表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/53

町娘シェルリ 後編

 

 腹立たしくも、あの盗賊ダークエルフの情報のお陰で貴族の館の場所はすぐわかった。


 すっかり傾いた夕日が大きな洋館を怪しく照らしていた。


 本音を言うと長距離移動からトラブル続きでこっち少しは休みたかったのだが、シェルリが「お金出したんだからちゃんと貴族に謝らせる作戦を手伝ってもらうんだからぁ!」と言うのだ。

 飯代を出してもらった手前断れないな。


 とうのシェルリも同じく疲れていてもよさそうなものの、まったく変わらず元気に喋り続けていた。


「パパとママと妹たちと弟たちがねー! あたしが元気に帰ってきてすっごい喜んでたんだからぁ! やっぱり長女のあたしがいないとみんなダメなんだからぁ!」


「…………」


「『ゴリ』さんにねー、生き返らせてもらってよかったぁ! でも、あたしを轢き殺した貴族は許さないんだからぁー!」


 黙って聞いていたが聞き流せない発言があって俺は怒鳴った。


「誰が『ゴリ』だぁ!? 俺の名前は『アーノルド・ゴーリー』だって教えただろうが!」


 俺の本気の抗議をシェルリは聞き耳を持たず――。


「えー! だって名前長いんだもん! ゴリってなんかあなたっぽくて素敵なあだ名だと思うわよあたしー」


 女神(サクラ)は女神らしからぬ笑い声で笑い続けた。


『「ゴリ」ですって! 筋肉モリモリマッチョマンのあなたにぴったりではありませんか!』


「今度余計なことを言うと口を縫い合わすぞファ○ク女神!」


 貴族の館は妙に静まり返っており、こうして俺たちが正門前でぎゃあぎゃあ叫び合っていてもガードマンの一人もやってこなかった。

 とはいえベルを鳴らせば誰かが門を開けてくれるわけもなく、どうしたものかと門の鍵を見てみた。


「簡単な南京錠だな。しかし道具が何もないんじゃあ――」


 そんな俺の独り言に割り込むようにシェルリが南京錠を掴んだ。


「なにしてるのゴリさん? 早く入りましょうよー!」


 バギャンッ!!


 シェルリはまるで風呂上がりにアイスクリームを食べるために冷蔵庫のドアを開けるくらいの気軽さで南京錠を引きちぎった。


 思わず俺の口から素のドン引き声が出た。


「ワッザファッ……」


 自分の娘くらいの年の少女が見せた信じられない怪力に驚いていると女神が解説をしてきた。


『彼女は意思ある死者(レブナント)なのだからあれくらい普通よ。アンデッドはパワーもタフネスも生きている人間とは段違いですから』


 そりゃ知っていたが、見た目は普通の少女と変わらないシェルリがやるとビビる。


 当のシェルリはスタスタと壊した正門から中に入っていった。

 スージーが「入らないの?」とばかりに「うー?」と俺の顔を覗き込んでいる。


「こりゃ難しいこと考えずに正面突破が正解だな……」


 諦めた俺はアンデッド少女2人を連れて堂々と正面玄関から貴族の館に侵入した。











 玄関の鍵をシェルリが破壊(あけ)ると、館の中は荒れていた。


 だだっ広い玄関ホールは2階まで吹き抜けで、高そうな調度品や美術品があちこちに飾られているが、それらがことごとく壊されている。


 泥棒に入られたというよりも、誰かが癇癪を起こしてあちこち壊したといった感じだ。


 俺はどことなくこの展開に覚えがあった。


「オイオイオイ。またゴブリンでも襲撃してきたってか?」


 警戒したスージーが低い唸り声をあげる。


「う"ー……!」


 警戒する俺たちを他所にシェルリは物怖じせず大声で呼びかけた。


「こんばんわー! 貴族さんいますかぁ~!?」


 俺が頭を抱えているとシェルリの声を聞きつけて一人の男が2階から顔を出した。


 見るからに貴族っぽい華美な装飾だらけの服を着た男は2階の手すりから俺たちを見下ろすと、シェルリの大きな声を超えた大音声で叱責してきた。


「誰だ貴様らは!! 今は誰も館に近づけるなと申し付けておいただろうがっ!」


 ダンッ!!


 貴族の男はなぜだか相当頭に来ているらしく、痛そうなくらい強く手すりを叩いた。


 いきなり獅子奮迅の勢いで怒鳴られてシェルリが面食らってしまっている。

 スージーに至っては驚きすぎて涙目だ。


 仕方ないので俺が返事をした。


「ゴキゲンなところ悪いな旦那(ミスター)! 俺たちはポロニアスっていう貴族に用があるんだが、そりゃアンタか?」


 貴族の男は唾を撒き散らしながら答えた。


「だったらなんだというのだ! 私は貴様らのようなどこの馬の骨とも知らぬ輩に用などないっ!」


「そんなにカッカしなさんな。ところで旦那、つい最近馬車で町娘を撥ねなかったかい」


 俺の質問を聞くと貴族は一瞬鼻白んだ。

 それでもすぐに気勢を取り戻して怒鳴り返してきた。


「だからなんだ!? こちらは急いでおったのだ! 街道の真ん中でちんたら歩いている小娘が悪いのだ!」


 一方的な物言いに流石にシェルリが反論した。


「急いでいたからって轢き殺しておいてそれはないよ! あたし、すっごい痛かったんだからぁ!」


「な、何を言っておるのだその小娘は!?」


 シェルリの矛盾した言い分を聞いた貴族は彼女の顔を見て仰天した。


「ま、まさか……! お前はたしかに死んだはず。まさか貴様はアンデッドか!? 神の法に背いた化け物どもめ!」


 青ざめて喚く貴族は大声で人を呼んだ。


 するとあちこちから私兵らしき武装した男たちが集まってきた。

 高そうな剣を装備した私兵たちは全部で12人。


 貴族は2階の手すりに齧り付かんばかりの勢いで私兵たちに命令した。


「そいつらを始末しろ! おぞましいアンデッドどもを皆殺しにしろ!」


 本当は話し合いで済めばそれで良かったんだが……こうなれば仕方ない。

 俺はニヤつきを押さえながらスージーとシェルリに命令した。


「アー、お前ら。なるべく殺すんじゃないぞ」


 2人は小さく頷いて身を低く構えた。


 私兵たちは少女を殺せという命令にわずかに躊躇しながらも、剣を抜いて襲いかかってきた。


 仕方ねぇ。――いや本当に仕方ねぇな!


 酒場で不完全燃焼だった俺は喜々として2人のアンデッド少女と一緒に飛び出した。


「レッツパーリィイイイイー――――!!」


「う"う"あ"ぁ"ーー!!」


「許してあげないんだからぁーー!!」


 そこからは一方的な展開だった。


 俺に向けて剣を振りかぶってきた私兵に俺は素早く距離を詰めて肩から体当たりを喰らわす。

 短いうめきとともに吹き飛んだ私兵は後ろにいた他の私兵を巻き込んで倒れ込んだ。


 殺すのが忍びなく捕まえようとシェルリに手を伸ばしてきた私兵はガシッとその腕を掴まれた。

 そのままシェルリは物凄い力で私兵を軽々と2階まで投げ飛ばした。


 唸り声をあげて飛びかかってくるスージーを怖がった私兵が剣を振るとスージーの顔がスッパリと裂けた。

「しまった!」という顔をした私兵の手にスージーはまったく怯まずに噛み付いた。


 玄関ホールに私兵たちの悲鳴がこだまする。


 しばらくすると私兵たちは俺たちの圧倒的な力を前に戦意喪失して剣を捨てた。


 その様子を2階から見ていた貴族はいよいよ激昂して拳を振り上げながら叫んだ。


「なんという不甲斐ない者共だ! 私が高い金を払って雇ってやっているというのになんという無様な――――うぉっ!?」


 興奮して手すりに乗り出していた貴族は不意にバランスを崩して2階から落ちてきた。


 俺が「あっ」という間もなく貴族は頭から床に落ち、首の骨を折ってコントのようにあっけなく死んでしまった。











 その後どうなったかというと。


 俺がシェルリに「お前を殺した貴族はもう死んだんだしもういいだろ」と言うと、シェルリはそれでもとにかく貴族に謝って欲しいと駄々をこねてきた。


 言い出したら聞かないシェルリのため、俺は諦めて貴族を死霊術で生き返らせてやった。


 生き返った貴族はまるで別人になったかのように大人しくなっており、真摯にシェルリに謝罪した。


「すまなかった。あの時は本当に急いでいて……馬車が君を撥ねたことは気付いていたのだが、それをわかったうえで私は君を見捨てる選択をしたのだ。この身をどうしても構わない。君を殺した罪を償おう」


「…………」


 貴族の謝罪の言葉をシェルリはいつもと打って変わって黙って聞いていた。


 そして貴族が本当に反省している様子を見て「うん」と小さく頷いた。


「反省してるなら、もういいよ! 許してあげるんだからぁ!」


 いつもと変わらない元気で、太陽のような笑顔でそう答えた。


「あたしはあの時死んじゃったけど、ゴリさんに生き返らせてもらったから! だから貴族のおじさんも新しい自分の人生を楽しんで!」


 シェルリの屈託のない許しの言葉を聞いた貴族は声を殺して泣き出した。


 そのやり取りを見ていた俺の心にも清々しい風が吹いた気がした。


 生きてる人間だとか、アンデッドだとか――。

 そんなのは些細な問題なのかもしれない。


 少なくともシェルリにとっては、自分が死のうがどうなろうがは大した問題じゃない。

 自分の周りの人が笑っていればきっとそれがすべてなんだろう。


 シンプルなその考え方がきっと彼女の底抜けな明るさの秘密なんだな。


 俺は「これで全部まるっと解決したんだからぁ!」と誇らしげに振り向いたシェルリの笑顔に強く惹かれながら。

 

「そっか……アンデッド少女のハーレムってのもありかもしれんなぁ」


 なんとなく――――この異世界でこれから自分がどうしたいかが、わかってきたような気がしたのだった。


 もし宜しければ感想やレビュー、ブックマーク追加をお願いします!

 ↓にあります☆☆☆☆☆評価欄を、★★★★★にして応援して頂けると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ