町娘シェルリ 中編
「おぉ〜!」
「うぅ〜!」
思わず俺とスージーの声がダブった。
それもそのはず、やっと着いたシェルリの町は想像よりも賑わっていたのだ。
行き交う人々は活気に溢れ、あちこちから旨そうな匂いがする。
見たことない飯や道具を売っている露天商なんかはいかにも異世界っぽい。
無論、俺が生前検死官として働いていたロスサントスとは比べ物にならないが、少なくともスージーの村の何十倍はありそうだった。
異世界転生者の俺と田舎者のスージーが町並みに感心していると、元気娘のシェルリが大きな声を出した。
「ちょっと家に顔だしてくるね! 家族が何日も顔を出してなくてきっと心配してるんだから!」
シェルリの声が大きいのは人で賑わう町で育ったからかもしれないな。
いやそれよりも――。
「なに!? おいちょっと――――」
俺が呼び止めようとする間もなくシェルリは駆け出していた。
「先に貴族について情報収集しておいて〜! あとであたしも合流するんだからぁ!」
シェルリは「だからぁ〜」という残響とともに足早に去っていった。
いや――――そもそもいつの間に、俺がシェルリを撥ねた馬車の貴族を探す話になったんだ?
ひとときとはいえやかましい娘から解放された俺は疲れが押し寄せるとともに腹が鳴った。
「何もかもわからんが、とりあえず腹が減ったな……」
「うー!」
スージーが嬉しそうに頷いた。
ティーン女子とのやり取りに疲れた俺は近くにあった酒場に入った。
飯と聞いてウキウキのスージーには念のため屍食鬼だってバレないよう大人しくしてろよと伝えた。
店内は飯時で混み合っており、ガラの悪そうな連中が昼間っから酒を飲んでいた。
俺とスージーは仕方なくカウンター席に座ると、俺といい勝負なくらい強面のマスターが注文を聞いてきた。
異世界の飯はよくわからんのでおすすめを二人前頼んだ。
注文が済んで落ち着いたところで俺はふと異世界の金を持っていないことに気付いた。
「やべぇ……。おい、スージー。持ち合わせあるか?」
「あう。うっうー」
スージーは突然靴を脱いだと思ったら靴の中からお金を取り出した。
女神の通訳を通して聞けば、母親が持たせてくれたのを盗られないように隠していたんだと。
「スージーはいい子だなぁ……。アンデッドだけど、俺がイセカイッドハーレム作る時は入れてやるからな」
「うあ?」
俺がスージーの頭をよしよししていると料理が運ばれてきた。
黒パンと何かの肉の腸詰めか。
いかにも異世界の酒場らしい飯に満足して手を付けようとしたが、その前に――。
「なぁ店主、このあたりに貴族の屋敷とかってあるか?」
シェルリの手伝いをすると決めたわけではないが、聞いてやるくらいはしておいてやろう。
俺の問いを聞いた店主はじろりとこちらを睨んだ。
「……あんた、ポロニアス様も知らないのか」
完全によそ者を見る目をしたマスターはそれだけ言うとそっぽを向いてしまった。
サービス精神旺盛な店主だぜ、まったく。
「ポロニアス様ねぇ。ひょっとしてここらを治める領主かなんかか? ――おっと」
俺は近くの席に座っていたガラの悪い二人組の男が近づいてくることに気付いた。
ごろつき二人組はこっちをよそ者と見て見下して話しかけてきた。
「おい、ここは田舎モンの来る店じゃないぜ?」
「怪我したくなかったらその金を置いてとっとと田舎に帰りな!」
見事なまでのチンピラ定型文だ。
しかもスージーの金まで欲しいときたもんだ。
カウンター内のマスターをちらりと見ると、客の揉め事には不干渉だと言わんばかりに無視を決め込んでいる。
異世界の治安やばいな。ロスベガスとどっちが悪いだろうか?
今思うとスージーの村は平和だったなぁ。
仕方ない。ここはロスベガススタイルで切り抜けよう。
俺は田舎のスローライフを名残惜しく思いながら絡んできた二人組に大げさに答えた。
「失せな童貞共! お小遣いが欲しかったら家でパパのナニでもしゃぶってるんだな」
どうせこの手の類は口で何を言っても通じない。
面倒事は全部暴力で解決。これがロスベガスでは100点の対応だ。
俺のとびきり下品な煽り文句に二人組は顔を真赤にして怒った。
面倒だから適当にボコって黙らせようと思ったら隣の席のスージーが先に立ち上がった。
「う"う"う"ぅ"……!」
スージーは俺を守ろうとしてくれているのか、今にもごろつきの首筋に噛みつきそうに怒っている。
慌てて俺はスージーの口を押さえつけた。
「スージー! ステイステイ! いくらなんでもこんな真っ昼間から人を喰っちまったらここがパーティ会場になっちまう」
「うぅー?」
渋々と後ろに下がるスージーと入れ替わりで俺が前に出る。
ここのところ身体を動かしていなかったからな。筋肉がなまっちまう。
さぁやっと俺の出番だと腕まくりをしながらごろつき二人組に向かい合うと、ふいとごろつきの片方の身体が宙に浮いた。
「ア?」
俺が疑問の声をあげると、今度はもう一方のごろつきも宙に浮かんだ。
ごろつきたちは2メートルくらいの高さで宙吊りになって両足をバタバタさせている。
何が起こったのかと思うとよく見れば、ごろつきの後ろにバカみたいにデカい女が立っていた。
身長シックス・シックス(※6フィート6インチ=約2メートル)ある俺が完全に見上げている。
人間とは思えないほど背の高いお嬢さんはそれぞれ片手で2人のごろつきの首を掴んで持ち上げていた。
巨女はその身長に反して気弱そうなか細い声で言った。
「ごごごごめんなさい! メリリーさんがこうしろって言うから……」
デカ女の影からメリリーと呼ばれたもうひとりの女が出てきた。
その女――どうみても幼女にしか見えない小さな女は不釣り合いな全身鎧を身に纏っていた。
どうやって幼女がそんな重い代物を着ているのかと思いきや、それどころか自分の身長の2倍はありそうな大戦斧を片手で軽々と持っているじゃないか。
戦士っぽい幼女は真一文字に結んだ口を僅かに開いて言葉少なに言った。
「女こども……いじめる、許さない」
呆気にとられていると、俺の背後から急に別の女の声がした。
「大丈夫かしらぁ? お嬢ちゃん、怪我とかしてないかしらぁ?」
驚いて振り返るといつの間にか俺とスージーの間に黒い肌の女が立っていた。
スラリと細い身体に細長い耳。うっすらと輝く短い銀髪から整いすぎた横顔が見える。
これは自信を持って言える。こいつはエルフ――それもダークエルフだ!
俺が初めて憧れのエルフとの遭遇に興奮していると、ダークエルフの言葉にスージーが元気に返事した。
「うー!」
「うふふ。そう、元気そうでよかったわぁ」
どう対応すべきかチェリーボーイのように固まっている俺の脇をダークエルフはするりと通り過ぎると、先程のデカ女と戦士幼女たちと合流した。
どうやら仲間らしい。
戦士幼女――――メリリーはデカ女にぶっきらぼうに指示を出した。
「コトリ……そいつら、捨ててこい」
デカ女――――コトリというらしい。は、弱々しく返事した。
「は、はいぃ〜……」
指示された通り、いつの間にか気絶してぐったりとしたごろつき2人をコトリは店の外に運んでいった。
俺は展開に追いつけないながらも、どうやら俺たちを助けてくれたらしい女3人組に礼を言った。
「助けてくれたんだろ? ありがとな嬢ちゃんたち」
なんでもなさそうにダークエルフが笑いながら応じた。
「別にいいのよぉ。うちのドワーフがどうしても助けようって言うからぁ」
切れ長で美しい瞳をたたえたその笑顔は、口調の柔らかさに反してなぜか冷たい印象を受けた。
「ドワーフ? そこの小さい嬢ちゃんはドワーフなのか! 通りで小さくても力持ちなわけ――」
ドンッ!!
俺の言葉を遮るようにドワーフ戦士のメリリーは手に持った大戦斧の柄を床に叩きつけて大きな音を出した。
驚いているとダークエルフがまた音も立てずに近寄って囁いてきた。
「気をつけなさいよぉ? ドワーフはプライドが高いから、チビ呼ばわりなんかすると痛い目をみるのよぉ。因みにうちのもうひとりの巨人族も身長の話はダメねぇ」
「そりゃ……すまなかったな」
素直に謝るとメリリーは「ふんっ」と鼻息を立ててから背を向けた。
「行くぞ……シーリーン、はやくこい」
「はぁい。じゃあねぇお二人さん。縁があったらまた会いましょう〜」
シーリーンと呼ばれたダークエルフとメリリーはそのまま店を出ていった。
店を出る直前に、シーリーンが振り向いて一言残していった。
「そうそう。ポロニアスの館は町の北西のはずれにあるわよぉ。――あぁ、情報料はもうもらったから気にしないでねぇ」
有り難い情報と意味深な言葉を残して女たちは去っていった。
ドワーフの女戦士に、巨人族の女(格闘家か?)、それとダークエルフか。
女冒険者3人組といったところか。――中々ロマンあるパーティだったな。
せっかくのイセカイッドなのだ、俺もあいつらみたいな他種族のハーレムを作ってみたいものだぜ。
俺がそんな感慨に耽っているとスージーが素っ頓狂な声を出した。
「あう!?」
「ん? どうした、スージー」
見るとスージーは空っぽになった靴を俺に見せてきた。
「まさか金がなくなったのか……!?」
その時、「情報量はもうもらった」というシーリーンの冷たい微笑が思い浮かんだ。
「あのダークエルフのジョブは盗賊(シーフ)だったらしいな…………フ○ック!」
俺は異世界の洗礼を受けて思わず悪態をついた。
所持金を全部失った俺たちが途方に暮れていると元気いっぱいのシェルリがやってきた。
これ幸いと俺は会計をシェルリに押し付け、とりあえず散々な目に遭った酒場を離れたのだった。
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