エピローグ
「わかった、わかったわよ。……今回はあなたの勝ちってことにしてあげる」
あれから数分後。
意識を取り戻したサクラは俺たちに囲まれながらふてぶてしい態度でそう言った。
負けを認めたはずのサクラはそれでも勝ち気な姿勢を崩さなかった。
こういうシリアスな場面でも軽薄な態度を崩さない姿勢はちょっと俺と似ているかもしれない。
だが、彼女の身体は全身余すところなくズタボロで、特に手足はノワールの槍で貫かれ皮一枚でくっついているという有様だ。
反撃どころか手当てをしなければ失血で10分後にはあの世行きだろう。
女神がおっ死んだらどこに行くのかは知らないが。
「ふん! たしかにこの身体はあなた達にやられてこのまま死ぬでしょうね。でも、私は女神様だから、次のチャンスなんていくらでもあるのよ!」
「次のチャンスだぁ? オイオイオイオイ悪い冗談だぜフ◯ック女神。そんなザマで次があると本気で思っているのか?」
俺の挑発にも乗らずサクラは不敵に笑う。
「分霊って言ってわかるかしら? 私の国では神様は無限に分身を作ることができるよの。この身体はその一つでしかないから、ここで殺されても本体にはなんの影響もないの。お国が違うからわからないかしらね?」
サクラの言っていることはよくわからないが、ここで死んでも身体を変えて何度でもやり直せるということだろうか。
たしかに、そうだとすると厄介だな。
「先に言っておくけどアンデッドにもできないわよ? この身体が死んだら私の分霊はこの肉体から離れる。そうなったらこの身体はバラバラに崩壊するようにしているの」
調子に乗って自分の身体の仕組みまで事細かに喋りだすサクラ。
女神として真面目に俺へアドバイスしていた頃の名残りだろうか。
しかし、それはあまりにも間抜けなミスだった。
俺は偉そうに解説するサクラを横目に、ノワールに目配せで合図を送った。
死にかけで視野が狭まっているのか、背後に回るノワールに気付かずサクラは声高に笑っている。
「アハハハ! 残念だったわね、私をあなたのハーレムに加えられなくて。あなたのハーレムに入るだなんて土下座されても願い下げよ!」
「なるほど。つまり、今のお前の身体を殺してしまうとダメなんだな?」
「は――? 痛っ!?」
背後から忍び寄ったノワールがサクラの首筋に噛み付いた。
自分の身に何が起こったかを知ったサクラは自分が何をされるのかを知って慌てた。
「や、やめて! それだけは――!」
『堕ちた真祖』になったノワールの牙には吸血した相手の魂を束縛する力がある。
サクラの必死な制止の声を無視してノワールは血を吸った。
「あ、ああああ!」
真祖クラスから吸血されたことでサクラの肉体は普通の人間から上級吸血鬼にまで駆け上がる。
全身の致命傷はみるみる間に塞がっていくが、同時にサクラの分霊は肉体の中に捕らわれた。
俺はサクラの身体が完全に回復する前に呪文を詠唱し、絶望するサクラに告げた。
「これでその肉体からお前の神霊とやらが離れることはできなくなったわけだ。なら、その肉体にアンデッド化の魔法を掛けるとどうなるんだろうなぁ……?」
最上級の良い笑顔をサクラに向けると。
「ゆ、許して! な、なんでもするから! 筋肉ダルマの下僕になるのだけは嫌〜〜〜〜!!」
元女神は無様に泣きわめき、心底嫌がりながらアンデッド化して俺の下僕になった。
「ゴリさぁん! そっちはまだ準備できないのぉ!?」
「ま、待て待てシェルリ! 心の準備ってモンがな……」
俺は着慣れない正装の襟を弄りながらシェルリに引っ張られている。
場所は王城内、謁見の間に続く通路。
勇者サクラの襲撃で破壊されてから4年後――――新しく築城されたばかりの綺麗な通路を俺はタキシードのような正装でめかし込んで歩いている。
こんな格好は俺には似合わないと自分でも思っているが、今日の主役は俺なのだから仕方がない。
「もうゴリさんったら! いつも肝心な時に奥手なんだからぁ! みんなもう待ってるよぉ!」
明るい色の淑やかなドレス姿のシェルリは子どものようにはしゃいでいる。
俺の腕をグイグイ引っ張る彼女を窘めるようにゆっくりと後方を歩くオフィーリアが声をかけた。
「シェルリ。それではゴリ様の服がシワになるでしょう。まったく……いつまで経っても落ち着きを覚えないのですね貴方は」
中華風ドレスを纏ったオフィーリアは苦言を呈しながらも終始笑顔だ。
――王都の復興と平行して、オフィーリアとシェルリの街も復興された。
街の新しい領主となったオフィーリアは見事な手腕で街を復興させ、シェルリは新しい家で家族と暮らしている。
二人は街で暮らしながら、有事の際は俺の右腕・左腕となって活躍してくれる今でも頼もしい仲間だ。
諦めて引っ張られて歩いていると前方に見知らぬ幼女が現れた。
「ん? おいこんなところになんで幼女がいるんだ?」
立ち止まって怖がらせないようにしゃがんで視線を合わせると、どこかで見たことあるような幼女はもじもじとしながら恐る恐る口を開いた。
「あ、あ、あ……あの、ゴリさん。この度はご結婚おめでとう、ございます……」
可愛いドレスに身を包んだその幼女のつっかえながら懸命に話すその話し方には聞き覚えがありすぎた。
「んんっ!? もしかしてお前コトリか? どうしたんだその身体!」
素の身長が250センチ、巨大化すると250メートル以上になるコトリは今はおよそ身長100センチくらいになっていた。
よくみればデカすぎる胸はそのままなので、子どもになったのではなく身長操作で小さくなっただけのようだ。
「え、えへへ……進化したら大きくなるだけじゃなくて小さくもなれるように、なったんです。こここ、これならもう『デカ女』って呼ばれないから嬉しい……」
――コトリはその巨大化能力と怪力によって復興においてもっとも活躍した。
その活躍によって国民たちに崇拝され、今では王都の中央教会で聖女とすら呼ばれているらしい。
当の聖女サマは自分の幸せの形を見つけたようで、童女のように照れながらころころと笑っている。
「きょ、今日は花嫁さんのお手伝いをするんだ……うふふ」
色んな人から頼ってもらい、コンプレックスも克服して自信が(少しだけ)付いたコトリに導かれ、俺は謁見の間の入り口に辿り着いた。
大きな両開きの扉の前には二人の人影があった。
方やシックなパンツルックスーツを着た人物、方や真っ赤なドレスを着た小さな人物。
俺の姿を見つけるとスーツ姿の方の人物が口を開いた。
「来たね、ゴリさん。この僕にドアボーイをやらせるなんていい度胸だよ」
スーツ姿のノワールは悪態をつきながらもその表情は柔らかなものだった。
ショタっぽい中性的な顔立ちをしたノワールにその格好は非常に合っている。
「悪いなノワール。その男装姿も似合っているぞ」
「え? 男装……?」
「ん?」
俺なりに褒めたつもりだったがノワールは怪訝な顔をしている。
すると後ろの方からシェルリ達がヒソヒソと俺に聞こえない小声で何か話していた。
「……ゴリさんってぇ、まだ勘違いしたままなのぉ?」
「ゴリ様は奥手なうえ鈍感でいらっしゃいますから……」
「ははは、破廉恥……。でっ、でもそういうのも……!」
よく聞こえなかったので何の話か尋ねようとする俺にノワールの隣の少女から強気な声が掛けられた。
「キャハハ! あなたにそっちの気があってもノワール様は私のモノよ! あなたも悪くないけどノワール様は別格なのサ!」
真っ赤なドレス姿のミラはノワールの腕に自らの両手を絡ませながら稚気じみた嬌笑をあげる。
その瞳は憧れに身を焦がす少女のそれだった。
「どうでもいいが、お前らいつの間にか主従逆転してねぇか?」
「ミラ様、皆さんが見ていますのでどうかご容赦ください」
「キャハハハ! ノワール様のいけずぅ!」
聞く耳持たないミラに俺とノワールが同時にため息をついた。
――どういうわけか、勇者サクラを倒した後。
元はノワールの上司だったミラは何故かノワールに惚れ込んでいた。
ノワールは王国軍の第二軍――主に元吸血鬼たちからなる軍団の第二軍団長となった。
かつての魔王を殺した仇であるサクラを倒し、元吸血鬼たちを束ねるノワールの姿がかつての魔王に重なるのかもしれない。
そんなわけでミラは基本的に忙しいノワールの手伝いをしたり邪魔をしたり、仲間の中で一番勝手気ままに生活を楽しんでいる。
こうしていつまでもぎゃあぎゃあと喚いているミラに邪魔されていると、ドアの向こう側からぶっきら棒な声がかかった。
「おい……いつまで、待たせるつもりだ」
「おっと、そうだったね。ゴリさん、心の準備はOK?」
ノワールの声を受けて俺は背筋を伸ばした。
隣には小さくなったコトリが並ぶ。
ゆっくりと両開きの扉が開かれる。
最初に視界に入ったのは、扉の反対側に立っていたメリリーの姿だった。
実用よりも華美な装飾を優先させた式典用の鎧姿。
小脇に自分の頭を抱え、その表情は隠そうともしない不機嫌顔。
それもそのはず、メリリーは王国軍の主に元人間たちからなる第一軍団の軍団長を務めている。
自分が最前線に出ることを誰よりも望む彼女にとって、派手なだけの鎧を纏って式典に出るのはいささか以上に不本意なことだろう。
それでも彼女にはむっつりとした表情の裏に仲間の幸せを祝福する優しい一面があることを俺はもう知っている。
次に目に入ってきたのはロイテンシア王女だった。
王女らしい王冠とドレスを身に纏い、謁見の間の最奥の玉座に威厳たっぷりで腰掛けている。
その傍らには半透明の身体で宙に浮かぶシーリーンの姿もある。
「よく来ましたね。この度は我が国に多大なる貢献をした貴方のために王室式の披露宴を王女たる私の権限でもって執り行わせてもらいます。つきましては――」
「あらぁ? ご主人サマに対して随分な物言いねぇ王女サマ? いつからそんなに偉くなったのかしらぁ」
ロイテンシアの口上を遮るようにシーリーンが口を挟んだ。
「うるさいですね、この怨霊ダークエルフは。公式の場なのですから王女が臣下にへりくだった態度を取るわけにはいかないでしょう」
「うふふふふ……相変わらずナメた口を利く女ねぇ。披露宴の余興で王女がパーンって内側から大爆発したらお客さんびっくりするかしらぁ〜?」
剣呑な会話を繰り広げるロイテンシアとシーリーンの2人。
この2人はこんな態度だがそれなりにお互い気が合うのか、気がつけば王女とその補佐役として収まっていた。
ロイテンシアにとって王女といえど遠慮せず気兼ねない言葉を投げかける人材が貴重なのかもしれない。
かつての加害者、被害者というしがらみも消えたわけではないだろうが少なくとも今の2人はこうしてよろしくやっているようだ。
「――――――あ」
そして最後に、俺は天使を見た。
謁見の間の中央に居たのは、純白のウェディングドレスに身を包んだスージーだ。
普段の田舎娘らしい素朴な服も好きだったが、ウェディングドレス姿のスージーはまるでお姫様のようだった。
スージーは最初に出会った頃から変わらず、じっとこちらを直視してから口を開いた。
「――遅い。花嫁を待たせる花婿がどこにいるのよ」
かつてはうめき声しか話せなかったスージーも進化して4年も経てばこうして流暢に喋れるようになった。
「えっ!? あ、おう……すまん……」
会話により意思疎通がスムーズになったことで判明したのだが、スージーは意外にも主張の強い女性だった。
かつてのスージーのように男を立て、男に従う、従順で淑やかなステレオタイプな女性像自体はそこまで変わっていない。
だが、それはそれとしてこちらの不手際はしっかり指摘して反省を促してくる強さも兼ね備えていたらしい。
そんなスージーに惚れた俺だったが、こうして結婚を申し込むまで4年もの月日が必要だったのは俺がヘタレだったからだ。
「まったく……ほら、行くわよ。アーノルド」
スージーは手を差し出して「エスコートするのは当然あなたの役割でしょう?」と目線だけで語る。
「も、もちろんだ! 俺に任せろ!」
俺は恭しくスージーの手を取り、謁見の間のテラスへと歩みだした。
俺とスージーがテラスから顔を出すと王城前広場に集まった国民たちが歓声を上げた。
それに合わせるように無数の桃色の花びらが空を舞う。
ほぼ10割がアンデッドと化した国民たちは口々に俺たちを祝福してくれる。
この国の行く先が心配になる光景だが、今や王国軍最高参謀となった俺にはこの国を守護する義務がある。
スージーの手を強く握って決意を新たにする俺に向かって、頭上から聞き飽きた無遠慮な声が投げかけられた。
「ちょっとぉ! いつまでこの花びら降らせ続ければいいのよ! 地味に疲れるんだけどこれぇ!」
頭上を見上げると、宙に浮かびながら両手を空に掲げて花びらを降らせるサクラの姿があった。
演出のために女神の固有能力で桜色の花びらを降らせる役割をやらせている。
「黙ってやれ! このファ○ク女神!」
ブツブツ文句を言うサクラの尻になんてこと目掛けて魔力弾を放つ。
見事サクラのケツに命中し、サクラは両手を空に向けたまま悶えた。
「痛ぁ!? め……女神の神聖な尻になんてことすんのよこの脳筋ゴリラ!」
――サクラは『堕とされた女神』という特殊系最上位アンデッドになった。
能力に特筆するような変化はないが、アンデッド化したことによって俺が従えることができるようになったのが大きい。
『死者の皇帝』はすべてのアンデッドに対し絶対命令権を持ち、これは人間の死霊術師だった頃の強制命令権と違い、命令に背かれる可能性はゼロだ。
そんなわけで仲間の中で一番後輩、1番強いのに1番下っ端という立ち位置にサクラは大層不満げながらも俺に逆らうことができず渋々従っている。
「それが終わったら次はウェディングケーキの切り分けと配膳を頼むぞ。お詫びのためにちゃんと国民全員に配るんだぞ?」
「ぜ、全員!? 国民が何万人いると思っているのよ!」
キーキーと文句を言っているが、この国を滅ぼしかけたのはこいつなので自業自得である。
「う、うぅ……。本当、なんで私がこいつなんかの奴隷にならないとならないのよ……」
「なぁに、そうネガティブになるなよサクラちゃん? しっかり罪を償ったらお前も俺のハーレムに入れてやってもいいんだぜ?」
「死んでもごめんよ! ……いえ、死んでるけどごめんよっ!」
サクラは散々の気分だろうが、どういうわけかこの元女神のことを案外憎からず思っている俺がいる。
こいつもすぐ調子に乗ることを除けばそんなに悪いやつじゃない気がする。
――と、披露宴そっちのけでサクラとの漫才を楽しんでいると、傍らのスージーから腕をつねられた。
「いってぇ!」
「アーノルド? あなた、まだハーレムなんて言っているの。花嫁の前で堂々と浮気宣言なんていい度胸しているじゃない」
「あ!? い、いやその……イセカイッドハーレムを作るのが俺の夢でだな……。そ、それにジャパンでは浮気は甲斐性って言うらしいぞ」
「その甲斐性は国防の仕事に生かしなさい。でも、そうね……。この子(※)が産まれた後なら、考えてあげてもいいわよ?」
そう言うとスージーは愛おしげに自分のお腹を撫でた。
その言葉の意味するところを理解した俺は、愕然とした。
俺もスージーも互いに一度死に、アンデッドとして蘇って生活している。
アンデッド同士の結婚でさえ聞いたことがないというのに、まさか妊娠だって!?
「まさかスージー! それは――――んむっ」
驚いて腹部に顔を近づけようとした頭を下げた俺に不意打ちでスージーが唇を重ねた。
新郎新婦の口づけを目にした観衆たちは大きな歓声をあげた。
仲間たちも俺とスージーを祝福して拍手してくれている。
唇をゆっくりと離すと、スージーは頬を朱に染めながら上目遣いでぽつりと呟いた。
「これからも、私たちみんなを守ってね。私の……ご主人様」
俺はいつものように大袈裟な所作でおどけてみせようとしたが、思い直してスージーに向き合うように跪いた。
誠意をこめて彼女の手を握る。
「あぁ。もう一度約束する。お前も、俺たちの子どもも、そして他の仲間たちも――――きっと誰も泣かせない国にするぜ」
彼女の目元には嬉しさで溢れた涙が日の光を反射して七色に輝いていた。
――――かくして、俺は大切な仲間たちとともに新たな一歩を踏み出した。
しかし、すべての不安が解消されたわけじゃない。
アンデッド排斥を掲げる隣の神聖帝国がこのまま諦めるはずがない。
分霊とはいえ女神を捕らえた俺たちを神々がどうするかわからない。
アンデッド化して不死となった国民たちの生活をどう保証するか。
そして、アンデッド同士の子どもである俺とスージーの子どもは無事に産まれてくるのか――。
問題を数え上げればきりがない。
長い冒険の果てに俺が守るべき大切なものは増え続け、この両手にあまるほどだ。
この国の行く末も、俺たちの行く末もどうなるかはまだわからない。
ただ、それでも。
今日という日を忘れずに歩み続けよう。
まだ俺たちは幸せを手に入れるために歩き出したばかりなのだ。
終わりの見えない不死の生だとしても。
俺の傍には共に歩んでくれるのは頼もしい奥さんも、仲間たちもいる。
互いに助け合いながら、手探りで歩いていけば良いんだ。
精一杯歩き続けた道が俺たちの物語となる。
そう、だから。
これが俺の――――俺たちの異世界アンデッドハーレム物語なんだ。
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