勇者サクラ 第2部
俺たちは勇者サクラと目が合ってすぐさま王城内に駆け込んだ。
広場からこの王宮は近い。
すぐに迎撃の準備をしなければならない。
「何が勇者だ! あのフ○ック女神のクソアバズレがっ!」
仲間たちと城内を駆けながら俺は悪態をつく。
「う"ー」
「ゴリさぁん、いつになく口が汚いよぉ!」
スージーとシェルリが俺の独り言にダメ出しをする。
「あれがゴリ様が度々独り言のように会話されていた女神とやらなのですね。ゴリ様の妄想の産物かと思っておりましたが、実在されたのですね」
オフィーリアに至ってはこれまでのサクラとの念話による会話を俺の妄想だと思っていたらしい。
「うるせぇよ! 俺だって肉体を持ったあいつと出会ったのは初めてだよ!」
そうこうしているうちに俺たちは最終迎撃ポイントである女王の居室にやってきた。
ロイテンシアが生き残った(アンデッドだが)護衛騎士に命じて入り口にバリケードを作らせている。
「この王宮でもっとも堅牢なのがこの部屋ですわ。ここにいれば安全……とはとても言えませんが、少なくとも時間は稼げます」
3人娘とロイテンシア以外の仲間たちとは既に迎撃のため別れている。
迎撃に出た仲間たちには魔力の許す限りでアンデッド強化の呪文をかけてあり、俺は死霊術で視覚を仲間と共有して指示を出す手筈になっている。
「……正直に申し上げますと、戦力的にも迎撃に出た皆さんが敗れた時点で我々の敗北は必定です」
ロイテンシアはこちらの様子を伺うような視線を投げかけてきた。
「敵方の目的は殲滅ですので、降伏も許されません。もしもの際は私とゴリ様だけでも――――」
恐らく、先日ノワールたちと戦った地下道から逃げるということなのだろう。
「それは……」
アンデッドは生み出した死霊術師が絶命した時点で消滅する。
つまり俺が死ねば仲間たちは全滅することになる。
加えて、この国を治める王女であるロイテンシアが逃げ落ちることを選択肢に入れるのは当然のことだ。
だが俺は、仲間たちを見捨ててなんて――――。
『ハーイ。ひょっとして逃げることとか考えちゃってる?』
まるでこちらの様子がわかっているような抜群のタイミングで女神が念話を飛ばしてきた。
――まるで、ではなく。まさにこちらの情報が筒抜けなのだろう。
こうなるとどのみち逃げ落ちる選択肢も無いと考えたほうがいいだろう。
「テメェ! ちょっとは女神チートを遠慮して使わないとか考えねぇのかよ!」
『これでもかなり制限しているのですよ? 不老不死の精神体などではなく、しっかり普通の人間の肉体を使っていますからね』
普通の人間の肉体?
ということは殺すことは不可能ではないはずだ。
女神なりのハンデなのだろう。だが――
「そもそもなんで女神が人間になって勇者なんてやってんだよ! 天国だか天界だかでふんぞり返ってろよ!」
「いえね? 私だって好きで異世界転生担当に選ばれたわけじゃないんですよ。なのに他の神々ときたら飽きただのつまらないだの。転生者がどう生きるかなんて私の管轄じゃないのに終いには転生担当の私が無能呼ばわりされて。なのにあなたは順調に異世界生活を満喫しててしゃくじゃないですか」
「おぉ? お、おう……」
いきなりくたびれたOLみたいな仕事の愚痴が始まった。
異世界転生担当の女神も大変らしい。
正直に言えば、こいつとの付き合いもそこそこ長くなっている。
曲がりなりにもこいつのお陰で第二の人生というチャンスをもらえた。
状況を度外視すれば同情してやることもやぶさかではないのだが――。
『だから私も異世界転生して、腹いせにあなたのハーレム生活をぶち壊してやろうかと思いまして』
「ふざけろ!!」
こんなとんでもないことを考える女神に同情の余地はやはりないようだった。
悪いが、存分に返り討ちにさせてもらうこととしよう。
『まぁまぁ、あなただってこれまで散々ひどい目にも遭ったでしょうが、同じくらい良い目を見たでしょう? そろそろこの楽しい夢も終わらせて――――おっと、来ましたか』
来た、というサクラの声を聞いて俺は慌てて迎撃に出ているシーリーンと視覚共有をした。
すっかり朝日も昇り、今日の王都は目もくらむほどの快晴だ。
斥候役のシーリーンは『地縛霊』の半透明の身体を青空をに浮かべて上空から王城前にやってきた勇者サクラと神聖騎士団の生き残り達を捉えていた。
視界を共有したことでシーリーンが強い貧血のような症状を感じていることがわかった。
――日光による悪影響が強い。
こんなコンディションの中で戦いに赴いてもらっていることに罪悪感を感じながらも俺は念話で指示を出した。
「いいか、さっきも言ったがお前らは奴らを日光の届かない屋内に誘い込むための囮だ。なんとか奴らの気を惹き付けてくれ。……無理だけはするなよ」
「ん……わかって、いる」
「わわわ……わかりました」
「わかっているわよぉ、任せなさぁい」
メリリー、コトリ、シーリーンからそれぞれ返事がくる。
開戦の合図も名乗りもなく、まずは神聖騎士団たちが浄化魔法を撃ってきた。
『暗黒騎士』となったメリリーが呪いの霧を纏った戦斧をひと薙ぎするとそれだけで浄化魔法は掻き消えた。
『燃え盛る巨人』のコトリは少し痛そうにしているが傍目に見ても全然効いていない。
この2人は俺たちの中でも特に浄化魔法に強い耐性を持つ上級アンデッドであり、浄化魔法が弱点のシーリーンは上空にいるためそもそも気付かれていない。
アンデッドに効果覿面であるはずの浄化魔法が効いていないことに神聖騎士団たちは大きく動揺している。
「よし、いいぞ。そのまま少しずつ屋内に向けて後退――」
指示を発する寸前、淡桃色の陰がメリリーに向かって駆け出した。
「むっ……来るか、来い!」
短剣を下段に構えながらサクラが一気に距離を詰める。
身の丈に不釣り合いなほど巨大な大戦斧を水平に構えてメリリーが迎撃の構えを取る。
軽装備のサクラがそんな一撃を喰らえばボロ雑巾のように吹き飛ぶだろう。
ならば軽装備を生かして高く跳んで避けるはずである。
メリリーとてそんなことはわかっている。
むしろ地を這うような水平薙ぎはサクラの跳躍を誘発するためのものであり、本当の狙いは跳躍し空中で無防備になったサクラを二撃目で両断することだ。
サクラとしてもそれは十分予想できる未来であるはずだが、短剣と大戦斧ではリーチに何倍もの差がある。
接近しないことには勝負にならないが、接近すればやられる。
ならばこそ接近には最新の注意を払わなければならないはずだが、サクラは一直線にメリリーに向かっていく。
「待てメリリー! 相手の能力が未知数だ! 一旦下がれ!」
しかし、前線で既に戦っている人間にそんな咄嗟の指示は間に合わない。
金属鎧すら粉砕する戦神の戦斧が薙ぎ払われる。
サクラは自らの目前に迫った大戦斧という名の確実な死を歯牙にもかけず短剣を動かした。
接近する足を止めぬまま、迫る大戦斧の刃先を逸らすかのように短剣を大戦斧に添わせる。
小柄な女性の肉体でそれは明らかに無謀な行いである。
どれほど剣技の達人であろうとも覆すことが出来ぬほどの質量差である。
0コンマ何秒後に肉片になって飛び散るサクラを誰もが幻視した瞬間、大戦斧はサクラの身体を通り抜けたかのように空を切った。
「な……ん、だと!?」
サクラを切り裂いたはずの大戦斧は振り抜かれて停止する。
その刃はまるで飴細工のように真っ二つにされていた。
サクラが振るった短剣が切り裂いたのである。
大戦斧を振り抜いたメリリーは切断されたことで急激に軽くなった得物のせいで体勢を崩している。
対して足を止めなかったサクラは既にメリリーの懐に潜り込んでいた。
瞬く間に短剣がメリリーの首目掛けて振るわれる。
「メリリーちゃん!?」
「メリリー!?」
コトリとシーリーンが叫ぶ声が青すぎる空に響いた時。
メリリーの首が――――ゆらりと地面に落下した。
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