魔王アーノルド 第4部
突撃攻撃を受けてバラバラになった俺たちの肉片のひとつが不意にカボチャに変化した。
その姿を見て、サクラは困惑の声をあげた。
「か、カボチャ……?」
それはハロウィーンに子どもが頭に被るような両目と口がくり抜かれたカボチャだった。
バラバラに空中に散らばった他の肉片も次々にカボチャに変じていく。
カボチャたちはギザギザにくり抜かれた大きな口でサクラを嘲笑うようにゲラゲラと笑いだした。
「な、なんなのこれ……!?」
流石のサクラもこの理不尽な超常現象を目の当たりにして表情に恐れが浮かんでいる。
うろたえるサクラの眼前、何もない虚空に一筋の切れ目が生じる。
空間の裂け目のようなその向こうには毒々しい紫色の謎空間が広がっている。
裂け目の向こうから、病的に白い女の細い手が伸びてくる。
ゆっくりと姿を現したのは元真祖の寵愛の美少女、ミラだった。
「トリック・オア・トリート? 女神様だってお菓子をくれなきゃイタズラしちゃうわよ? キャハハハハ!」
アンデッド化して『死神』となっていたミラは更なる進化を経て、特殊系最上級アンデッド『死に誘う道化』となっていた。
黒い死神を思わせるドレス姿から、不規則に穴の空いた極彩色の全身タイツ姿となっている。
人を小馬鹿にする生意気な小娘っぽい笑みはピエロのような印象を受ける今の服装にとても似合っていた。
いきなり煽られて青筋を立てたサクラは片手に魔力の刃を作り出して無言で切りつけた。
無詠唱の癖に強大な魔力を宿す刃に切り裂かれてミラの身体は上半身と下半身が真っ二つになり――――当然のようにカボチャに変じた。
それどころかゲラゲラ笑う大きなカボチャが爆発して爆風でサクラを巻き込んだ。
サクラにとって爆発のダメージは大したこと無いようだが煙を吸い込んでむせている。
「ゲホッゲホッ! い、意味わかんないんですけど!?」
そうやってミラに翻弄されているところをメリリーとコトリ、シーリーンが代わる代わる攻撃を仕掛ける。
各個撃破したいサクラであったが笑い声を戦場に轟かせるミラの謎の妨害がそれを許さない。
眼の前で連続して起こる不条理にうろたえるサクラのことを、俺たちは少し離れた城壁の上で見ていた。
空を飛びながら戦うサクラとミラを遠目に見ながら、俺たちは城壁の物見櫓に隠れていた。
「ミラ様のあの能力は恐ろしいですね。あの女神が手玉に取られています。強い弱いより以前に、この世界の理から外れているような……」
「アタシ達も気が付いたらこんなところにいたしねぇ! すごいよねぇ!」
オフィーリアとシェルリがサクラとミラの空中大決戦を観戦しながら感想を漏らす。
それもそのはずで、特殊系アンデッドの中でも『死に誘う道化』は特に特殊な立ち位置にある。
強力な幻惑能力に加えて距離を自由に変更する能力。
ワープホールを出現させるのではなく位置関係を自由に変更できるその力は実質的に瞬間移動の上位互換。
幻惑と距離の能力を併用することで超常現象を引き起こしているように見せかけることができ、敵対した相手は混乱して何と戦っているのかすらわからなくなる。
ミラの幻惑を中心に優勢に戦いを運ぶ仲間たちの様子を見て俺はこの場にいるスージー、シェルリ、オフィーリアに視線を向けた。
「……」
いつもなら「うー?」とか言って一番最初に声を掛けて心配してくれるスージーがさっきから無言だ。
「スージー、大丈夫か? 元気がないようだがハラでも減ったのかァ?」
深刻になりすぎないようについ軽口を叩く。
空気を読めとばかりにシェルリとオフィーリアが左右から両脇を小突いてくる。
どうにも重い空気に耐えられないのは生前からの俺の短所だな。
「悪い……何かあったのかスージー?」
居住まいを正してスージーと向き合う。
灰色のドレスのスカートを両手で握り、スージーは恥ずかしそうに口を開いたり閉じたりしている。
生前の人生で女っ気皆無の人生を送ってきた俺は本来であれば女の気持ちを察することなど微塵もできない。
「ス、スージー? お前まさか……!?」
しかし、一番最初に仲間になって長い付き合いを言葉を交えないコミュニケーションでやり取りし続けてきたスージー相手だけは例外だ。
そして、スージーはやっと下級アンデッドの『屍食鬼』から中級アンデッドの『泣き女』に進化したのだ。
それが意味するところを、スージーが何をしようとしているかを察した俺は――ただ静かにスージーを待った。
躊躇いがちに伏せていた目を決心したように俺に向けると、スージーはゆっくり口を開いた。
「――――あ、あ……ありが、とう。い、生きていて。くれて」
「……!」
思わず手で自分の口を塞いだ。
それだけではとても耐えられず顔を伏せたが、結局俺は涙を我慢することができなかった。
なにせ初めて、出会ってから初めて俺はスージーの言葉を聞けたのだ。
格好悪く泣き出した俺を心配してオロオロとスージーが俺の肩に手をかける。
「だ、だい、じょうぶ? 泣かないで。ごり」
『泣き女』に泣かないでと言われるなんて笑えるぜ。
俺は鼻をすすりながらスージーに笑いかけた。
「も、もうお前のことを泣き虫なんて笑えないな。見ろ、俺だって泣き虫だ」
泣きながら笑う俺のことをスージーは優しく抱きしめた。
咽び泣くいかつい中年男性なんて気色悪いものを、スージーは気にする素振りもせず抱いてくれた。
「あぁ! ずるいよスージーちゃん、アタシもゴリさんとハグするんだからぁ~!」
続けてシェルリが力いっぱい俺とスージーを抱きしめた。
「ちょ、ちょっとシェルリ! まだ戦闘中なのですよ? まったくもう……」
言葉では制止しながらも後からオフィーリアも遠慮がちに抱きついてきた。
シェルリは喜びで涙を流し、オフィーリアも涙を浮かべ、俺に至ってはガチ泣きしている。
唯一スージーだけが俺たちを宥めるように泣かずに背中を撫でてくれている。
いつもとは真逆の反応だな。
そうして、戦場のただ中で互いの無事を喜んで抱き合う俺たち4人。
俺はこの時――この異世界に転生してきて本当によかったと心の底から女神に感謝した。
そんな感動的なシーンに。
「なぁ~に人のこと放っておいて感動のエンディングを迎えようとしてるのよー!!」
空気をぶち壊すおてんば系転生クソ女神の声が響いた。
俺たちは慌てて身体を離して涙を拭く。
そういえばまだ戦闘は終わっていなかったな。
いつの間に俺たちの居場所に気付いたのか、サクラは翼を広げてこちらに向かってきていた。
女神としての力を全開にして神々しく輝いていた姿は仲間たちの波状攻撃を受けてボロボロになっている。
それでも煤けた翼を羽ばたいて俺たちのいる城壁までやってきた。
その後ろから俺の仲間たちも集まってくる。
翼で滞空するサクラと城壁に立つ俺とで視線が交わる。
俺は鼻声にならないよう気をつけながら舐めた口調で煽り文句を垂れた。
「オイオイオイ、随分べっぴんさんになったじゃねぇか女神サマ。こっちは今取り込み中だから宗教勧誘なら後にしてくれねぇか?」
自分を雑魚キャラのように軽んじられたサクラはカンカンに怒った。
「ふざけてんじゃないわよ! 筋肉モリモリマッチョマンで死体愛好家(ネクロフィリア)の変態の癖に!」
「ひでぇ言われようだなオイ。死霊術師なんて能力を渡したのはお前だろ?」
形勢は明らかにこちらに傾いている。
にもかかわらずサクラは気炎万丈、こいつだけは泣かすとばかりに逃げもせず闘志を燃やして立ち向かってくる。
俺はいよいよこの不毛な決戦に終止符を打つべく仲間たちに指示を出す。
「行くぞファ◯ク女神。お前こそ悔いが残らないよう最期までこの世界を楽しめよ!」
「――っ! 吐いたわね! 後悔させてやるわっ!」
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