勇者サクラ 第4部
――視界の同調が終わる。
俺が同調したのはノワールの視界だ。
どうやらノワールは俺たちのいる王の居室に続く廊下にいるようだ。
この廊下は王族が自分たちの居室に戻るためのものであり、襲撃を警戒して窓は無い。
お陰でもっとも日光に弱い元吸血鬼のノワールでもなんとか戦闘への支障は最低限で済みそうだ。
ノワールの側には無事に合流したらしきシェルリとオフィーリアの姿もあった。
だが、何故かミラの姿は無い。
『ノワール、ミラはどうした?』
念話で話しかけるとノワールは緊張の混じった声で返事をした。
「ミラ様は奥の手として控えてもらっているよ。ここはボクたちが喰い止めてみせる」
『そうか。……すまん、頼んだ』
俺にはそう声をかけることくらいしかできない。
ノワールは苦笑いしつつ頷く。
「いいさ、今の主様は君だからね。それに、元主様の魔王様の仇を取る良いチャンスでもあるからね」
ノワールがぎゅっと手にした大鎌を握り直した。
両側に立つシェルリとオフィーリアからも緊張を感じる。
「オイオイオイ。お前ら、あんまり気張って漏らすんじゃねぇぞ? 王城のカーペットは高ぇんだからな」
「ぷっ。ちょっとゴリさぁん! 緊張感がないんだからぁ!」
「下品だなぁ、ゴリさん」
「レディに対してかける言葉ではないかと思われます、ゴリ様」
三者三様の返事が返ってくる。
俺の評判は下がったかもしれないが、少しは緊張がほぐれただろうか?
今の俺にできることはこれくらいしかないからな。
ーーカツカツカツと足音が廊下に響いてきた。
和んだ空気をノワールが大鎌を構え直すことで断ち切る。
シェルリとオフィーリアも戦闘態勢を取る。
足音はひとつ。金属鎧の擦れる音は聞こえない。
ということは、仲間の騎士でも神聖騎士団でもない。
オフィーリアが軽やかに両手で空中を撫でると複数の剣がどこからともなく現れ、『屍道士』の能力によって浮いたまま廊下の先に剣先を向ける。
俺は祈りを篭めて念話を送る。
『お前ら――――死ぬなよ!』
廊下の先の人物が姿を見せる寸前、オフィーリアは10本以上の剣を敵目掛けて打ち出した。
水平に打ち出された剣が次々に通路奥の壁に突き立つ。
出足を狙った攻撃をサクラは予想していたのか、前方に宙返りしながら回避。
壁に着地すると同時に壁を蹴って跳び、こちらに向けて疾駆してくる。
回避されるだろうと予想していたオフィーリアは次々に剣をサクラに向けて射出する。
「『血刃』!」
直線の廊下を埋め尽くすように連続して打ち出される剣に加え、ノワールが物理防御不可能な液体の刃を飛ばす。
迫りくる弾幕の如き大量の剣を刀で弾きながら接近してきていたサクラは鼻で笑いながら血刃を回避した。
しかし回避の分だけ否応なく接近する速度が落ちる。
「そこぉ!」
シェルリがサクラを捕まえようと『高貴なる木乃伊』の包帯を素早く伸ばす。
包帯で拘束することができればいかにサクラといえど剣と血刃の雨霰に成すすべもないだろう。
ならばサクラは包帯を避けるために足が止まるはずだ。そこに勝機がある。
サクラが接近戦の技術に秀でているのはメリリーたちとの一戦でわかった。
だからこそこうして露骨に包帯を伸ばすことでサクラの接近を阻害して、遠距離で倒す作戦なのだ。
ここは回り込むことのできない直線の廊下。
遠距離戦であれば手数の多さでこちらが勝るーー。
サクラの腕と足に向けて伸びるシェルリの包帯。
接近を牽制するためのその攻撃をサクラはーー避けなかった。
「えっ?」
呆気なく手足を拘束されてしまったサクラにシェルリの方が間抜けな声を上げる。
ならば後は飛び道具で封殺するだけ、そう思った時。
「奔れ! 『神なる炎』!」
サクラが短い合言葉を叫ぶと彼女の両手足から炎があがった。
本来であれば炎はまっさきに火元である彼女自身を焼くはずだ。
しかし魔法で生み出された超自然の炎は手足を拘束しているシェルリの包帯の上をまるで炎の蛇のように目にも止まらぬ速さでシェルリに向かった。
サクラが意地悪な笑みを浮かべる。
「そんなわかりやすい弱点を狙わないわけないでしょ!」
炎を止めるべくオフィーリアが包帯目掛けて剣を振るう。
「シェルリ!」
だが、包帯をオフィーリアの剣が断ち切る前に無常にも炎はシェルリ本体に到達した。
シェルリの全身がマミーの弱点である炎に包まれる。
「いや! いやぁーー!」
身体を無闇やたらに暴れさせ、全身の包帯を四方八方に伸ばして身体を焼く火炎から逃れようと藻掻くシェルリ。
しかしサクラが放った炎の魔法は一向に弱まる気配すらない。
「あ、あぁーー!」
炎を振り解こうとするシェルリの動きが次第に弱まっていく。
俺は何か打開策はないかと必死に考える。
そこへ考えるより前に思わず手を差し伸べたのはオフィーリアだった。
「待っていなさい、絶対に助けーー」
シェルリを助けようとオフィーリアは無策で手を伸ばす。
自らの身体が焼けるのも構わずオフィーリアは手を尽くそうとする。
だが神の力を宿した魔法の炎はアンデッドに対して容赦ない。
そこへ、オフィーリアの背中に忍び寄る影が。
俺は叱責の声を投げる。
『後ろだオフィーリア!』
「!? しまっーー」
オフィーリアからの剣による投擲攻撃がなくなった隙を逃すほどサクラは甘くなかった。
振り向いたオフィーリアの腹部に神刀『桜』が突き刺さる。
アンデッドを殺す刃に急所を貫かれ、オフィーリアはこふりと小さく吐血する。
オフィーリアは最後の力を振り絞ってうわ言めいて小さく声を上げた。
「申し、わけ……ありません。ゴリ様……」
サクラは脱力して倒れかかるオフィーリアから素早く刀を抜き去る。
倒れふそうとするオフィーリアにサクラは容赦ない後ろ回し蹴りを叩き込んだ。
蹴り飛ばされたオフィーリアは炎に巻かれて弱まっていたシェルリを諸共に吹き飛ぶ。
「アハハ! 仲良くオネンネしてなさいっ!」
激突した2人は廊下の壁に激突して落下。
動かなくなった2人は緩やかに魔法の火炎に巻かれて消えていった。
俺はシェルリとオフィーリアがやられるのを見ていることしかできなかった。
視界同調ではなく俺自身がその場にいれば、怒りでどうなってしまうかわからない。
自分の不甲斐なさに、奥歯が割れるかと思うほど歯噛みした。
それは視界同調したノワールも同じだった。
「さて、残すはあなた? たしか魔王軍の残党なんだっけ?」
「……君が魔王様を殺した勇者とやらなのかい?」
サクラの質問を無視してノワールが質問に質問を返す。
仲間を2人も目の前で殺られ、ノワールは怒りにうち震えながら攻め時を伺っている。
互いの距離は5メートル。
吸血鬼ならば一歩で相手の首を刈り取ることが出来る間合いだ。
ノワールに質問を無視されたサクラは気にする素振りもなく嬉々として彼の質問に答える。
「えぇ、えぇ。そうよ。あの吸血鬼の真祖を倒したのは私。ゴリと戦う前の暇つぶしと準備運動を兼ねてって感じ? 意外に楽しかったわよ」
「ーーーーっ」
ぎりと八重歯を噛みしめる感触が伝わってくる。
ノワールはかつて崇拝して仕えていた魔王を殺されて怒っているのだ。
『おいノワール、落ち着け! 女神の挑発に乗るな! せめてミラと合流してからーー』
俺の制止の声にノワールはゆるやかに首を振る。
「ボクは今やゴリさんの配下だし、ミラ様ほど直上怪口でもないさ。……でもね、かつての主君をコケにされて大人しくしていられるほど、大人でもないんだ」
ノワールと同調した視界が徐々に赤く染まっていく。
吸血鬼の力の源である血液が惜しみなく全身を行き渡っているのを感じる。
「元魔王様配下、吸血鬼ノワール・クリュー・レンブラン。我が一命を持って我が王の無念を晴らす!」
「ハッ! 死にぞこないの血吸い蝙蝠が、できるものならやってみなさい!」
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