魔王アーノルド 第5部
先手を取ったのは意外にもコトリだった。
背中の翼で滞空するサクラを踏み潰そうと燃え盛る足を垂直に踏み下ろす。
「え……え、えぇーい!」
地響きの後に遅れてガス爆発でも起こったかのような爆音が届く。
これまでのコトリなら仲間に被害が出るのを遠慮してできない大威力の一撃だ。
しかし、もはや俺の仲間たちには俺を含めて生身の人間などいない。
踏みつけ攻撃によって発生した大破壊の余波を仲間たちはそれぞれの能力を使って当然のように無効化する。
サクラも踏みつけを大きく回避することで避けたが、避けた先で正面からメリリーの大戦斧が待ち構えている。
「思いしれ……仲間の、恨み」
空を疾駆する首のない黒馬から大戦斧で繰り出される突撃攻撃。
加速した状態で正面から激突すれば相対速度が乗り、いくらサクラでも木っ端微塵にされるだろう。
どうするかと思えばサクラは背中の翼で左右から挟み込むように大戦斧を受け止めた。
「どっせぇーい! 女神ナメんなわよ!」
翼で真剣白刃取りとは器用な真似をする奴だ。
大戦斧を受け止めながらメリリーに押される形で空を飛んでいるサクラから視線を切り、俺はシェルリとオフィーリアに話しかけた。
「すまん、ちょっと時間稼いでくれるか。30秒でいい」
気心の知れた二人は目線だけで俺の意図を察するとすぐさま行動した。
オフィーリアが簪でワープホールを開くとすぐに二人はそれに飛び込んだ。
俺はその隙に『死者の皇帝』としての能力を使ってアンデッド守護の結界を自分の周りに作り出す。
一方、サクラはちょうど「えぇい、鬱陶しい!」とメリリーの突撃をいなしたところだった。
やっと空中に静止したサクラの目の前にオフィーリアが作ったワープポータルが現れ、二人が飛び出した。
「マジックショーの始まりだよぉ!」
シェルリの戦場に場違いな明るい声に呼応するように、空中に無数のファラオの棺が現れる。
ファラオの棺がサクラを閉じ込めようと空中を滑るように移動して迫る。
「ハッ! そんな見え透いた手に乗るかってーーーーちょわっ!?」
すぐに避けようとした羽ばたいたサクラだったが不意に現れたシーリーンに翼を引っ掛けられてバランスを崩す。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。前を見て飛ばないと危ないわよぉ〜?」
空中で転ぶように急降下したサクラは棺のひとつに吸い込まれるように入ってしまった。
「ーー! ーーッ!」
何やら文句のようなくぐもった声とともに棺を内側からドンドンと激しく叩く音が聞こえる。
すぐに内側から破壊されるかと思ったが、なんとサクラが入った棺を重ねるように他の棺が被さり、まるでマトリョーシカのように連続して棺が重なっていった。
空を飛べないシェルリを支えながらオフィーリアが簪をくるくると頭上で回す。
すると無数の中華風の刀が出現して一斉にサクラの入った棺に向けられる。
「さて、紳士淑女の皆様方、お立会いください。女神の串刺しマジックをーーどうぞご覧あれ!」
一斉に突き刺さる刀。
またたく間にサクラが閉じ込められたファラオの棺はハリネズミのようになってしまった。
更にダメ押しとばかりにハリネズミと化した棺をコトリが巨大な燃え盛る足で踏み潰した。
吹き飛ぶ瓦礫、立ち昇る火柱。
いくらなんでもこれは死んだだろう、と誰もが思ったその時ーー。
「うがー! 好き放題やってくれるわね!」
怒りの大爆発とともにサクラが再び瓦礫から飛び出した。
ギャグのような展開だが、流石に女神といえどここまでされて無傷とはいかなかったようだ。
ところどころから出血し、背中の翼も痛みが激しく飛行がたどたどしい。
サクラからは限界が見て取れる。
「もう怒ったわ! こうなったら、この王都ごとあたり一面焼け野原にしてやるわ……!」
サクラが両手を頭上に高く掲げると、空中に球体の極光が出現した。
ジャパンのカートゥーンコミックでこんな必殺技を見たことがある気がする。
それは神聖騎士団のヌアザが聖剣から放った斬撃を純粋なエネルギーにして集めたかのような聖なる魔力の塊だった。
馬鹿みたいな威力のその攻撃が放たれれば文字通り王都は焼け野原になり、俺たちも全滅するだろう。
だが、この展開を予想していた俺はすぐに呪文を唱えた。
どうせこのクソ女神のことだからいつか怒りが沸点を超えてこういうことをしてくると予想して準備していたのだ。
「『配下よ、我が招来に応じよ』!」
一瞬にして俺の仲間たちが俺の周囲に集められる。
なおコトリは元の2メートル半くらいの身長に戻ってもらった。
さて次はと指示を出そうとすると、俺が声をかける前に待っていましたとばかりにミラが嬉しそうに聞いてきた。
「うふふ! あなたも面白いことをするのね! さぁ、トリック・オア・トリート?」
ミラは進化前は生意気が服を着て歩いているようなクソガキだったが、進化して性格がちょっと幼くなった気がする。
あるいは、少しでも俺のことを主人として認めてくれたのかもしれない。
「ーートリックだ。悪戯していいぞ」
なるべく格好つけて許可を出すと、ミラは小悪魔めいて笑いーーーー同時にミラはサクラの背中にいた。
「え?」
ミラは瞬間移動の予兆すらなく、いきなりサクラの後ろに居た。
サクラはそれに驚く間もなくーー。
「キャハハハハ! えいっ!」
「あっーー」
カートゥーンアニメのような動作でミラがサクラの頭上にある光球を尖ったものでつついた。
瞬間。
ーーーーまばゆい光が王都全体を包んだ。
光で視界を失いながらも荒れ狂う爆風を結界でかろうじて受け止めていると、段々と視界が戻ってきた。
「う、うぐぐ……」
なんと爆心地のように瓦礫も吹き飛んで真っ平らになった地面でサクラは生きていた。
ギャグ補正なのか女神のチートなのかもはやわからないが、サクラは最後の力を振り絞って立とうとしている。
女神チートで強化しているとはいえ中身は生身の人間。
傷ついた体は死に体、もはや逆転の目は万に一つもありはしない。
頼みの綱である背中の翼は焦げてボロボロになり、逃げることすら容易ではないだろう。
それでも一応は勇者の肩書きを名乗るだけはあるようで、気合だけでサクラが顔を上げる。
片膝立ちでなったサクラの周囲は既にロイテンシアとその眷属たちで囲まれていた。
まさに四面楚歌。
そんな進退窮まったサクラの元に、死刑宣告を下す死神の如き人影が現れた。
それは、一人の元吸血鬼だった。
「あ、アンタは……!?」
黒いロングコートを纏い、手には自分の体より大きな大鎌。
中性的で少年のような顔つきを持つ吸血鬼は目の前で蹲るサクラを冷ややかに見下ろしていた。
「君に名乗るのは二度目だね……。ボクは元魔王様配下、吸血鬼ノワール・クリュー・レンブラン」
それは『死せる吸血鬼』から進化して『堕ちた真祖』となったノワールの姿だった。
強い恨みを抱いたまま死に、進化して蘇ったノワールの背後からは復讐心が蜃気楼になって立ち昇っている。
迷い無い心と威厳に満ちたその立ち姿を見てサクラは苦笑いを浮かべる。
「はは……貴方、昔の魔王と姿がダブって見えるわよ」
「ーー貴様の一命を持って我が王の無念を晴らそう。清算の時だ」
ノワールはゆっくりと片手をサクラに向けて掲げる。
攻撃を阻止すべく最後の足掻きとして、残った翼の羽を飛び道具としてサクラは飛ばした。
ナイフのような鋭さをもった無数の羽がノワールの全身を切り刻むが、ノワールは歯牙にもかけない。
「ーー穿たれよ、鮮血の結末。『冷血なる死の血槍』」
妖しく光りだしたサクラの足元から呪いの槍が打ち出される。
女神の勘で1つ目は回避したが、2つ3つと続けば避けようがない。
「う、く、ああああーー!?」
かつてノワールが全身全霊で放たねばならなかった必殺の一撃が、悪夢のような連撃としてサクラを襲う。
「は、ハハハ! ははーーガッーーーー」
ついにサクラは魔法防御を完全に貫かれ、両手足を地面から現れた槍で貫かれた。
磔にされた聖者のような姿勢で女神サクラは動かなくなった。
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