けてジャパニーズ土下座スタイルとは、よほどの事情があるんだろう。
俺はとりあえず話を聞いてみることにした。
ポロニアスには可愛い一人娘がいるんだそうな。
その娘の名前は「オフィーリア」というらしい。
生まれつき身体がとても弱かったそうで、子どもの頃からこの館から出たことがないらしい。
「いつか自分の足で歩いて外の世界を見てみたい」と口癖のように言っていたのだとか。
泣かせる話じゃねぇか。
――――だが、その娘がつい数日前にとうとう死んでしまったのだと。
数日前、隣国に何やら交渉に赴いていたポロニアスは早馬でオフィーリアが危篤であるとの報せを受ける。
仕事も何もかも投げ出して馬車をこの町に急がせたが、不運にも娘の死に目会えなかったという。
シェルリを馬車で撥ねて死なせたのはこの時だな。
轢き逃げを正当化することはできないが、情状酌量の余地くらいはあるな。
あぁ、それで俺たちがここに来た時はあんなに荒れていたのか。
つまり――――死霊術でその死んだ娘のオフィーリアを蘇らせて欲しいってことか。
「まぁいいんじゃないか? それであんたらが幸せになるってんならオヤスイゴヨウってやつだ」
俺は今しがた見たシェルリのまっすぐな笑顔が脳裏に残っており、ポロニアスの頼みを快諾した。
らしくないかもしれないが、場の空気に流されるのも悪くないだろう。
俺の返事を聞いてポロニアスは泣いて喜んでいる。
すぐにポロニアスは娘の蘇生をして欲しいらしく、私兵たちに怪我した者を手当てして下がるよう命じた。
俺たちと戦って怪我した私兵は重傷のものはいないようだが、ヨタヨタとお互いの身体を支えながら下がっていった。
その様子を見ていたスージーが俺の服の裾を引きながらこちらを見上げてきた。
「あーうーうー?」
「なんだスージー? おい、女神。訳せ」
『あまり不敬な態度を取るようなら訳してあげませんよ。……「怪我した人たちの手当てを手伝ってあげてもいい?」だそうよ』
それもそうだなと思ったので許すとスージーはタタタッと駆けていった。
スージーに噛みつかれた私兵が怯えて悲鳴をあげていたが、たぶん大丈夫だろう。
スージーと別れて俺とシェルリはポロニアスに連れられて死んだ娘がいる部屋へと向かった。
大きなベッドに横たえられた貴族の娘はとんでもない美少女だった。
尋常でなく長く美しい黒髪が幻想的にベッドいっぱいに広がっている。
オフィーリアという名の少女はドレスのような寝間着姿のまま、まるで眠るように死んでいる。
その周囲にはバラの花が散りばめられていた。
「……これはお前が?」
俺がポロニアスに尋ねると奴は頷いて肯定した。
数日前に死んだにしては美しすぎると思ったが、これは死体防腐処理が施されているな。
いくら悲しいからって死んだ自分の娘を葬らずにこうして装飾する趣味は俺にはわからんな。
「まぁいい。ついでに新しい呪文を試してみるか」
この部屋に来るまでに女神からまた俺が新しい呪文を覚えたことを伝えられた。
俺は眠っているとしか思えない安らかな死に顔を浮かべるオフィーリアに手をかざした。
「『降り来たれ』……!」
気合を込めた詠唱とともにオフィーリアの亡骸が光りに包まれた。
いつものようにその光は彼女の身体に収束していき――なぜか今回は大きく広がった衣装まで光っている。
どうなるのかと見守っていると光が消えると同時にオフィーリアの姿が変わっていた。
華美で豪華ではあるが動きにくそうなドレスは打って変わって露出の高い服装になっているではないか。
手足はほとんど丸出しで、足にいたってはスカートに大きくスリットが入っており、もう少しで尻が見えるんじゃないか。
俺はその格好――――服装には見覚えがあった。
「チャイナドレス?」
そう。それはジャパンの漫画やアニメでたまに見かける中国の民族衣装そっくりだった。
その場に居合わせた全員が突然の変貌に驚いているとオフィーリアがゆっくりと目を開けた。
きょろきょろと瞳だけで周囲を見回したあと、ゆっくりと身を起こした。
自分の父親を目にとめると嬉しそうに小さな声で呼んだ。
「……お父様」
「おぉ……! オフィーリア!」
たまらずポロニアスが駆け寄って彼女を抱き締めた。
親子の感動の再会(どちらも死んでいるが)だ。
野暮になると思って俺とシェルリが黙って部屋の入り口に向かって背を向けると、急にオフィーリアが呼び止めた。
「あ……! お待ちになって」
こちらに駆け寄ろうとしたのか、ベッドから立ち上がって数歩歩いたオフィーリアは自分の足を信じられないものでも見たような目で見つめた。
身を震わせながらその瞳には大粒の涙を称えていた。
「そんな……ずっと寝たきりだった私の足が。こんなに自由に歩けるなんて! 身体のどこも痛くないだなんて生まれて初めてですわ」
オフィーリアは両手で顔を覆いながらさめざめと泣き始めた。
筋肉ダルマの俺ですらその様子には深くにもウルッときちまうじゃねぇか。
俺がなんて声をかけたものかと困っていると、オフィーリアは意外にもすぐ泣き止んだ。
こちらを真っ直ぐ見つめて花が咲くような笑顔を浮かべたと思ったら――。
とんっ!
「――――ちゅ」
「んむぐっ?!」
跳んで抱きついてきたと思ったらいきなりキスかよ!
突然の情熱的な不意に流石の俺も硬直した。
10秒くらい経っただろうか。
正気に戻ったシェルリが力づくでオフィーリアを俺から引き剥がした。
シェルリは怒りも顕にオフィーリアを叱りつけた。
「ちょっとあなた! いきなり何してるのよぉ!」
オフィーリアは少しキョトンとした後、髪をかき上げながら余裕たっぷりに答えた。
「何を、とはこちらの台詞です。恋人同士の逢瀬を邪魔するなんて野暮なことをなされるのね。あなた一体どういうつもりですか?」
「こここ、恋人ってどういうことよぉ!」
顔を赤くして大声を出すシェルリに対してオフィーリアは終始冷静で礼儀正しい態度を崩さない。
「ご存知ありませんでしたか? お父様は私の病を治した者には私と婚姻する権利を与えると布告を出しておいででした」
それは完全なる初耳だった。白雪姫か?
「こちらのむくつけき殿方こそ私を病床より救い出してくれた恩人なのでしょう? いえ、そうに違いありません! あなたこそ私の白馬の王子様なのです!」
「むくつけき」って褒め言葉だったか?
というか誰が白馬の王子様だ。そんな柄じゃねぇってのに。
オフィーリアは語りながら部屋を練り歩き、うっとりした表情でなにもない空中を見ている。
あまり関わり合いになりたくない様子だが歩くたびにチャイナドレスのスリットから病的なまでの白い脚が覗いて目が離せない。
じー……。
ふと、シェルリがそんな俺のことを射殺すように睨んでいることに気付いた。
慌てて俺は咳払いをして誤魔化した。
「ウォッホン――。あー、オフィーリアって言ったな?」
「はい、王子様……!」
いやだから王子様じゃねぇって。
「俺はゴリ…………じゃなくて、アーノルド・ゴーリーという。お前を生き返らせた死霊術師だ」
「ネクロマンサー? それはつまり死者の神の神官様であらせられるのですか?」
死者の神? そういえば、この世界におけるネクロマンサーの立ち位置を俺はまだ知らないんだったな。
「ゴリ様! あなたが例え邪教の神官様であらせられようとも、私のあなた様に対する気持ちは揺るぎません」
「ゴリ様!?」
あまりにひどいあだ名だった。
いくらなんでも辞めさせようと思ったが、オフィーリアは両手を大きく開き堂々と宣言した。
「お父様! さっそくゴリ様を領民の皆さんに知ってもらう機会を設けましょう! そしてゆくゆくは死者の神を讃える邪教をこの町の正教にするのです!」
オフィーリアはまさに今が自分の幸せの絶頂であるという満面の笑みを浮かべている。
だがその瞳はおおいに狂気を孕んでいた。
俺は大きなため息をついて。
「これは面倒なことになりそうだぜ…………ファ◯ク」
諦めの言葉とともに苦し紛れの悪態をついたのだった。
もし宜しければ感想やレビュー、ブックマーク追加をお願いします!
↓にあります☆☆☆☆☆評価欄を、★★★★★にして応援して頂けると励みになります。