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勇者サクラ 第3部

 

 斬り落とされたメリリーの首はスローモーションのように地面に落下した。

 遅れて金属鎧を纏った身体が軋む音とともに倒れ伏す。

 

 既に死者であるアンデッドにとって首を切断されることは終わりではない。

 いつぞやのスージーなどは首だけになっても敵に噛み付き、頭を潰されても復活したではないか。

 

 しかし、勇者サクラの一刀は不思議な説得力があった。

 あぁ、あの剣で斬られたのであればアンデッドですら死の運命からは逃れられぬ――――と。

 

「いい太刀でしょ、これ。神刀『桜』って名前を付けてみたのよ。性能は……見ればわかるわね」

 

 ただ首を斬られただけだというのにメリリーは起き上がらない。

 ぴくりとも動かない沈黙が、それが、もう取り返しのつかない()()()なのだと雄弁に語っていた。

 

「う、うわあああああ!」

 

 俺とシーリーンが茫然自失している時、悲痛な叫び声とともにコトリが動いた。

 

 燃え盛る巨岩とでもゆうべき拳をサクラ目掛けて振り下ろしたのだ。

 

「だめよぉ! コトリちゃぁん!」

 

 上空で偵察役に徹していたシーリーンが制止の声をあげながら急降下する。

 大事な仲間を殺されて恐慌状態となったコトリにその言葉は当然ながら届かない。

 

 着弾した炎の拳が轟音とともに王城の石畳を破壊する。

 渾身の力を篭めたコトリの拳をサクラは涼しい顔で跳んで避け、ついでとばかりに振り下ろされた腕に飛び乗って駆け上がる。

 炎を物ともせずコトリの顔目掛けて腕の上を走りながらサクラはなにかの呪文詠唱を始めた。

 

『来たれ氷の女王、我が命に従い剣に宿れ――』

 

 咄嗟に手を引くコトリだったが、結果的にそれはサクラを引き寄せることになった。

 あと少し、あと少しでシーリーンが間に合うということろでサクラは小さく跳躍した。

 

 戸惑いの表情を浮かべたコトリが小さく吐息を吐く。

 

「あっ――――」

 

「炎対策は万全なのよね。――『とこしえ(エターナル)の氷河(グレイシャー)』!」

 

 サクラが頭上に刀を掲げると刃渡り数メートルはあろう氷の刃が現れた。

 がむしゃらに伸ばすシーリーンの手の先で、コトリは30メートルもの身体を唐竹割りに切断された。

 

 縦に真っ二つにされたコトリの巨体が力なく崩れゆく。

 

 シーリーンはその姿を嘆くことも忘れて激情に身を任せて落下途中のサクラに取り付いた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 

 シーリーンの口から発せられた声は言葉にならない。

 『地縛霊(ファントム)』が本気で憎む相手に向ける呪詛の声だ。

 

 密着距離でその呪詛を受ければ常人なら即死。

 熟練の神官でも発狂は免れ得ないだろう。

 

「うるさいわねぇ……アンデッド軍団と戦うのに呪い属性耐性を怠るわけないでしょ?」

 

 にも関わらずサクラは少しばかり片眉をあげただけで涼しい声を返す。

 そんな憎むべき相手の様子を見てシーリーンは「ずぶり――」とサクラの身体に潜り込んだ。

 ロイテンシアを倒した時のように、身体の内部に入って内側から爆散させるつもりなのか。

 

「残念ね。あなたが私と一番相性が悪いのよ」

 

 サクラの体内はまばゆい光に包まれた世界だった。

 女神そのものとでもゆうべき光り輝く精神体。

 同じ場所に存在しているだけで怨霊であるシーリーンは身体がボロボロと崩れていく。

 

「あ、あ、あぁーー――!」

 

 最期には視界すべてが真っ白に染まり――俺は視界同調から弾き出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うー! うっうー!」

 

 突然瞑想から醒めてうずくまる俺の様子を見てスージーが心配そうに肩を揺する。

 俺はひとつ深呼吸をし、努めて冷静な声で王の間にいる仲間に告げる。

 

「……メリリーたち3人がやられた」

 

 その場にいる全員が息を呑んだ。

 

「や、やられたって……消滅させられたってこと?」

 

 いつもの元気な口調を消したシェルリが沈痛な声で聞いてきた問いに、俺は頷きだけで答える。

 

 あの強い冒険者3人娘ですら、勇者サクラには傷一つつけられなかった。

 視覚同調が途切れた後、聖騎士のヌアザと同じ様に地上数十メートルから落下しただろうが、それで死ぬようなタマじゃないだろう。

 

 後はノワールとミラが迎撃に出ているが……あれだけの強さを見せつけられては。

 

「………………」

 

 幾許かの重い沈黙の後、オフィーリアがすっと立ち上がった。

 全員の視線を集めながら彼女は俺の前に片膝立ちで跪いた。

 

「ゴリ様、私とシェルリは少々お暇を頂きたく存じます。心苦しいのですが、この場のことはスージーとロイテンシア王女にお任せします」

 

 戸惑う俺に反し、シェルリはハッとした顔でオフィーリアの意図を察すると、同じ様に俺に向かって跪いた。

 

「オフィーリア……? それに、シェルリまで。なんだってんだ?」

 

 半ばその意図を察しながらも、そうであって欲しくないという思いから俺は場違いな情けない声をあげる。

 情けない俺を見上げながらシェルリはいつものような眩しい笑顔を浮かべて宣言する。

 

「えへへ、最後にお役に立つんだからぁ!」

 

 言うやいなや立ち上がった2人はロイテンシアに目を向ける。

 

「……暖炉の裏に隠し通路がありますわ。そこから王城の中に出れます――――ご武運を」

 

 ロイテンシアの言葉に強く頷くと2人は暖炉に向けて駆け出した。

 

「待てお前ら! 今の弱ったお前らじゃ――頼む、待ってくれ!」

 

 俺の必死な引き止める言葉に、はにかむように笑うだけで2人は足を止めなかった。

 あっという間に2人は部屋から出ていった。

 

 いても立ってもいられず駆け出そうとした俺をロイテンシアの護衛騎士たちが押し留めた。

 

「どちらに向かわれるのですか? アーノルド様」

 

 厳しい表情で冷たい声を掛けてくるロイテンシアを俺は睨み返す。

 

「戦力的にも出し惜しみをしていられる状況ではありません。しかし、あのような大規模な戦闘において生身の人間である貴方様を前線に立たせるわけにはまいりません。それに配下を信じて待つのも王の役割ですわ」

 

 ここでふっとロイテンシアは表情を緩めた。

 

「アーノルド様、彼女らは誰に命令されることなく自らの意思で死地に赴いたのです。主たるもの、臣下の想いを無碍にしてはなりません」

 

「あうー」

 

 スージーも俺の服の裾を引いてここに留まるよう目で訴えてくる。

 

「…………わかった」

 

 俺はどかりと椅子に座り直した。

 押し寄せる不安を深呼吸で押し殺し、ザゼンめいて精神を統一させてから視覚同調の呪文を唱えた。

 

 

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